[イタリアの北東で歓びを刻む]

世界最大のアジア映画の祭典、ウディネ・ファーイースト映画祭。イタリアの北東部に位置する都市で毎年4月に開催されるこの映画祭は今年で26回目を迎える。今回は日本から10作品がコンペティションに選出され、中には三島有紀子監督のオリジナル脚本による『一月の声に歓びを刻め』(2024)が名を連ねていた。本映画祭の最高責任者であるアーティスティック・ディレクター、サブリナ・バラチェッティによると、今までは竹内英樹監督の『テルマエ・ロマエ』(2012)などのブロックバスター映画や沖田修一監督『モヒカン故郷に帰る』(2016)、上田慎一郎監督の『カメラを止めるな!』(2017)といったエッジの効いた作品を選んでいたが、今年はアート系作品も積極的に取り入れたとのこと。確かに佐藤嗣麻子監督の『陰陽師0』(2024)、吉田恵輔監督の『ミッシング』(2024)や白石和彌『碁盤斬り』(2024)などの大作と共に長尾元監督の『映画(窒息)』(2023)や三島作品が並んでいるのがその象徴と言えよう。

サブリナによる『一月の声に歓びを刻め』の評価は特別なものだった。「『Voice』(『一月の声に歓びを刻め』)は芸術性が高く、映画には三島監督の心の痛みが描かれていた。彼女の今までの実績から考えると難しい挑戦だったと思うのでとても感銘を受けた。三つのエピソードの中に、存在、痛み、罪悪感、性暴力の生涯にわたる影響についてのドラマチックで美しい瞑想画が紡がれている。長く魂に残る映画」そう語る彼女の言う通り、三島有紀子にとって2009年の『刺青 匂ひ月のごとく』でのデビュー以来、長編映画としては10作目に当たる本作は、自身が過去に経験した苦しい記憶でありつつも、私的なテーマの詩的な作品を映画として観客にアプローチする変換作業においては満を持しての作品となった。

三島有紀子監督

画像1: 三島有紀子監督と映画祭の最高責任者であるサブリナ・バラチェッティさん

三島有紀子監督と映画祭の最高責任者であるサブリナ・バラチェッティさん

三島有紀子監督と映画祭の最高責任者であるサブリナ・バラチェッティさん

そして迎えたウディネ・ファーイースト映画祭での『一月の声に歓びを刻め』の上映回、1200席はあっと言う間に完売。サブリナによってステージに呼び込まれた三島有紀子監督は、4階席まで満席の劇場を見上げて胸に何度も手を当てて目に涙を浮かべながら「ボンジョルノ」と挨拶をすると観客へ今の思いを語り始めた。「6歳の時に受けた性暴力がこの映画の始まりでしたが、その経験が私を映画の道へと導いてくれました。フェデリコ・フェリーニ、フランソワ・トリュフォー、イ・チャンドン、黒澤明、そしてこの映画にも登場するナンニ・モレッティ・・・多くの監督が大きな力を与えてくれ、ここまで辿り着けたのです」

画像2: 三島有紀子監督

三島有紀子監督

画像1: 三島有紀子監督『一月の声に歓びを刻め』上映「ウディネ・ファーイースト映画祭」レポート(伊藤さとり)
画像2: 三島有紀子監督『一月の声に歓びを刻め』上映「ウディネ・ファーイースト映画祭」レポート(伊藤さとり)

118分に渡る本編の上映後には割れんばかりの拍手に包まれ、ロビーでは多くの観客が三島有紀子監督を囲みサインを求める為に列まで出来た。そこで直接、感想を伝えるのがウディネスタイルでもある。中でも三つの島(北海道・洞爺湖の中島、伊豆諸島の八丈島、大阪・堂島)を舞台にした三章と最終章で構成される本作の中盤に位置する大阪・堂島パートのモノクロームの美しさや主演を務める前田敦子によるエモーショナルな演技に魅せられ、音がまるで生命のようだと評する観客も居た。更には三島有紀子監督がもっとも届けたかった観客である“自分と同じような経験や想いを持つ人”も会場に訪れており、「深く共感し、救われた」と熱い握手を交わす光景には筆者も胸を打たれた。

画像: ロビーで多くの観客に囲まれた三島有紀子監督と山嵜晋平プロデューサー

ロビーで多くの観客に囲まれた三島有紀子監督と山嵜晋平プロデューサー

(左から)トーマスさん、三島監督、山嵜プロデューサー、サブリナさん、マーク・シリングさん

画像: ロビーでは多くの観客に迎えられた三島有紀子監督

ロビーでは多くの観客に迎えられた三島有紀子監督

「これは私の物語ではありません」

そうステージで声を大にして主張した三島有紀子監督。ある記者が何故、自身の経験なのにそう唱えたのかを尋ねた。「映画を作るにあたって、いつだってパーソナルな問題をいかに社会とコネクトするか、を考える。私は“どんなことがあっても生きていく姿の美しさ”を多くの映画から学びました。そのことを観客に届けたいからこそ自分の体験をモチーフにしつつも、エンターテインメントにする必要がありました。だから自分とは違う人物である[れいこ]という主人公を作り上げ、共鳴してもらえたらと思ったのです」そう返した三島有紀子監督。

彼女にとって第41回モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞した『幼な子われらに生まれ』(2017)が映画界に名を刻んだ作品と言うならば、本作は自身の体内から血肉を削り生み出した作品として映画人生の第二章の幕開けとなったであろう。その理由は海を渡り日本から遠く離れたイタリアの地でも、詩的で美しい映像を通して、心に傷を負った観客を治癒する力を発揮していたからだ。まさに英語タイトル『Voice』が意味する通り、言葉が通じなくとも、演出やカメラワーク、音、フレーム全体の表現方法により感情は共有でき、言葉では明確に伝えられない思いもしっかりと届くのだと確信する映画祭体験だったのだから。

(文:伊藤さとり)

写真提供 :(c) FEFF26_Alice Durigatto

【映画『一月の声に歓びを刻め』本予告】

画像: 【映画『一月の声に歓びを刻め』本予告】 www.youtube.com

【映画『一月の声に歓びを刻め』本予告】

www.youtube.com

出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔 坂東龍汰、片岡礼子、宇野祥平 原田龍二、松本妃代、⻑田詩音、とよた真帆

脚本・監督:三島有紀子
配給:東京テアトル

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