出す本が決まってベストセラーとなり、映画化されるケースも多い作家と言えば、アメリカならスティーヴン・キング、そして日本では東野圭吾ではないか。
「ラプラスの魔女」は2015年に発表された東野の同名小説を映画化したもので、監督はすでに手掛けた映画が百本を越えている三池崇史、脚本は八津弘幸が執筆している。
映画プロデューサーが温泉地で硫化水素中毒のために死亡した。事故とみられたが、中岡刑事は遺産目当ての妻の犯行ではないかと疑い、地球化学が専門の青江修介教授に現地調査を依頼する。
気象条件が安定しない屋外で、致死量の硫化水素が滞留するわけもなく、青江は殺人説を否定した。その後、別の場所で同じように硫化水素による死亡事故が起きた。死亡したのは俳優で、被害者二人は知り合いだったことが判明する。青江は今回も殺人説を否定するが、彼の前に現れた若い女性羽原円華は自然現象を予言し、見事的中させた。彼女は姿を消した甘粕謙人の行方を追っているという。謙人の父甘粕才生は著名な映画監督だったが、妻と娘が硫化水素中毒で死亡したショックで引退していた。
19世紀のフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスは「ある瞬間の全物質の力学的状態とエネルギーを知り、計算できる知性が存在するならば、その知性には未来が全て見えているはずだ」と言い、未来を予知できる人物をのちの学者はラプラスの悪魔と呼んだ。ここでは円華が女性なのでラプラスの魔女となっているが、二十歳前後の女性がこうした超能力を持つに至ったのは、ある科学実験の成果だった。
不可解な死の真相を探るミステリー・サスペンスを主題とするストーリー構成に、科学技術による超能力というSF的要素が加わっていく。
まさに驚天動地そのもののクライマックスとなるのだが、気になるのは「計算によって、未来を予見できる知性」といったラプラスの定理は、自然現象を予知できるということ――すなわち硫化水素の流れや気象の変化を予知できても、物理的に不可能な現象を人間が起こせるということにはならないということだ。
「誰にも予測不可能なラストまでノンストップで加速する!ミステリーの定石は通用しない。あなたの推理は必ず裏切られる……。」とプレスブックに記されているが、ミステリーの定石では確かに予測不可能である。
甘粕一家、二人の映画関係者がいずれも硫化水素中毒で死亡し、それらにかかわる人間が複雑にからんだ謎の解明といったミステリー要素は、よりSF近い説明でけりがつけられている。
私は二人の死が殺人であることを青江教授が合理的に証明する筋書きと思い込んでいたので、軽い肩透かしを食らった印象だ。とはいえ、強引にでも「成程ね」と納得させる論理、目を奪う見せ場をノンストップで展開させて飽きさせない作品に仕上がっているところは、さすが三池監督である。
青江教授に四年ぶり単独主演となる櫻井翔、羽原円華に広瀬すず、甘粕謙人に福士蒼汰、甘粕才生に豊川悦司、中岡刑事に玉木宏が扮しているほか、リリー・フランキー、高嶋政伸、檀れい、志田未来、佐藤江梨子ら共演している。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある
「ラプラスの魔女」予告
監督:三池崇史 脚本:八津弘幸
出演:櫻井翔 広瀬すず 福士蒼汰
志田未来 佐藤江梨子 TAO / 玉木宏 / 高嶋政伸 檀れい リリー・フランキー / 豊川悦司