さーあ、とうとう黒澤明監督がやってきました。
日本が世界に誇る巨匠監督。
この「どん底」はロシアのゴーリキー原作で、映画化は長年の夢だったとか。
「蜘蛛巣城」なんかもそうだけど、外国の原作ものを舞台を日本に置き換え描くのに長けている人だなぁと思います。しかも、ちゃんと作品が持つ根っこの部分は変えずに。
こちらは舞台をロシアから江戸時代の場末の長屋にしていますが、随所に出てくる江戸らしさが粋で、暗くなりすぎずに観ていられる。
そして何と言っても、こんなに豪華な役者陣を揃え、扱えるのがやはり黒澤明監督ならでは!
※本文にはネタバレも含みますのでご注意ください。
あらすじ
舞台は江戸の場末の棟割長屋。崖に囲まれた陽の当たらない荒んだ場所。
しかし、そこで暮らす人々はいたって明るく、楽天的であった。
泥棒の捨吉(三船敏郎)、元御家人の殿様(千秋実)、遊び人の喜三郎(三井弘次)、アル中の役者(藤原釜足)、夢想にふけるおせん(根岸明美)、そしてまだ新入りらしい鋳掛屋の留吉(東野英治郎)と病人のその女房(三好栄子)たち。酒や博打にふけ、自堕落な生活を送っていた長屋の人々。
そこへお遍路姿の嘉平(左卜全)と言う老人が舞い込んでくる。
世間に揉まれ慈悲深く、まるで仏のように穏やかな嘉平。
病に侵される留吉の女房にはあの世の安らぎを説き、アル中の役者にはタダでアル中を治してくれる寺があると希望を持たせ、徐々に長屋の雰囲気が変わりつつあった。
大家の妻・お杉(山田五十鈴)と関係を持ちつつその妹おかよ(香川京子)にゾッコンの捨吉に早くおかよと一緒にここを出て行けと助言する嘉平であったが、捨吉の心変わりを知ったお杉はおかよを折檻し、長屋の人々も騒動に巻き込まれていき・・・
(敬称略)
その1【茶目っ気たっぷりの元御家人】・・・千秋実さん
元御家人らしく、みんなから「殿様」や「御前様」というあだ名で呼ばれている。
年上の捨吉や喜三郎に便乗してお酒を飲ませてもらったり、夢想にふけるおせんをからかったりとお調子者的要素が満載で長屋を変に暗くさせない存在です。
過去の恋話をしては泣くおせんをからかうんだけど、結局一緒に飲みに行って仲直りしたり、本当はおせんに惚れてるんじゃないの?って思う可愛げもある。
長屋の表の中庭?みたいなところでおせんがいつもの恋話をし、嘉平がみんなで聞いてやろうと言っているのにまた殿様がからかい、おせんに追いかけ回されるところはずーっと長回しのワンカットで、それぞれの関係性が見えてすごく面白いシーン。
誰が誰に対してどう思っているのか?とか見ていてわかるし、喋っている人よりも周りにいる人に注目して見たくなるところ!
追いかけ回されて走っている殿様の鼻緒が切れてしまうんだけど、あれはアクシデントだったとか!
それでも演技をやり続けて、ちゃんと殿様というキャラクターの面白みを引き出しているのです。
土台がしっかり作られているからこそできる技。
自然に生まれてくるものをちゃんと使えるか?っていうのもそれだけの力量があるからこそなんだろうと唸りました。
その2【カタギじゃない感むんむんの兄貴】・・・三井弘次さん
殿様が長屋を明るくする存在だとしたら、この喜三郎は貧乏長屋をジメジメさせないカラッとした風を吹かせてくれる存在。
頭がキレるし気風もいい、江戸っ子ぽいカラッとした感じなんですよね。
要所要所でキレのある、その場にしっくりくるセリフをズバッと言うんですけど、キャラに合っていてハマっているからクサくならずに笑えちゃう!
嘉平に昔、人を殺したことがあると独白しますが、「あーそうなんだ」っていうくらいでびっくりしないのは、態度や立ち振る舞いから”そういう人っぽさ”が出ているからなんだろうなと。
人を殺したことがある人をやって見てくださいと言われてもなかなかうまくできないよねー。
下手な人がやるとあからさま感が出ちゃうし。
どういうところに重きを置いて演じていたのかすんごく聞いてみたい!
監督はリハーサル時に落語家を呼んで役者の前で演じさせ、江戸庶民の生活感を学ばせたと言いますが、三井さん演じる喜三郎はその江戸の世界観を先頭きって引っ張っていた存在だろうと思いました。
三船さん演じる捨吉と喜三郎の頭のキレるカタギじゃない2人が、人をバラした(殺した)バラさないなんて話をするシーンはゾクッとするほどかっこいい、シビれるシーンであります。
そして映画の締めくくりの喜三郎ドアップのシーン。
粋でかっこよすぎて惚れ惚れする。
「せっかくの踊りをぶち壊しやがって・・・バカが」
くぅぅーっ!シビれるね!
これ、相当技量がある人じゃないと絶対言えないセリフ!
キメすぎると冷めちゃうし、ググッと閉まる丁度良さ。
そこからのー、「終」がばーっんっときてend。
なんてかっこいい終わり方なんだ!
「はっはーん」って声出ちゃいました。
その3【ふらりと現れたおっとりお遍路じいちゃん】・・・左卜全さん
棟割長屋にふらりと現れたお遍路参り姿のおじいさんの嘉平。
長屋のメンバーにはいないタイプののんびり、おっとりしたお方。
ボケーっとした口半開きのお顔が可愛く、愛嬌たっぷりです。
負けん気の強い捨吉もこの嘉平にはどうも調子を狂わされてしまいます。
あんなにチャキチャキしたキャラクター達の中で自分のペースを崩さず貫き通し、気付けばみんなをそのペースに引き摺り込む力を持っている!
この長屋の新入りだから、嘉平目線で色々な事情を知っていけるっていう存在でもある。
まるでこの世の全てを知り尽くした仏の様な人物で、衣装も1人だけ白一色だから、みんなとの違いを際立たせている。
まさか、、、死人なの?神様なの?ってぐらいの考察までしちゃう勢い。
この人においては結構謎で、色んな考察しちゃうんですよ。
初めて見たときは普通にいい人だなーって思っていただけだったけど、2回、3回と回を重ねると「あれ、この人もしかして、人がどうしたら喜ぶとか全部知っていて実は操ってるんじゃないか?」とか裏の裏を探りたくなってきてしまうんです。
中村鴈治郎さん演じる大家の六兵衛と対立するシーンはさすが大物同士!
緊張が張り詰めたうひゃーっとなるシーンです。
六兵衛が「俺はお前の素性を知っているぞ。早く長屋から出て行け」的なことを言うのですが、嘉平も負けじと「え?なんのことでしょうか?」ってとぼけます。
なになにー!このゆるふわバトルは!
穏やかな方が怖い。。
その後、お杉とおかよの騒動に巻き込まれそうになり、喜三郎に「何かあったら俺らが証人になろう」と言われて血相を変えて長屋から逃げ出してしまう嘉平。
え、絶対なんかやましいことあるやん!!ってなります。
ますますこのおじいさんの謎は深まるばかり。
でも、謎ってその人の魅力ですよね。
完全ゆるキャラじいさんになりきっているからこその闇の部分が光ります。
この作品は”主役”と呼ばれる位置の人がいなくて、全員が脇役みたいな感じ。
いや、全員が”主役”とも言える映画。
その中でも嘉平演じる左卜全さんがメインな位置にいるけど、物語を展開していく重要人物と言うだけであって、あくまで脇。
オープニングでは三船敏郎さんと山田五十鈴さんが二枚看板になってはいるけど、このお二人もあくまで脇。
これ、よく考えたらめっちゃすごいことじゃないかって思うんですよね。
だって主役がいないんですよ。
それでもこんなに面白いのは、全員が主役並みに魅力的だということ。
誰に焦点を当てて観ても面白い。
そして、チームワークも最高の全員野球映画なのです。
ちょくちょく入るどんちゃん騒ぎの歌や踊りもグルーヴ感が出ていて、見ているこちら側の気持ちも上がってくる。
今でいうボイパみたいな感じで口から音を出し、そこにある器なんかを使って即興でやる”音楽”はめちゃめちゃ格好いい。
その場にあるものでなんだって生み出すことができるっていう、そこで暮らす人の人生の楽しみ方みたいなのが粋なんです。
何度もリハーサルを重ねて、長回しで撮影されたそうですが、みんなが信頼しあって、同じレベルで戦っているからこそ生まれるシーンの数々。1人でも欠けるとぷつっと切れちゃう。
これぞプロの中でも最上級の技です。
そんなプロフェッショナルな役者陣の魅力を存分に引き出すことができる”黒澤明”という監督のすごさを感じる作品です。
椿弓里奈(つばきゆりな)
1988年生まれ、京都府出身。大阪芸術大学短期大学部卒業後上京し、役者として活動。
主な出演作に【映画】「64-ロクヨン-」瀬々敬久監督、「PとJK」廣木隆一監督【TV】「でぶせん」日本テレビ・Hulu、「きのう何食べた?」テレビ東京【CM】大塚製薬「ネイチャーメイド」など。昨年同い年の役者で立ち上げた”889FILM”ではyoutubeにてショートムービーなどの動画配信中。
所属事務所HP⇒http://www.jfct.co.jp/b_tsubaki.html Twitterアカウント⇒@bakiey