万田邦敏監督が初めて映画祭というものに参加したのが、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』の助監督・共同脚本として招待された35 年前の湯布院映画祭。
今回、新作『愛のまなざしを』 で、ゆかりが深い湯布院映画祭に登壇する形となり、その様子を万田邦敏監督がエッセイに綴られました。

以下、全文を掲載。

毎年8月に開催される湯布院映画祭が、今年は新型コロナの影響で11月に延期となり、規模も縮小されて開催となった。由布院の街を取り囲む、由布岳とそれに連なる山々が紅葉し、街を流れる幾筋かの小川の土手の銀杏や紅葉も見事な黄色と赤色に染まっている。映画祭には私(邦敏)と妻の珠実が招待された。

画像: 紅葉が美しい由布院の金鱗湖

紅葉が美しい由布院の金鱗湖

映画の上映は11月21日13時半から。上映場所は、今年から新しい屋舎に移動した。市の要請で人数制限がかかり、来場者は収容人数の半数。一つ飛ばしの座席は、ほぼ埋まった。

画像: 会場の入場を待つ来場者

会場の入場を待つ来場者

舞台挨拶があり、古参の映画祭実行委員の幸重善爾さんが最初に珠実を紹介し、まさか旦那(邦敏)より先に挨拶するとは思っていなかった珠実がドギマギしながらも「この映画はファム・ファタルの映画ではありません」と宣言。続いて私も、「この映画は6年前に妻を亡くした精神科医が、妻の面影に囚われすぎることから起こる悲喜劇です」と紹介。この、映画の見方をリードするような挨拶が、上映後のシンポジウムで観客からお叱りを受けることになる。ふたりの挨拶の後、幸重さんが「ここでサプライズがございます」と言って、仲村トオルさんと杉野希妃さんの映像での挨拶を紹介。場内が沸いた。

画像: 左より万田邦敏監督と脚本を共同で担当した万田珠実さん

左より万田邦敏監督と脚本を共同で担当した万田珠実さん

画像: 仲村さんと杉野さんのビデオレターを見る観客の皆さん

仲村さんと杉野さんのビデオレターを見る観客の皆さん

上映後、シンポジウムは上映ホールと同じ場所で行われた。司会は幸重さんが買って出て下さった。幸重さんは、珠実がウェブサイト「シネフィル」に連載している本作の制作日誌を紹介し、そこに書かれた興味深い記事を参考にしていくつか質問をと言って、まずは作品の成り立ちや仲村トオルさんの起用について私たちに聞く。そもそもの始まりは杉野さんからオファーがあったこと、仲村さんは当て書きだったことなどを私と珠実が答え、「患者に騙されるダメな精神科医でありながら、患者に寄り添ういい精神科医でもあるという難役を仲村さんに演じて欲しかった」と私が付け加える。続いて、珠実がラストシーンを変更したいと思ったわけと、それを私がどう受け止めたかと質問。
「撮影を見学していて、じつは綾子は貴志の狂気に振り回されたんじゃないかと思えるようになり、また貴志も救ってあげたいと思い、ラストを大きく変更したくなった」と珠実。その変更はすんなり受け入れられた、と私。
登場人物の誰もが、一筋縄ではいかない複雑さを持っているとの幸重さんの指摘に対して、「私が好きな物語、好きな登場人物は、ほんとうは単純な、ストレートなものなのですが、妻は毎回複雑なものを書いてくる」と私が苦笑交じりに返答。「ひとつのシーンにふたつ、みっつの意味を入れ込んでくるのはやめてくれ、とよく言われます。でも私が書きたいのは矛盾する人間の感情や行動です」と珠実。最後に、仲村さんの芝居に関しての思いを聞かれ、「仲村さんの一途さが悲劇にも喜劇にも転ぶところが好きです」と私。

幸重さんの質問が終わり、続いて観客のみなさんの感想と質問が挙手で求められる。精神科医が患者に騙されるという設定は、あり得ないようでいて案外リアルなのかもしれない、貴志の心の傷故に、貴志は綾子の話を本当だと信じたかったのではないか、貴志が信じたいものを綾子が貴志に与えていたのではないか、貴志と綾子を取りまく他の人たち、祐樹や中学生の患者、貴志の義理の両親などの存在がリアルに描かれていた、トンネルの画が怖かった、など好意的、かつ深く作品を理解しようとして下さっている感想が続き、貴志の「寄り添う」という言葉にどのような意味を込めたのかという質問に、「寄り添いすぎたことから起こった悲劇」と私、「皮肉な意味を込めた」と珠実。トンネルの画は何かの象徴かという質問に、「霊界への入り口」と私。すると、観客の好印象に飽き足らないと思ったらしき幸重さんが、遠慮せずに「わからなかった」とか「あそこはどうなのか」とかの意見をぶつけて欲しいと観客を煽る。湯布院映画祭のシンポジウムは、賛成反対の意見をぶつけ合うのがいわば名物なのだった。満を持してという風情でひとりの男性が、「最初にファム・ファタルの映画ではない、などと言って欲しくはなかった」と苦言を呈した後に、「綾子のベッドシーンがないのはこの映画にとって致命的ではないか」と発言。ここで、素直に「敵」の意見を認めるわけにはいかない私は、「この映画にセックスシーンは必要ないと判断した」と反論。ところが珠実が「そのような映画で素晴らしい映画があるとは思っているが、自分には実感がないので書けない」と、やや発言者寄りの意見を発言。「いやいや、この映画に〈肉〉の問題を導入すると、テーマがずれる」と私が繰り返す。珠実は「性の問題にも触れるような物語が書けるのは大人だ」と結んだ。

画像: シンポジウム 左より映画祭実行委員の幸重善爾さん、万田邦敏監督と万田珠実さん

シンポジウム 左より映画祭実行委員の幸重善爾さん、万田邦敏監督と万田珠実さん

そろそろシンポジウムの終わりの時間が迫り、幸重さんが最後の質問と言って、仲村さんがキネマ旬報の取材に答えて「珠実さんの心の奥底には底の見えない闇がある」と語っているが、どう思うかとまずは私に回答を求める。「闇ではないが、『UNloved』の脚本を読んだときは、一番身近に生活している人がこんなことを考えているのかと知って驚いた。つまるところ、私のことをどういう目で見ていたかということなので」と返答。「珠実さんはどうですか?」と問われると、珠実は「私はひねくれてますから」と自嘲気味に答えた。シンポジウムは大荒れすることなく、無事に終了した。

幸重善爾さん、伊藤雄さんを始め湯布院映画祭実行委員の皆さま、たいへんお世話になりました。ありがとうございました。映画を見て下さった皆さま、そしてシンポジウムに参加して下さった皆さま、感想を語り、質問を投げかけて下さった皆さま、ありがとうございました。

「愛のまなざしを」予告

画像: 11月12日(金)「愛のまなざしを」予告 全国公開Ver. youtu.be

11月12日(金)「愛のまなざしを」予告 全国公開Ver.

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【STORY】
亡くなった妻に囚われ、夜ごと精神安定剤を服用する精神科医・貴志のもとに現れたのは、モラハラの恋人に連れられ患者としてやってきた綾子。恋人との関係に疲弊し、肉親の愛に飢えていた彼女は、貴志の寄り添った診察に救われたことで、彼に愛を求める。いっぽう妻の死に罪悪感をいだき、心を閉ざしてきた貴志は、綾子の救済者となることで、自らも救われ、その愛に溺れていく…。しかし、二人のはぐくむ愛は執着と嫉妬にまみれ始めるのだった――。

出演:
仲村トオル 杉野希妃 斎藤工 中村ゆり 藤原大祐
万田祐介 松林うらら
ベンガル 森口瑤子 片桐はいり

監督:万田邦敏
脚本:万田珠実 万田邦敏

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