森山未來さん、北村匠海さん、勝地涼さんらをキャストに迎え、映画『百円の恋』(14)の製作陣が再集結してボクシングを題材に作り上げた映画『アンダードッグ』。今回は前回の武正晴監督×脚本の足立紳さんに続き、本作のプロデューサーである佐藤現さんに、本作の企画のはじまりやボクシングの魅力、映画作りで大切にしている想いなどについてお聞きしました。
ーーまずは企画の成り立ちについて教えていただけますでしょうか。
佐藤現(以下、佐藤):6年前に『百円の恋』を作って公開し、たくさんの人に観て頂いて愛される映画になりましたし、いろんな評価も頂き、武監督や足立さんや私にとって代表作になりました。ありがたい想いと同時に、『百円の恋』に勝るとも劣らないものをまた作りたいなという気持ちがずっとあったんです。そして、この『アンダードッグ』が生まれる発端になったのも、『百円の恋』を観て評価してくれた方の一人に、ABEMA代表の藤田晋さんがいらっしゃったことがきっかけでした。別の仕事を通じて藤田さんとお会いする機会があり、その後、格闘技をテーマにした配信ドラマの企画の話になったんです。ABEMAさんは格闘技の中継や格闘技をもとにした番組をたくさん配信しているので、そういうところでも親和性が高いこともあり、足立さんと一緒に企画を考えはじめました。
ーー配信ドラマとして動き出した作品を、映画にするのは結構チャレンジングではありませんでしたか?
佐藤:プロットを作りはじめた初期の段階から、映画と両立できるようなものにしたいねという話はしていて、最終的に、劇場映画を前・後編で、配信ドラマを全8話で作ることになりました。映画の公開の仕方については、今までのパターンとしては、前編を2週間くらい上映した後、後編を公開するという流れが多かったのですが、やっぱりこの映画は前後編を通して観て得られるものが大きい作品だなと感じていて。前編を観て後編を観たいという人を待たせたくはないと思ったので、なんとか同日公開で興行できないかと、劇場さんに相談をしました。
ーー前編・後編同日公開にしようと決めたのはどの段階でしたか?
佐藤:続けて観ていただきたい、待たせたくないなと思ったのは、編集をしていって、最初のラッシュを観たときでしたね。それまでは、いろんなパターンを考えていました。配信のように「観たいときに一気に観る」というような視聴習慣や視聴者のマインドも変化してきていると感じていたので、やはり同日公開で続けて観ていただく形にした方がいいなと。
ーー視聴習慣、確かに変化しつつありますね。本作はテーマも素晴らしいなと思ったのですが、プロット作りを進めていく中で、“アンダードッグ”というキーワードに辿り着いたのは、どのような経緯やきっかけがあったのでしょうか。
佐藤:僕はボクシングが好きで昔からよく見ているのですが、その中でいろんなボクサーの姿を見てきたんです。例えば、スター街道を駆け上がっていく選手の裏で、タイやフィリピンから呼ばれて、誰からも勝利を期待されていないようなマッチメイクで、何ラウンドで倒されるかなと思われているような選手たちを。中には、もう半ば引退しているけれど、“元”世界チャンピオンとして日本人と対戦させるというようなマッチメイクもあって。そういう選手や試合を見ていて、すごく興味が湧いたんです。そういう人たちはどんな心情でリングに立って、どんな暮らしをしているのかなと、普段あまり陽の当たりにくい場所にスポットをあてるお話を見てみたいなと。彼らも負けようと思ってリングにあがっているわけではないですし、彼らなりの“生き様”というものがあるでしょうし。そこから這い上がろうとする人たちの話には、きっとドラマがあるのではないかと思ったんです。そして、そういう生き様を描くのは足立さんの真骨頂だと感じていたので、アンダードッグと呼ばれる立場の選手がいるということを伝え、そういう主人公のプロットを書いていただけませんかと提案しました。
ーー佐藤さんがボクシングのことを好きでよく見ていたからこそ生み出せた視点だったのかもしれませんね。そして、ボクシングが持つ熱量に人間ドラマが入り込んでくるバランスもとても絶妙でした。
佐藤:ボクシングという舞台にあがる男たちが中心の物語ではありますが、ボクシング界の光と影だけを描くのではなく、デリヘル嬢や売れない芸人、シングルマザーといった普段光が当たりにくい人々に焦点をあてて、社会全体の光と影をあぶり出すものになっていて、そこが足立さんが書いた脚本の素晴らしさだと思います。そして、ボクシングを描くということについては、やっぱり本物に見えるように、嘘に見えたらいけないという想いはすごくありました。ボクシングが好きで今まで熱心に見てきている分、何が本物に見えて何が本物に見えないかとか、そこのリアリティにはすごく気を払いましたね。
ーーボクシングとそれぞれの人生が重なっていくストーリー構成は本当に見事でした。
佐藤:そこは、それぞれの選手たちの背景が丁寧に描けたという長尺ならではの利点があったと思います。対戦するどちらの選手にも、彼らを支えるセコンドのような存在や家族がいて。そして、試合を観ている観客がいて、社会があって。
ーーセコンドや家族など、主人公に関わる人たちの姿や声も丁寧に捉えていましたよね。
佐藤:リング上でただアクションするだけではなく、リング上にも物語があるんです。試合のシーンでは選手は喋らないので、その物語をどう表現していこうかと考えたときに、セコンドや観客の声がものすごく重要なのだと武さんも常々仰っていますね。
ーーなるほど。少し話はそれますが、佐藤さんがボクシングに惹きつけられる理由ってどんなところにあるのでしょうか?
佐藤:僕自身もボクシングジムに通い出して5年くらい経ち、実際に試合にも出たことがあります。『百円の恋』では、人生の傍観者であった一子が、最後に傍観者ではいられない場所に行くというところが物語として痺れたところだと思うんですよね。僕は映画を作るという本業を頑張ればいいのでボクシングをする必要は無いのですが、容赦なく傍観者では居られない場所に、自らの意志で一度でもいいから立ってみたいなと思ったんです。ボクシングって、あのリングに上がる以上殺されても文句が言えないというか、極端に逃げられない場所、傍観者で居られない場所だと感じていて。その部分に対する魅力や、そこに立つ人間たちへの憧れやロマンを感じているからこそ、描いていきたいのだと思います。
ーー今作は『百円の恋』チームが再集結というところも注目を集めていたように感じます。改めて、集まって制作を行ってみていかがでしたか?
佐藤:『百円の恋』以外でも仕事はしているので6年振りに集まったわけではないのですが、『百円の恋』以降も武さんや足立さんをはじめ、現場のスタッフさんたちは皆さまざまなキャリアを積まれています。いろんな作品を経て再集結したというところでもそれぞれの経験値は上がっていますし、皆の集大成的な作品になったのではないかなと。
『百円の恋』は、面白い脚本をなんとか映画化しようというところからはじまったオリジナル作品で、内容に対して十分な予算がかけられなかったんです。非常に低予算でしたし、日数もすごくタイトでした。しかし今回は『百円の恋』がきっかけでABEMAさんと共同出資という体制で作品作りができることになったので、ある程度満足できる環境でもう一度『百円の恋』の皆で一緒に作りたかったという想いがありました。
ーー素敵ですね。では最後に、佐藤さんが映画づくりをする上で大事にしていることを教えてください。
佐藤:「自分が観たいと思えるような映画であること」ですかね。メインのプロデューサーとして作る作品は、今流行っているものとかではなく、こういうものが見たいと思えるものしかやりたくないと思っています。あとは、最終的には人生を肯定するような話を作っていきたいですね。
ーー『アンダードッグ』もまさにそういう作品でしたね。観ているだけでエネルギーが湧いてきました。
佐藤:それは嬉しいです。『アンダードッグ』は、人と人とが交わっていく中で、無様でも負けてもそれでも生きていくということに前向きになれる映画だと思っています。どん底から這い上がって生きていこうというエネルギーのようなものをスクリーンから感じてもらえたら本望です。
プロフィール
佐藤 現
1971年生まれ、大阪府出身。93年に東映ビデオに入社し、映画やテレビ番組の製作に携わる。主なプロデュース作品に『おろち』(08)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)、『僕たちは世界を変えることができない。But, we wanna build a school in Cambodia.』(11)、『ふがいない僕は空を見た』(12)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『花宵道中』(14)、『百円の恋』(14)、『14の夜』(16)、『ビジランテ』(17)、『犬猿』(18)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20)など。『百円の恋』において第34回藤本賞奨励賞、2016年エランドール賞プロデューサー奨励賞を受賞。
劇場版『アンダードッグ』
2020年11月27日(金)より前編・後編公開中
(C)2020「アンダードッグ」製作委員会
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cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想いなど、さまざまなお話を聞いていきます。
edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。