外国人監督が東京ラーメンの名店・びぜん亭に1年間密着撮ったラーメンドキュメンタリー『またいらっしゃい』が、3月13日から17日まで7回シアターギルド代官山で上映された。立ち見客が出るほどの全日満席となり、その話題と評判から4月7日より再上映が決まった。
今作は、独学のラーメンの達人である植田正基に1年間密着。
人懐っこい大将が昔ながらのラーメンを45年作り続けるびぜん亭(東京都千代田区)店内の様子は郷愁たっぷり。日本各地の田舎を常連と共にめぐる週末の旅にもカメラは同行。竹の子狩りや梨農家の収穫の手伝い、自然薯掘りなど外遊びも食にまつわるものばかり。“収穫”はお店にも還元され……。
小さなラーメン店とそこに集う人々、そして旬の食材が織りなすヒューマン&フード・ドキュメンタリー。日本初公開作品。
この度、シネフィルでは今作のジョン・ダッシュバック監督に独占インタビューを敢行。その全文を掲載いたします。
ジョン・ダッシュバック監督 インタビュー
Q:まず自己紹介をお願いします。
アメリカ出身の映画監督で、10年以上東京に拠点を置いています。私にとって本作が初のドキュメンタリー作品となります。ニューヨーク在住時にはフィクションを、短編数本と長編ドラマ1本を作りました。編集作業が大好きなのでいつも自分で編集もしています。本作では初めて撮影も担当しました。とても小さな店で従来規模の撮影クルーを入れるのが難しかったのが自分で撮影をした主な理由です。それとは別に、店のお客さんには私がいることを忘れてもらいたかったので、可能な限り目立たない存在になるためカメラの後ろに隠れるといった意味合いもありました。新しいスキルを学ぶのは楽しい挑戦でしたが、ストレスもありました。しっかり撮れているか、自信が全くなかったので!
Q:なぜこの映画は生まれたのでしょうか?
何年か東京で暮らす中でほかの監督のためにいくつかの短編を編集したあとで、自分の映画をすごく作りたくなりました。でも日本語が上手くないのでフィクション作で日本人俳優をうまく演出する自信がなかった。だからドキュメンタリー制作と、どんな主題が可能かについて考え始めました。そんなときにびぜん亭の常連客だった友人を介して植田大将に出会ったんです。植田さんが常連客と行く新潟の山での自然薯掘りの週末旅に、そののち本作のプロデューサーとなる山本航と一緒に誘われました。私が初めてびぜん亭へ行って、おいしい東京スタイルの醤油ラーメンを初めて口にしたのもその当時です。自然薯の旅はすごく楽しくて、植田さんと常連さんたちのフレンドリーさと熱烈な歓迎に心を打たれました。観光客が足を踏み入れないような、日本のリアルな田舎を訪れる機会が得られことも幸運でしたね。
その後5年ほどの間に植田さんは、仲間たちと一緒の千葉での釣り旅行や、彼の畑でのピザパーティーなど、さまざまな週末のイベントに招待してくれました。もちろんラーメンを食べにびぜん亭にも行きました。説明するのは難しいのですが…植田さんの作るラーメンには、食べれば食べるほど増していく楽しみのようなものがありました(映画に登場する常連客の何人かもこの点に触れています)。最後にはもうやみつきになってしまうほどでしたね。そういった味には、親しみやすい常連客や、植田さんからいつも受ける温かな歓迎といった雰囲気が密接に結びついているようでした。私は特に、賑やかな雰囲気が漂う年末の最終営業日に訪れるのが大好きでした。ある年の最終日には、コンサートを終えたばかりのプロのヴィオラ奏者である常連客が、ヴィオラ持参でやってきました。彼女が誰もが知っている曲を即興で演奏すると、みんながいっせいに歌い始めたんです。魔法のような瞬間で感動しました。そのとき気付いたんです、撮るべきドキュメンタリーの舞台はびぜん亭じゃないかって。
でも1人で撮れないことはわかっていたので、プロデューサーとなる山本君に協力してもらうよう説得しました。彼の通訳やインタビュアーとしての貢献は不可欠でしたし、彼の協力なしにはこの映画は存在しなかったでしょう。それと植田さんは、驚くほど即座にYesの返事をくれました。撮影前から顔なじみだったことも影響したのかもしれません。一部のドキュメンタリーでは、被写体にアクセスすることが最も難しい局面となります。そういった意味では本当にラッキーでした。
なぜラーメンについての映画を作ろうと思ったのかと多くの人に尋ねられます。でもラーメンは私のゴールではなかった。植田さんとお客さん、びぜん亭、そして大将が店で作り上げた素晴らしいコミュニティーについての映画が作りたかったんです。これには日本に住むようになって私が大好きになった日本文化の多くの面が反映されています。もちろん、彼のラーメンがなぜここまで愛され、多くのリピーターを生むのかを探る機会となったのは事実です。けれどもラーメンは出発点ではありませんでした。植田さんと彼のコミュニティーが出発点だったんです。ただ映画制作の過程でラーメンについて多くのことを学ばせてもらいました。
またロックバンド、サニーデイ・サービスのメンバーであり、「ラーメン WalkerTV2」のホストである田中貴さんが常連客だと知ったときはうれしかったですね。本作ではラーメンに精通した人物にインタビューをすべきだと考えていた反面、植田さんのラーメンをいわゆる「ラーメン専門家」に語ってもらいたいくない気持ちもありました。専門家を出すことで「びぜん亭の味に公式のお墨付きをもらう必要があると制作側が考えている」と思われるのを避けたかったんです。田中さんはその点で完璧な存在でした。常連客としての経験を主観的に話すことができるいっぽうで、専門家としてびぜん亭のラーメンや店主としての植田さんがどう特別なのかを客観的に話すこともできるのですから。インタビューに彼が長い時間を割いてくれたのはありがいことでした。彼のコメントは映画の重要な部分を担ってくれています。実は田中さんが書いた最新のラーメン本「ラーメン狂走曲」を最近買ったんです。びぜん亭も紹介されていますがもう閉店してしまいましたから、本を見て彼が好きなほかの東京のラーメン屋さんを少しずつ巡っています。どこもやっぱりおいしいです。ただし、味だけでなく店構えだったり店主のキャラだったり、ラーメン好きな田中さんがラーメン店に求めるエッセンスが詰まった1冊になっている気がします。
Q:世界でも、日本のラーメンが有名になっていますが、それはなぜなのでしょうか? これはこれからも続くと思いますか?
続いていくでしょう。世界中の都市で新しいラーメン店が毎日オープンしています。東京から日本全国に広がったのとおそらく同じ理由で、世界中にいまや広がっているのでしょう。ラーメンには「正しい」作り方が1つではないので、材料などの面で多くの革新とご当地ラーメンを作る機会が提供されているように思います。これは世界中のシェフが魅力を感じる要素なのでは? 創造的なシェフにとってラーメンは、果てしなく実験と革新を追求できる分野なのだと思います。
またスープと麺は、多くの異なる文化で「ホッとする味」の伝統の一部をすでに担っています。だからこそシェフたちは作り甲斐があるのでしょうし、みんな喜んで食べるのでしょう。私たちは今年になってポーランドのラーメンシェフに会う機会がありました。彼は植田“師匠”にラーメン作りを学んだんです。ポーランドですでに成功したラーメン店を持っているのですが、東京スタイルの醤油ラーメンを教わったのが植田さんでした。福岡に行って有名店で博多ラーメン作りも学びました。テレビ東京の「世界!ニッポン来たい人応援団」というバラエティー番組の企画での来日でした。面白いエピソードなのでチャンスがあればチェックしてみてほしいですね。植田ご夫妻はもちろん、びぜん亭が好きすぎてドキュメンタリー映画を作ってしまった男として、日本語のアフレコ付きで私も登場します(笑)。
Q:すでに世界の映画祭でこの映画が、評価を得ていますがどのように受け取られていたのでしょうか?
北米最大のドキュメンタリー映画祭であるトロントのHot Docsの「スペシャルプレゼンテーション」プログラムに選出され、ワールドプレミアができたことがものすごく幸運でした。おかげで世界中の映画祭プログラマーから注目が集まって、多くの招待を受けました。Hot Docs以降は映画祭に応募する必要がなくなったんです。最終的に31の映画祭で上映されました。Hot Docsでは本作の販売代理をしてくれているMagnetfilmと出会うこともできました。世界中での劇場配給やオンライン配信、テレビ放送、機内放映などのセールスにつながりました。
アジアでは、台湾、タイ、韓国で特に人気のようです。ヨーロッパでは、アイルランド、ポーランド、スペイン、ポルトガルで好評を得ています。私たちが予想していた以上の反響です。最初に植田さんにドキュメンタリーを撮らせてほしいと頼んだとき、どんな映画になるか、誰が見るのかわからないと正直に話しました。植田さんと彼の家族、お客さん、知人、そして私の家族と友達に見てもらえれば十分でした。大将と店の特別な瞬間を捉えることができれば満足だったんです。ですから、こんなにも広く世界の観客に本作が届いたことにびっくりしていますし、うれしい気持ちでいっぱいです。
Q:今回の上映では、7回全てが満席でした。監督も観客と多く触れ合う機会があったと思いますが、日本での反応はいかがだったですか? あらためて、ご自身の今作をどのように評価なさいますか?
日本の観客と映画を観て、その後で彼らと話すことができて本当に素晴らしい経験となりました。まず、常連客の多くから面白かったと言ってもらえた上、常連としての彼らの経験が正確に反映されていたとの声も聞いてホッとしました。またびぜん亭に行ったことがなく植田さんのことを知らない観客からもポジティブなフィードバックがもらえてうれしかったです。海外での成功にもかかわらず、日本では上映に興味を持ってくれるところを見つけるのに苦労しました(主要な日本の映画祭にはほぼ全て、小規模なものにもいくつか応募しましたが全て落選しました)。
ですから長い間、「あまりにも当たり前すぎる光景だから、日本の観客には興味を持ってもらえないのかも」と考えていました。しかし3月に完売した上映で、日本の観客のための映画でもあるんだと確信が持てました。それと今回一部の観客の方から、「『またいらっしゃい』は日本人では作れなかった映画だと思う」といったコメントをもらいました。それが一体どういう意味なのかいまだ解明中です!
Q:今後は、何か新しい企画などございますか?
もう1本ドキュメンタリー映画を作るか、フィクション映画を作るか検討中です。そんな中現在は本作のDVD販売に収録する特典映像の編集に追われています。植田さんを追いかけた1年間で80時間ほど撮影したので、使用できなかった映像がたっぷりあります。ですからDVDには泣く泣く削ったシーンなど約30分の特典映像が含まれる予定です。松茸狩りや山菜採りなど、週末の外遊びが中心になります。
Q:最後に、今回公開されて、評判を呼んでいますが、まだご覧になっていない方にこの映画をご紹介ください。
実際には「料理ドキュメンタリー」の範疇ではないと知っておいていただくといいかもしれません。ラーメン店とその店主、お客さんについての映画ですので、もちろん多くの食べ物が登場しますし、植田さんのおいしいラーメンやユニークなチャーシューの秘密にも迫ってはいます。そういった部分を楽しんでくれる観客もいますが、最終的には食べるのが大好きで集まった人々のコミュニティーに関する物語です。食べ物を育て、収穫し、調理し、そして食べる。食を与え享受することが生み出す人間関係の話です。それから、腹ペコのまま本作を見に来ることはお勧めできません。お腹がグーグー鳴って困ったとの“苦情”もかなり寄せられました!(笑)
監督略歴
ジョン・ダッシュバック(監督・撮影・編集)
東京を拠点とするアメリカ人映画監督。育った米国・ニューハンプシャー州ハノーバーにある、ダートマス大学映画協会で上映される作品を数多く見るうちに、大の映画好きとなる。大学で文学を学んだのち、コロンビア大学院で著名な映画編集者、ラルフ・ローゼンブラムに師事し、映画編集に打ち込む。1990年代後半のデジタル革命を追い風にしてインディペンデント映画制作や編集に携わる。「またいらっしゃい」は長編2作目にして初のドキュメンタリー監督作。本作で撮影も初めて担当した。
びぜん亭元店主 植田さん&山本航プロデューサーコメント
「日本の劇場でやっと初公開できると聞いてもちろんうれしかったけど、それよりも『お客さんちゃんと入るのか? 舞台挨拶にも毎回出るって安請け合いしちゃったけど、ガラガラで格好がつかないことになるのでは?』と心配する気持ちのほうが正直強かったなあ。それが蓋を開けたら連日満員御礼でびっくり! 2023年3月末に店を畳んでからほぼ1年ぶりに会うお客さんや、それこそ何十年ぶりに再会した昔のお客さんやバイトもいたりして。あと、もう亡くなってしまったお客さんの奥さんや娘さんが来てくれたのを見たときは泣きそうだったよ。
辞めてみてわかったけど、毎日お客さんと会って他愛もない話ができるのはありがいことだったんだなって。今回の上映でその気持ちが一層強くなったかな。それと見覚えのない顔も毎回いて、話してみたらびぜん亭には来たことないって言うから、店とゆかりが全くない観客もいるってことにも驚いたよ。ジョンと山ちゃんには最後の10年ぐらい引っ張ってもらって、元気に最後まで店を続けられたって感謝してる。『まだやれたかな?』と思わなくもないけど、やっぱり最高のやめ時だったよ」
ーびぜん亭元店主 植田正基
「映画の完成から3年もかかりましたが、こうして日本の劇場で公開できただけでなく、好評につき追加上映まで決まりうれしいかぎりです。びぜん亭のドキュメンタリーが撮りたいと監督から聞いたときはぶっちゃけ、なぜなのか全く意味がわからなかったのですが、植田さんに1年密着するうちに、大将や店、常連との関係の魅力みたいなものをだんだん感じるようになりました。ジョンにはそのあたりの光景が最初から見えていたのでしょうから、純粋にすごいなと思います。そして顔見知りであったとは言え、何だかわからない企画によく1年も付き合ってくれた大将には、感謝の気持ちしかありません。映画を撮り終わった今でもいつもに気をかけてくれ、舞台挨拶などにも率先して出てくれるありがたい存在です。植田さんは4月13、14日の土日の上映計4回にも監督、田中貴さん、私と一緒に登壇してくれる予定です。みなさんのご来場をお待ちしています!」
ー山本航プロデューサー
『またいらっしゃい』予告
2021年 81分
長編ドキュメンタリー映画
出演:植田正基、植田和子、田中貴
監督・撮影・編集:ジョン・ダッシュバック
プロデューサー・通訳:山本航
エグゼクティブプロデューサー:アンドリュー・ランド
共同プロデューサー:リサ・コーエン
オリジナルスコア:マイケル・シャイブ
音楽制作:ブレント・ロード
サウンドデザイン:原田亮太郎
サポートエンジニア:岩波昌志
☆Heartwarming ramen documentary (in Japanese with English subtitles)
After screening in film festivals and cinemas in more than 25 countries around the globe, the award-winning documentary is now screening in Japan with English subtitles. Come experience the heartwarming story of self-taught ramen master Masamoto Ueda, who created a community in Tokyo one bowl of ramen at a time.
COME BACK ANYTIME
81 minutes・Color & B&W ・ 2021
Japanese with English subtitles
Featuring Masamoto and Kazuko Ueda
with a special appearance by Takashi Tanaka
Directed by John Daschbach
Produced by Wataru Yamamoto
4月7日(日)より14日(日)までシアターギルド代官山にて再上映!
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