10/9(土)~渋谷・ユーロスペースで劇場公開されるゴスペルドキュメンタリー映画『歌と羊と羊飼い』(四海兄弟 監督)についてゴスペル界で活躍する三人の対談が行われました。
参加者は、これからのゴスペル界を担うシンガー・遠谷政史さん、ゴスペル界の兄貴として知られるディレクター・高橋篤さん、本作の製作総指揮・飯塚冬酒さんの三人です。
映画の話、日本のゴスペルの話など、映画を観る前に知っておくとより映画への理解が深まる内容となっています。
遠谷政史
ゴスペルシンガー。ゴスペルディレクターとしてゴスペルグループCONBRIO、また横浜Selah Gospel Singersを率いるとともに、ソロシンガー活動だけでなくゴスペルユニットPAUSAを結成、精力的に教会の内外と問わず活動をしている。『歌と羊と羊飼い』にも出演。
高橋篤
クリスチャンゴスペルディレクターとして活動。
ゴスペル界では兄貴として知られる存在であり人柄を慕うゴスペル関係者も数多い。ソウルユニットSuga-Pimpsとしても活動。
飯塚冬酒
映画・イベント製作。14年にわたり各地でゴスペルイベントを開催。
『歌と羊と羊飼い』製作総指揮。
最新作は、東京国際映画祭「アジアの未来」部門正式出品|横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画『誰かの花』(奥田裕介) 監督
遠谷
僕たち(遠谷・高橋)はクリスチャンとして、ゴスペルシンガーやディレクターの活動をしていますが、飯塚さんはクリスチャンじゃないですよね。何故、ゴスペルに関わろうと思ったのですか?
飯塚
ゴスペルに関わったのは14年前ですね。
横浜のとあるゴスペルクワイア(※1)を見て、これは何なんだろう。と思ったのがきっかけです。横浜はゴスペルの盛んな地域でもありそのクワイアの周囲にも十数ものクワイアがあった。それぞれ20名前後だったかなあ。でもお互いに考え方が違ったりして仲が良かったり悪かったり。
で、みんなが集まってそれぞれがゴスペルを楽しめる場をつくろう、と思ったのがきっかけですかね。
遠谷
そこからですか。今はイベントを開催したり映画をつくったり。
ゴスペル祭(※2)はいろいろな地域で開催してますよね。
飯塚
2014年に映画『GSOPEL』を劇場公開しました。
ゴスペル祭は横浜をはじめ武蔵野・千葉・埼玉・目黒・恵比寿・長野・高崎・神戸ですかね。宗教・無宗教の垣根なく多くの方々にご参加いただけるようになって。
最初は苦労しましたよ、ディレクターやクワイアのエゴや、特に教会系ディレクターの反発なんかも多かったので。
三回目開催くらいのときは、いろいろなクワイアにお邪魔してイベントを紹介したり、山のようにチラシかかえて横浜の施設200ヶ所くらいを回ってチラシ置いてもらったり。
高橋
何年くらい前ですか?
飯塚
立ち上げが14年前。その後3~5年くらい。そのころは頑張っていましたね。
高橋
今は頑張ってないみたいですね(笑
遠谷
僕のグループCONBRIOが参加したのは3回目くらいの横濱ゴスペル祭。付き合い長いですね。
高橋
私は・・・2013年の渋谷さくらホールの「東日本大震災チャリティコンサート HAPPY MUS!C元氣音楽祭」でステージに立たせていただいて・・・その時、遠谷さんとも初めて、ですかね。
(※1)クワイア:聖歌隊。ゴスペルを歌うグループはクワイアと呼ばれることが多い。
(※2)ゴスペル祭:「ゴスペル音楽を愛する人であれば誰でも参加できる」が。モットーの市民参加型ゴスペルイベント。横濱ゴスペル祭は参加者数で日本最大、恵比寿ゴスペル祭は観客数で日本最大のゴスペルイベント。
ゴスペルを通じて出会うべくして出会った
飯塚
高橋さんは、もともとはソウルシンガーですよね。ゴスペルをはじめるきっかけって何だったんですか?
高橋
そう。ソウルを歌っていたんですね。ソウルの原点に黒人音楽のゴスペルが深く関わっていることもあり、ルーツとなるゴスペル音楽に積極的に触れるようにしていたんですね。ご存知のようにアメリカのソウルシンガーにはこどもの頃に教会の聖歌隊に入っていた人たちも多いんですよね。自分はゴスペルを歌うことが楽しいし、その楽しさを伝えるためにディレクターになった、っていう経緯ですかね。
で、ゴスペルを始めていく中でクリスチャンになった。
飯塚
それまでは・・・神も仏もいるものか(笑
クリスチャンになるきっかけって?
高橋
ゴスペル歌っている人だとわかる経験だと思うんですけど、歌っていると自然と・・・何かわからないけど涙が溢れてくる、みたいな。満たされる、というか不思議な体験。
クワイアのリハでアメリカのゴスペルシンガーのDonnie McClurkin「Just For Me」のソロをとった時に全く歌えなくなって。その時は何もわからなかったんですけど、後で考えるとゴスペルが魂に響いちゃったんでしょうね。
その経験もクリスチャンになるひとつのきっかけですね。
飯塚
人生とても辛いことがあったり壁に当たったりということがあって、宗教に救いを求める、とかじゃなく?
本作の中にゴスペルに出会い洗礼を受けてクリスチャンになるという主婦が出てくるんですけど、その人はつらい体験をしてその時にゴスペルに出会い神の言葉に出会い、クリスチャンになるんですけれど。
高橋
私は特別な辛い体験などなく・・・ゴスペルを通じて出会うべくして出会った、という感じですかね。
歌詞を自分の中で昇華し伝える
高橋
映画の中で「歌詞の意味を知ることが大切」と遠谷さんがおっしゃっておられましたが・・・。
遠谷
ゴスペルの場合、宗教音楽であるというゆるぎない部分があり、神の愛を歌っています。
宗教だから、とかということで歌詞をシャットアウトしたり、神の愛を他の人やものに置き換えて歌ったり、というのは僕はちょっと違うと思うんですね。
歌詞の意味を考え、歌詞を自分の中で昇華し伝える、ということが大切だと思います。
飯塚
日本のゴスペル人口が約20万人、クリスチャンが10%。90%は無宗教の日本人がゴスペルを歌っているんですよね。
このことを米国ゴスペル関係者に伝えると大体の答えが「問題ない」と返ってくる。
「ゴスペルの歌詞に神の言葉があるからだ」と。誰が歌っても神のことを歌っているということなんでしょうね。
日本の一部のゴスペル関係者の中には「あの人達はクリスチャンじゃないから」とか「あの歌はゴスペルじゃない」と宗教を武器にする方々がいることは事実です。
でも、遠谷さんのおっしゃるように「歌詞の意味を考え、歌詞を自分の中で昇華し伝える」ということに向き合って歌っているのであれば、誰にも文句を言われないことだと思います。
ゴスペルという音楽の成り立ちを理解してその文化に敬意を払うことは最低限必要だと思いますが、理解と敬意があれば全員がクリスチャンになる必要もなければ「俺たちの歌う音楽はゴスペルじゃない、別のコーラスだ」なんて声を上げる必要もない。
今回の作品は、歌が少なかったですよね
高橋
今回の作品は、歌が少なかったですよね(笑
歌うかな、歌うかな、というところで次の場面に行く。
ねえ、出演されている遠谷さんも、そんなに歌ってないでしょ。
遠谷
そんなにっていうか、全然歌うシーンないです(笑。
結構ライブシーンをフルで撮影してましたけどね。
ブルースアレイや名古屋とか。
あんなに撮影したのに使わないんだって(笑
飯塚
だからね(笑
「ゴスペル音楽ドキュメンタリー」とは言ってないんですよ。「ゴスペルドキュメンタリー映画」って。「音楽」を入れていない。
音楽少なめで人に焦点を当ててるんです・・・なんて。
遠谷
『GOSPEL』は日本でゴスペルを歌うという事象に焦点を当てていましたよね。ノンクリスチャンの日本人がゴスペルを歌う理由とその先に在るもの、という感じで。
飯塚
『GOSPEL』から7年経って日本のゴスペル界も大きくは変動もしていない。
今回は歌う人に焦点を当ててゴスペルをあぶりだしたいな、って思ったのが製作のきっかけです。
高橋
映画の中で取り上げられていた全国ゴスペルコンテストからは数年前の優勝者がメジャーデビューしてますよね。
その時じゃないけど、実は私も審査員をしてたんですよ(笑
映画のエンディングシーン、全国ゴスペルコンテストで歌われる曲は?言ってもいいの?
飯塚
いいですよ。映画の肝ですけど(笑。
あの歌がゴスペルかどうかっていうのはいろいろな意見があると思うんですけど、先ほど遠谷さんがおっしゃっていた「歌詞を自分の中で昇華し伝える」という部分を考えるとあの歌は彼女にとってのゴスペルなんですよね。
人に歌詞を、そして自分の想いを伝える、ということでは誰も文句ないと思います。
高橋
ゴスペルの定義っていうと・・・神のことを歌っている・・・そっか。歌詞に出てくるのは神、と考えれば・・・ゴスペルかもしれないですね。
撮影:塩出太志
歌と羊と羊飼い|予告編
『歌と羊と羊飼い』(監督:四海兄弟 /
製作総指揮:飯塚冬酒)2021年|日本|56分|DCP
製作・宣伝・配給:ガチンコ・フィルム