やってきました8月が。
8月といえば終戦記念日。
夏になるとやはり戦争のことを考えてしまいます。
これまで、様々な戦争映画を見てきましたが、これは私の人生においてとてつもない衝撃を与えてくれた作品であります。
タイトルからして、めちゃくちゃ心苦しくなる悲劇です。
観た後結構しんどくなります。
でも、気合いを入れて観て欲しい、そんな映画です
※本文にはネタバレも含みますのでご注意ください。
あらすじ
終戦から8年後の昭和28年。戦争は終わったものの景気は悪く、政治や治安も混乱する中懸命に生きてる人々。井上春子もその一人であり、戦争で夫を失ってから女手一つで娘・歌子と息子・清一を育ててきた。
闇屋をやったり、旅館で働きながら時には客をとったりして子供達の為にと必死で働いてきた春子。しかし、子供達は酔って客に媚態をついている母を目撃してからふしだらな行いに軽蔑してゆく。
息子を医大に入れてやり、娘も英語塾や洋裁学校へ通わせてやるなど”子供のために”と働いてきた春子であったが、それは全部自分が後から楽したいが為の行いだと息子に咎められ、息子は裕福な医者の家庭への養子縁組を認めて欲しいと頼む。
歌子は英語塾教師で妻子ある赤沢に好意を寄せられるが、気にくわない赤沢の妻に当て付けるように好きでもない赤沢に対して好意があるかのように振る舞い、遂には駆け落ちしてしまう。
養子へいってしまった息子と、駆け落ちした娘。同時に二人を失くし株で借金まで作った春子は駅のホームで衝動的に身投げをしてしまう。
その1【プライドの塊】・・・高杉早苗さん
歌子が通う英語塾の教師・赤沢の妻である霧子。
赤沢が婿養子にやってきたこともあり、家庭内では霧子の方が上。
「こっちが仕方なく婿にもらってやったんだぞ」的な態度です。
歌子にぞっこんな赤沢をみてイライラな霧子さん。
赤沢に対して愛情なんてないのに、他の女には取られたくないんですね。負けた気がするから。
娘・洋子を連れて歌子の家に洋服を作って欲しいと頼みに行くシーンは二人の関係性が滲み出ていました。
歌子はあたかも赤沢が来ているように振る舞うし、霧子はムキになって部屋へ上がろうとする。
結局、いないことがわかるとコロッと態度を変えて部屋へ上がろうとしない霧子。
洋子が間に挟まれて居づらそうだったなあ。
このパワーバランスが変わる瞬間が綱引きみたいで面白い。
霧子は裕福な家庭で何不自由なく育ち、ちやほやされてきたのでしょう。
そんな私が夫をとられるなんてありえない。みたいな。
赤沢さん、物のように扱われてかわいそう。
霧子は終始あまり表情が変わりません。
能面のような怖さ。
それが霧子というキャラクターを引き出している。
けど、ちゃんと感情の揺れ動きが表現できるすごい役者さん。
歌子の電話に聞き耳を立てている時の背中なんかすごかった。
背中を観ているだけでどんな顔しているのか伝わってくる。
とてつもない表現力。
その2【心を失くした美女】・・・桂木洋子さん
街でも名の知れた美人さんなのに、縁談はなかなかうまくいかず。
それも全て、母・春子の評判の悪さだと思っている歌子。
学生時代、預けられていた叔父の長男に乱暴され、男性に強烈な嫌悪感を抱き、さらに叔父や叔母からもいじめられて過ごした歌子はどんどん人間不信に陥って行く。
唯一の頼れる存在だった母でさえ、男に媚態をついているところを目撃しもはや頼れるものも信じられるものもなくなり、一人で生きていく為に洋裁や英語を習ったり、、、
誰にも心を開かない冷徹な女性に。
なんて悲しい人生だろうか。
そりゃあ心なんて閉ざしてしまうわな。
美人というのがまた悲劇。
誰に対しても感情を見せない歌子だけど赤沢の妻・霧子にマウントとっているときだけめちゃくちゃ生き生きしてるんですよね。
何不自由なく育って来た霧子。
なぜこうも人生は違うのかと嘆きたくなる気持ち。
唯一勝っていることが赤沢の気持ちが自分にあること。
それで霧子に惨めな想いをさせるのが気持ちいいんだろうな。
でも、霧子にマウントとった後に無性に悲しくなるというか侘しくなるというかそんな表情をするんです。
ふとしたその表情で「私何やってんだろう」っていう人間味が伝わって来る。
その何やってんだろう。には「何で私はこんな人生を送っているんだろう」とか色んな想いが込められていて。
劇中でもここぞという時にしか感情を表す顔をしないからぐさっと刺さります。
その3【心根は優しいつっぱり板前】・・・高橋貞二さん
春子が働く旅館の板前さんの佐藤。
旅館に出入りする芸者にぞっこんん中で実家に仕送りもしなくなっております。
みんなからあの芸者は海千山千だから辞めておけと言われるが聞き耳を持たず。
一番親身になって忠告している春子に対しては暴力を振るったり。
学生時代は頭も良く将来有望だと言われていたのに戦争で兄を失くし、仕方なく進学せず料理人になった佐藤は、自分は本当はもっとすごい人間なのにとグレております。
口は悪いし悪態つくけど、みんなに言われていたように芸者に遊ばれいていたと気づくと心を入れ直し、一人前の板前になると決心。
それからは子供を失った春子を慰めたり、今までの素行を謝ったり。
うまく表現できないだけで心は優しくて真面目ないい奴。
慰め方も不器用で、それがまたいいんですよね。
最後、春子の死を艶歌師の歌と共に葬いながら「いい人だった」と言って泣くシーンはぐぐぐっときます。
突っ張っていた佐藤だからこそ、余計響いちゃうし、春子の愛情深さや人の良さはこの人には伝わっていたんだなと思うと少しは救われます。
冒頭にも書きましたが、本当にこの作品の衝撃はすごかったです。
戦争自体を描いていないのに、その後の人々を描くことで戦争がどんなに恐ろしく怖いものなのかというのが伝わってくる。
戦争によって人間が他人を思いやれなくなってしまうこと。
そして戦争が終わっても悲劇がどんどん生まれてくるということ。
この作品に出てくる人々は戦争がない時代だったら全然違う人生を送っていたに違いない。
心を閉ざすこともなく、夢を諦めることもなく、他人を思いやって生きていけただろうと。
春子の子供達はそれを母の所為にしたり、霧子は夫の甲斐性のなさの所為にしたりしていますが、全ての元凶は戦争だと思います。
戦後8年経った昭和28年に実際に木下恵介監督が感じた日本の現状がありありと伺えます。
要所要所に入る新聞記事やデモの映像などでリアリティが増し、この出来事はほんの一部分に過ぎないんだということも伝わる。
歌子と清一の幼少期がフラッシュバックする話の進め方も、二人を責められない気持ちが出てきて、みんなが少しずつ歩み寄るそんな余裕もない時代だったんだなと、心苦しくなる。
映画のすごいところは、こういうことも訴えられるところ。
何も考えず気楽に観る映画もあれば、こうして観るのに気力を使う映画もある。
けど、私はこの映画を観て良かったと思う。
私はこの作品に出会えたことでまた別の面から戦争の恐ろしさを知れたから。
すごく精神すり減る映画なので、心に余裕のある時に観るのをオススメします。
椿弓里奈(つばきゆりな)
1988年生まれ、京都府出身。大阪芸術大学短期大学部卒業後上京し、役者として活動。
主な出演作に【映画】「64-ロクヨン-」瀬々敬久監督、「PとJK」廣木隆一監督【TV】「でぶせん」日本テレビ・Hulu、「きのう何食べた?」テレビ東京【CM】大塚製薬「ネイチャーメイド」など。
昨年同い年の役者で立ち上げた”889FILM”ではyoutubeにてショートムービーなどの動画配信中。
所属事務所HP⇒http://www.jfct.co.jp/b_tsubaki.html Twitterアカウント⇒@bakiey