『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯へ』
原題(Long Day's Journey into Night)を聞いた時、ユージン・オニールの同名戯曲の映画化かと思った。1956年に初演されたオニールの劇は20世紀演劇の最高峰と言われ、日本では「夜への長い旅路」として上演されている。題名が示すように俳優と麻薬中毒の妻、放蕩息子に肺結核に冒されたもう一人の息子、メイドで構成されるある一家の朝から夜までの葛藤、感情の揺れが描かれる。
今回紹介するビー・ガン監督の作品は、これとは全く異なり、主人公が謎めいた女性の行方を探す旅を綴っており、一日では終わらないし、リアルさも追及されない。主人公ルオ・ホンウの告げる状況説明、人物関係は明確さを欠き、随時織り込まれる回想場面もあいまいさを深めるばかり。観客はなまじストーリー展開を追うより、ユニークな映像美を鑑賞することに傾注した方が楽しめるといった作品である。
それでも、一通りストーリーの流れを紹介すると、父の死去で久しぶりに故郷凱里にもどったルオ・ホンウは、掛け時計の裏に隠されていた母の写真に気づく。かつて、彼には白猫という友人がいたが、洞窟で死体となって発見された。白猫の恋人だった女性と出会い、写真の母に似ていたところから、彼女に惹かれ、愛するようになった。香港の有名な女優と同じワン・チーウェンと名乗るが、本名なのかも不明だし、歳だって知らない。その彼女も今どこにいるのか。母の写真の裏に書かれた電話番号は、貴州の女子刑務所のものだった。写真を送った女囚に会い、彼女から母の意外な過去を知らされる。
映画が始まって1時間10分たった頃にやっとタイトルがでて、続く1時間は3D、しかもワンカット撮影になっている。3D、2Dと二つのヴァージョンを見比べてみると、ケーブルで下に降りていく場面などは3Dの方がインパクトが強い。
主人公の独白でストーリーが展開していくのだが、「俺は夢を見ているのかもしれない」と語っているように、幻想的な要素が強い。
さまざまなメタファーが織り込まれているようにも思えるのだが、見ている間はただ催眠的な映像に圧倒される。
出会うのは女囚、ヤクザ、ホテルの主人、洞窟に住む卓球少年と一風変わった連中ばかり。水がぽたぽた落ちるわびしい部屋、暗い列車内、洞窟、取り壊し直前の劇場、わびしい卓球場、のど自慢会場と、主人公がたどるオデッセーは、リアルとエキセントリックがないまぜになった感じを醸し出す。金網や扉で先へ行けないもどかしさ、夢幻的な迷路に迷い込んで出られぬ歯がゆさを感じずにはおかない。ワン・チーウェンが着ている二つの色の服、赤と緑の色遣いが強烈にアピールしているのも印象的。
監督は15年の「凱里ブルース」に続いて、本作が長編二作目となるビー・ガンで、もちろん凱里生まれ。ヤクザの親分として出ているチェ・ヨンゾンは叔父で、ビーが幼い頃に刑務所にいたこともあり、ビーの崇拝の対象だったとか。
ルオ・ホンウ役にホアン・ジエ、ワン・チーウェン役には「ラスト・コーション」(07)のタン・ウェイ、白猫の母には台湾出身で2018年作「妻の愛、娘の時」では監督主演していたシルヴィア・チャンが扮している。
「凱里ブルース」
4月18日から「凱里ブルース」が公開されるので、こちらも紹介しておこう。
主人公チェンは元ヤクザで、殺人罪で9年間服役していたこともある。現在は母の遺志で、凱里で診療所を開いていた。異母弟は怠け者で、息子ウェイウェイの世話をせず、放置している。意見してみたが、聞こうとしない。その後、息子をダンマイの人に売ったと聞いて、取り戻しに行くことにした。診療所の老女医がダンマイに住むかつての恋人に、思い出の品を届けてほしいというので引き受けた。列車、バス、スクータータクシー、船で旅をしてダンマイへ。女医の恋人だった男性はすでに死亡していた。ウェイウェイが引き取られた家から離れた場所に隠れて、甥の姿を双眼鏡でこっそりと盗み見した。
以上のストーリーが展開される中、随時過去の出来事が挿入され、チェンは親分の身代わりで投獄されたことがわかる。
チェンとすれ違った人物の後をカメラが追っていき、主役が変わるのかなと思っていると、またチェンの描写にもどっていく。通常のドラマ作法とは異なり、余計と思われる描写が入ることで、目先が変わり観客の興味が持続していく。
トンネル、水中に沈んでいく靴、目に鮮やかな木々の緑、スクーターや自動車で疾走する道路と周りの風景——これまでの中国映画ではあまり見たことのない田舎、自然がとても印象的——が積み重ねられて、独特の映像世界が構築されている。
野人が人を襲うという噂やラジオ・ニュースが数回放送されるが、その正体は最後まであかされない。いったい何だったんだろう。ロードムーヴィーであり、またチェンの心象風景を描いたとも言える。
甥の家の中の乱雑な様子、寄り道しながらのロード・ムーヴィーという点は「ロングデイズ・ジャーニー」に共通している。本作は恩師の資金援助を得て、手持ちの2万元(35万円)で撮影スタートし、1000万元(1600万円)を借金して完成し、ロカルノ映画祭でワールドプレミア上映された。
第二作同じく作家性の強い映画に仕上がっている。チェンには強烈な個性の持ち主である叔父チェ・ヨンゾンが扮している。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
原題:Long Day‘s Journey into Night(地球最后的夜晩)
予告
2018年/中国・フランス/カラー/138分
監督:ビー・ガン
出演:タン・ウェイ、ホアン・ジエ、シルヴィア・チャン、チョン・ヨンゾン、リー・ホンチー
配給:リアリーライクフィルムズ + ドリームキッド
提供: basil + ドリームキッド + miramiru + リアリーライクフィルムズ
全国縦断ロードショー中!
『凱里ブルース』
(読み:かいりブルース)[原題『路边野餐』]
予告
2015/中国/中国語・凱里市の方言/110分
監督・脚本:ビー・ガン
出演:チェン・ヨンゾン/ヅァオ・ダクィン/ルオ・フェイヤン/シエ・リクサン/ルナ・クオックほか
配給:リアリーライクフィルムズ+ドリームキッド
提供:ドリーム・キッド+miramiru+リアリー・ライク・フィルムズ