連載初回でも書かせて頂いた通り、私は現在Atemoという映画の企画/プロデュース/配給/宣伝を行う会社を経営しております。
今回の記事は主に”映画配給”についてで、この分野に興味のあるフィルムスクール学生~これから映画製作や配給にチャレンジしようと思っているクリエイター達へ贈ります。又、基本的に日本映画を日本国内で配給する事を前提に書いています。
誰でも映画を配給できる時代
映画の配給とは、簡単に言えば映画を映画館で上映してもらう事です。
映画館は時間とスクリーンを確保して映画を上映し、来場客から鑑賞料金を取ります。上映期間が終了すると、映画館と配給会社は、何人来場したか・何人前売り券を使ったか等を集計して、お互いの取り分を決め売上を分配します。映画のランキング等に出てくるいわゆる”興行収入”と呼ばれるものは、映画館と配給会社で分配する前の総売上を指します。
流れとしては、配給する為の映画を”調達”し、映画館に対して”営業”する訳ですが、その先には、より高い興行収入をあげる為に”宣伝”と言われる事が必要になってきます。多くのケースにおいて、配給会社がこの宣伝部分まで担っています。
今では、誰でも映画を配給できる時代になりました。次項以降で詳しく説明していきます。
映画配給にあたって必要な事とは
まず必要となるのは、どの映画を配給するかという”調達”です。
外国映画であれば、製作元の権利者から日本国内での配給権を買い付ける、という行為になりますが、日本映画であればその経緯はまちまちです。特定の一社が自社でお金を出して映画を作り配給するというケースもあれば、複数社でお金を出しあって映画を作る”製作委員会”の一員として配給会社が参画している、又は”製作委員会”には参画していないが委員会から委託されて配給を行う、というケースもあります。
さらに最近は共同配給という形のクレジットもよく見られます。配給および宣伝の担務を複数社で分担するもので、現在公開延期となっている「シン・エヴァンゲリヲン劇場版」では、東宝-東映-カラーの3社による配給が発表され話題となりました。最近ヒットした「新聞記者」もスターサンズ、イオンエンターテイメントの共同配給になっています。
次に、”営業”です。
この部分が、得てして配給会社と呼ばれる会社しかしてはいけない事のようにも思われていますが、実際は誰にでも門戸が開かれている部分です。
映画館にはそれぞれ、どの映画をいつ/何回/何週間上映するかを判断する、”編成”と呼ばれる人がいます。映画館によって、海外映画を上映する館、日本映画を上映する館、大作やインディペンデント、ドキュメンタリーなど、どういう映画を扱うかという傾向があります。主にマスに向けた作品を扱うTOHOシネマズなどのシネコンチェーンは、本社に編成担当の人間がいます。
もしあなたが、自身で映画を作った、もしくは映画を作った人から頼まれた、等の経緯で映画を配給する事になったら、その映画の内容や規模感に応じて、近い映画をピックアップして、その映画がどの映画館で上映されていたかを調べてそこに電話してみれば良いのです。相手がシネコンであればいささかアプローチには苦戦するかも知れませんが、もし周りにコネクション持っている人がいれば紹介してもらいましょう。コネクションがなく、でも何かしらの理由でそのシネコンで上映したいという事であれば、その時は配給会社と呼ばれる会社に相談してみましょう。
映画の企画書や本編を見せて営業すれば、その映画に魅力と興行としての可能性があればきっとその映画館は上映を快諾してくれるでしょう。「カメラを止めるな!」のようなワークショップ映画のヒットという例もあって、その製作経緯を問わず、可能性を感じさせる映画は編成に組み込んでもらえているという印象です。
映画館での上映も今はデジタルです。日本で初めて全館デジタル上映を導入した2007年オープンの新宿バルト9を皮切りに、今では日本国内ほとんどの映画館でDCPと呼ばれるデジタルデータ形式で上映を行っています。DCP自体はその気になれば個人でも自作できますが、業者を使う事をお薦めします。業者は様々ありますが、アップリンク社が安く提供しています。
上映がフィルムだった時代は、上映する映画館の数だけフィルムが必要でした。
今はそれがデジタルデータとなり、データサイズ的にまだまだHDDでの運搬ではありますが、データはコピーできるので上映館数分のHDDは不要で、データを取り込んで次の映画館へHDDを送る、といった事が可能になっています。その為、配給会社にとっては上映素材のコストが劇的に安くなっているのです。
又以前は、映画館で上映するのに”VPF(ヴァーチャルプリントフィー)”という経費がかかっていた時代がありました。かみ砕いて説明すると、フィルム⇒デジタル映写機入れ替えの費用の一部を配給会社側も利用状況(1日の上映回数等で変動)によって負担するというもので、リース料金のような存在でした。映画館により料金体系は異なり、諸条件あるのですが1作品1館につき45,000円~90,000円程度のコストが配給会社側の負担になっていました。
複数社が日本全国の大多数の映画館にVPFのシステムを敷いていたのですが、2020年7月末で全ての会社のVPFが終了し、今はコストはかからなくなっています。
デジタル上映とVPF制度の終了。その2つが、インディペンデントの映画製作者含めて”誰でも配給できる”時代への大きな転換点になったと言えると思います。
上映が決まったら、次は”宣伝”です。
その映画の魅力を誰にどのように伝えて映画館に足を運んでもらうか、宣伝計画の内容次第で、映画館の編成もその映画を1日何回上映にして何週間の上映予定にしようか、決めていきます。勿論、映画館も昨今は週毎に細かく編成されていますので、映画が公開されて客入りが悪ければ早く打ち切られる事も、客入りが良ければロングランする事もあります。
映画に魅力があってポテンシャルのある宣伝計画が作れれば、更に多くの地域で上映してもらう為、別の映画館へ交渉に行くのも良いでしょう。
ここまででも結構なボリュームになってしまったので、宣伝について詳しくはまたの機会に…。
映画宣伝においての基本の宣材物であるポスター、チラシ、予告編も、ネット印刷や編集ソフトを活用すればかなり安価で作れますし、上映素材のDCPの制作費用を鑑みても数十万円規模で映画配給/宣伝が可能な時代です。
上記までの各事項、もしあなたが会社に属しての活動ではなく個人だとしたら、個人では取引してもらえない場面もあるかも知れません。その際は法人化してしまう事を薦めます。起業云々についてはその功罪やノウハウを語るサイトがいくらでもあるのでそこに譲るとして、本記事は映画配給についてあまり他では得られない情報になっていると思うので参考にして頂ければ幸いです。
又、映画はそれ自体が映画館やDVD、配信等で稼いでくるお金でリターンを得る事を目的とした”投資”であり、売上が投資を下回る可能性があって、確実なリターンが得られるビジネスではありません。映画への携わり方でそのリスクの在り方はまちまちですが、業界としての商流や構造はよく理解しておくべきでしょう。
9月18日(金)公開の映画「Daughters」
来週9月18日(金)より、イオンエンターテイメント/Atemo共同配給の映画「Daughters」が公開になります。東京・中目黒でルームシェア生活を送るふたりの女性を主人公に、ひとりの妊娠によって訪れるふたりの人生の変化を描く10ヶ月の物語。三吉彩花さんと阿部純子さんのW主演です。
「Daughters」もまたその製作経緯が現代的と言いますか、特殊な成り立ちの映画です。
本作の津田肇監督は1985年生まれの34歳。幼い頃から絵画や図面工作が得意だったという津田監督は、大学卒業後にイベント制作会社に就職し、ファッションやコスメ業界第一線のイベントディレクター・プロデューサーとしてキャリアを積んでいました。一方で、いつか映画を作りたいという気持ちを抱いて題材を探していました。20代の前半を友人たちとルームシェア生活をして過ごし、その後結婚・娘が誕生し父親になった。友人らとの刹那的な日常から一編した生活の流れの中で、「これが映画になる」と感じたそう。
73ページの初稿が完成したのが約6年前。「オリジナルの脚本で実績もない初監督にお金なんて集まらない」と各所で言われたそうですが、既に独立してイベント演出の会社を経営する津田監督は自身で多くの資金を集め、製作へと至りました。
ここでは金額までの仔細は書けませんが、それは驚くべき偉業であり、同時にこれからはこういう映画製作が増えてくるだろうなと感じています。
ファッション領域のバックボーンを持つ津田監督は、美術・衣装・音楽については映画専門ではなく他業界で活躍するクリエイターを招き、映画の隅々にまで津田監督のこだわりが詰め込まれています。偶然にも、撮影・照明・美術・衣装・音楽・ラインプロデューサーといった主要スタッフは皆1985年生まれでした。
34歳。そんな若くして映画を作れるのかと感じるか、その歳からでも映画を作れるのかと感じるか、人によって印象は様々だと思います。映画は誰でも配給できる時代であり、そして誰でも作れる時代になってきました。(そこには熱量とセンス、運が必要ですが。ただ経歴や年齢は関係ありません。そういう意味での”誰でも”です。)
私はインディペンデント映画の一プロデューサー・配給の人間として、新たな才能との出会いを楽しみにしています。映画での相談事があれば遠慮なくAtemoまでお問い合わせを。
和田有啓
1983年神奈川県横浜市生まれ。
スポーツ取材の会社からキャリアをスタートさせ、その後、松竹芸能、電通、DLEを経て2017年に独立。フリーランスとして複数の企業と提携し映画の企画/プロデュース/配給/宣伝を行った後、2019年に自身の会社となる株式会社Atemoを設立。2020年春から日本初の会員制映画製作マッチングサイト「Green-light」を運営。