人よりワンテンポ早い彼女とワンテンポのろい彼。一味違うラヴ・ストーリーに、消えた一日の謎を絡めて、ファンタスティックに、コミカルに描いた作品。「熱帯魚」(95)、「ラブ ゴーゴー」(97)で知られるチェン・ユーシュンが監督した台湾映画。
郵便局に勤めるシャオチーは子供の時から、みんなよりワンテンポ早く、合唱でも徒競走でも一人だけ先走って先生に叱れる。でもわざとじゃない。写真だってシャッターがひらいた時には目をつぶってしまい、目が開いた写真はない。一方、バスの運転手をしているグアタイは子供の時からのろくて、徒競走はいつもびり、じゃんけんでは遅出しだと友達を怒らせてしまう。
シャオチーの窓口へ毎日切手を買いに来る青年がいた。彼女に気があるようだが、彼女の方は「変人」扱いしている。アラサーで若い同僚にからかわれてばかりいたシャオチーだったが、公園でエクササイズのコーチをしていたリウと知りあい、孤児だった過去や慈善活動をしているという彼に夢中になる。七夕バレンタインデーにコンテストがあり、優勝すると賞金がもらえるので、一緒に参加することを約束。当日、会場に行くと「七夕バレンタインは昨日です」と言われてしまう。だが、昨日の記憶がまるでなく、なぜか日焼けして肌があかくなっている。交番に訴えたが、相手にしてくれない。ふと見た写真館のショウウィンドウに自分の写真が、海辺にいて、それも目を開けているではないか。
休暇を取って、海辺の町を探しあるき、撮影場所を特定するが、謎を解き明かすまでには至らない。またかわり映えのしない日常が始まる。リウとの連絡も取れないままだ。ここで、主人公がグアタイに変わる。二人は幼いころに数日だけ同じ病院に入院していたことがわかる。高校生の時に再会するも、彼女が引っ越していき、再び疎遠に。そして、30になって三度郵便局で再会したのだが、彼女は完全に彼のことを忘れていた。それでも彼女の窓口に日参していたのに、リウにさらわれそうになる。
シャオチーの一日が消えた謎は、彼女のワンテンポ早い体質がかかわっており、科学的論理は皆無だが、見る者には「なるほどね」と思わせ、映画的なギミックとしては合格。ヤモリの精が擬人化して、シャオチーに語り掛けたりと微笑ましいエピソードもある。私書箱の鍵、カメラ、豆花といった小道具の使い方もうまく、台湾の海辺のロケーションも見事。
台湾でもっとも権威のある金馬奨の作品、監督、脚本、編集、視覚効果の五部門で受賞している。シャオチーにはちょっとしたしぐさや表情が素晴らしいリー・ペイユーが扮して好演、グアタイにはリウ・グァンティン、リウにはダンカン・チョウが扮している。ちなみに七夕バレンタインデーは旧暦7月7日で男性から女性にプレゼントを贈る日とされているそうだ。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
『1秒先の彼女』本予告
【STORY】
急がなくても大丈夫、愛はゆっくりやってくる。
郵便局で働くシャオチーは、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早い...。ある日、ハンサムなダンス講師とバレンタインにデートの約束をするも、 目覚めるとなぜか翌日に。バレンタインが消えてしまった...!?秘密を握るのは、毎日郵便局にやってきていた、常にワンテンポ遅いバス運転手のグアタイらしい...。消えた“1 日”を探すシャオチーがその先に見つけたものとは――。
監督・脚本:チェン・ユーシュン(『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』)
出演:リウ・グァンティン、パティ・リー、ダンカン・チョウ、ジョアン・ミシンガム エグゼクティブ・プロデューサー:イェ・ルーフェン、リー・リエ
2020 年/台湾/カラー/119 分/中国語/シネスコ/英題:My Missing Valentine /原題:消失的情人節
配給:ビターズ・エンド
©︎MandarinVision Co, Ltd