揺れ動き決定不可能な小ちゃな物語

現在アメリカの映画界ではA24という制作会社による秀作は枚挙にいとまがないが、ベトナムサイゴンにもスタジオ68という傑作を制作し続けている似たようなスタジオがある。
ゴ・タイン・バンという女優、監督、プロデューサーであり、そのスタジオ68のオーナーでもある彼女は、『スターウォーズ 最後のジェダイ』にも出演し、世界の美女10人にも選ばれたベトナム映画界の革命児と呼ばれている。
スタジオ68が制作し、初の長編映画として『ソン・ランの響き』を手掛けたレオン・レ監督は、ベトナム生まれLA育ち、現在はNY在住。もともと役者、ダンサー、歌手もしていた過去がおり、現在はファッションフォトグラファーという顔も持ち、自費で『ソン・ランの響き』のイメージフォトブックも制作している。現在密かに注目を集めるアーティストだ。第31回東京国際映画祭(2018)にも本編が上映され、話題となった。

画像1: 『ソン・ランの響き』のイメージフォトブック

『ソン・ランの響き』のイメージフォトブック

画像2: 『ソン・ランの響き』のイメージフォトブック

『ソン・ランの響き』のイメージフォトブック

画像: 筆者 イメージブックを持ったヴィヴィアン佐藤(中央)と主演リエン・ビン・ファット(左)レオン・レ監督(右)

筆者 イメージブックを持ったヴィヴィアン佐藤(中央)と主演リエン・ビン・ファット(左)レオン・レ監督(右)

物語は1980年代という今から見ればまだほんの少しだけロマンや郷愁が残っていた時代。
30年代フランス統治下で生まれ、60年代が最盛期を迎えた伝統音楽劇カイルオン。
借金の取立て屋として働いており、ときには激しい暴力も辞さないユンは、影を持ち孤独に暮らしていた。あるときカイルオンの劇団へ借金の取へ向かうと、幼少の頃のカイルオンのダングエット奏者の父親と、女優の母親との輝かしい思い出が急に甦るのであった。彼の家族は仲慎ましいカイルオンの劇団だった。
我に帰り、花形役者フンと出逢う。
両者は敵対する。
翌日借金の肩代わりで返金しに来たフンは、その帰り道に食堂で町のチンピラに絡まれる。それを見かねてユンが救出し、気絶するフンを自室で束の間看病してあげる。
そこから各々の幼少時代のの思い出や記憶、影響を受けた書物、人生の哲学などの話をして次第に心を通わせていく。
ユンの父親が残した未完の楽曲を、ユンによるダングエットとソン・ランの演奏に乗せて、フンが即興で歌い、父親の母親への愛の気持ちが蘇ってくる。

画像2: "ヴィヴィアン佐藤の”ピリグリ日記" ベトナムからの傑作『ソン・ランの響き』

数々の世界の映画賞を受賞している今作だが、ひとつ国際LBGTQ映画祭観客賞も受賞している。しかし、この作品はLGBTQといった「レズビアン」や「ゲイ」といったある意味狭い分類法で語られる種類の作品ではないと筆者は直感するのである。
劇中、フンの歌声がAMラジオから流れ出す。AMラジオとはFMラジオと異なり周波数が正確に合うことはなく、不安定で雑音が多い仕組みだ。番組の内容だけを正確に傍受し聞き分けるというより、否応なしに電波が満ちている不可視の空間性を聴覚化する。
そしてふたりが熱中するテレビゲームは、液晶テレビではなくブラン管テレビとして登場する。ブラウン管とは真空管で一番奥底から電子が発せられ、磁力で湾曲させられ、蛍光面に当たり輝く仕組みだ。画面の映像は安定せず揺らめく。
それからカイルオンの楽団の中には、ソン・ランのほかにダングエットやベトナムギターがある。ベトナムギターとはフレットの間が深く彫り込まれており、チョーキングしやすい構造となっている。それは西洋の音階に当てはまらない複雑な音を奏でることができるのである。
また時々映し出される空模様の雲の造形や陰影は、決して同じ状態を作り出さず、複雑性を呈する。
要するに作品内の世界は定まらず揺らぎ安定しない波たちだけで満たされており、それはふたりの青年の関係性にも当てはまる。ふたりの関係性は友情や恋愛といったありきたりな分類法で処理できるような、もしくは気軽に名差せる関係性ではない。そもそも人間関係とは、すべて固有で唯一のものだ。そしてそれは刻々と変化する。特に彼らの関係は微妙で微細な変わり続け、擬妙なグラデーション彩度を有する再現不可能な夕方の空模様のようだ。そしてその関係性は儚く一瞬で壊れ、跡形も無くなってしまうようなものなのだ。
この作品はそんな一時も定まらず不定形で不安定な曖昧であることの美しさと正しさを見事に歌いあげている。
痕跡も残らず誰ひとりにも見られず、誰にも語られない物語は、世界中いたるところに存在する。
しかしそれを知ってしまった我々に、そして世界に、影響を及ぼしつづける。

画像: 筆者 ヴィヴィアン佐藤(中央)と主演リエン・ビン・ファット(左)レオン・レ監督(右)

筆者 ヴィヴィアン佐藤(中央)と主演リエン・ビン・ファット(左)レオン・レ監督(右)

『ソン・ランの響き』予告編

画像: ベトナム映画『ソン・ランの響き』予告編 youtu.be

ベトナム映画『ソン・ランの響き』予告編

youtu.be

監督:レオン・レ
キャスト:リエン・ビン・ファット アイザック スアン・ヒエップ
【2018年/ベトナム/102分】
©STUDIO68

提供:パンドラ
配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
配給協力:ミカタ・エンタテインメント

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