遅まきながら、第30回東京国際映画祭について、私なりのまとめを記しておこう。
まず初めに私が見たのは一般公開番組ではなく、P&I試写とよばれる国内外記者むけに実施される映画上映であることを述べておかねばならない。
コンペティション部門は全作品が含まれるが、他カテゴリーの作品は全部ではない。その中から日本公開が予定、あるいは予想される作品を省く。そののち、私の好きなジャンルであるSF、ホラー、ミステリーに属するものを最優先にするというのが、いつもながらの私の方針だ。
原則として予約をしておかねばならず、予約解禁となる5日前の21時を今や遅しと待つことになる。全席埋まることはないので、当日でも見ることはできるのだが、上映が開始されてから暗闇の中で入場することになる。見ている人には迷惑だし、あと入りする人だって席を見つけるのが大変。このやり方はぜひ改善してほしいものである。
“コンペティション”部門には15本が参加しており、僕が見たのは「グレイン」「グッドランド」の2本、「最低。」と「勝手にふるえてろ」は社内試写で見ていた。“アジアの未来”から3本、“日本映画スプラッシュ”から1本、“特別招待作品”は公開予定の作品がほとんどなのでパス、“ワールド・フォーカス”は5本、“台湾電影ルネッサンス2017”から2本、“Japan Now”は旧作と新作が混在しているが、映画祭でなくても見られるのでパス、“CROSSCUT ASIA”から3本。計16本を見たことになる。
東京グランプリを得た「グレイン」は、食糧危機のために混乱している未来を舞台に、穀物が疫病で育たなくなり、その解決策を探るべく、荒野に向かった科学者の旅を通じて、エコロジー、宗教、科学技術、人間の在り方を問う作品。ディストピア・テーマのSF作品と言える。
上映後のQ&Aで、セミフ・カプランオール監督は、「自分が慣れているので、白黒のフィルムを使用。崩壊したビル群のシーンはアメリカのデトロイトで撮影し、トルコのアナトリア地方で荒野の場面を撮影」と語っていた。
「グッドランド」ではカジノ泥棒が身を隠した農村の意外な裏面に驚かされることに。村人と流れ者の軋轢が緊張とサスペンスを生み、村が隠していた闇の事実があらわになってから意表を突く結末までの展開が見事。
農民たちが吹奏楽を巧みに演奏する場面があり、驚いていたら、Q&Aでゴヴィンダ・ヴァン・メーレ監督は「ルクセンブルグの農村では、吹奏楽を演奏するのは普通のことだ」という。聞いてみなければわからぬものである。
今回の上映作品中、映画に関する作品が5本もあった。効果音技師のドキュメンタリー「フォーリー・アーティスト」は残念ながら見逃したが、あとの4本は見ることが出来た。
インド映画「ビオスコープおじさん」は、父が事故死したためパリからもどったミニーは家にアフガニスタン難民がいることに困惑する。彼はビオスコープ(短いフィルムを覗きカラクリの機械で見せる)を持って各地を回る、エミ―が幼女のころにとても親しかった人物だった。
スペイン映画「サッドヒルを掘り返せ」はセルジオ・レオーネ監督の「続・夕陽のガンマン」(66)の墓場のシーンに使われたサッドヒルが忘れ去られ、すでに土に埋もれていたのを公開50周年を機に有志が掘り起こしたのを記録したドキュメンタリー。
「ナッシングウッドの王子」は戦火のアフガニスタンで三十年にわたって映画を110本も撮ったサリム・シャヒーンのドキュメンタリー。「インド映画がボリウッドなら、アフガニスタンは何もない、ナッシングウッドだ」と陽気に笑い飛ばすシャヒーン。そのヴァイタリティに圧倒させられる。
日・マレーシア合作「ヤスミンさん」は行定勲監督の「鳩Pigeon」のペナン島撮影メイキングとしてスタートしながら、エドモンド・エオ監督は主演女優の恩師でもあった女流監督の故ヤスミン・アフマドに関する描写へと脱線していく。行定もアフマド作品には感銘を受けたと語っており、分量的には「鳩Pigeon」の部分が八割を占める。なのに題名は「ヤスミンさん」で、セールス用の絵葉書大宣材にはヤスミンのことしか書いてない。不思議な作品だ。
もっとも期待していた台湾のホラー「怪怪怪怪物!」は冗長で、サディズムと嫌な場面ばかりが続き、ユーモアや快感が皆無の作品だった。
中国アニメ「Have a Nice Day」は意外な拾い物だった。汚れた金をめぐる金の亡者どもの右往左往をメリハリつけて描き、テンポよく展開。インド映画「ヴィクラムとヴェーダ」は、警官と犯罪者の丁々発止のやり取りから、二人のキャラクターが浮かび上がり、意外な真相が明らかになるまで飽かせずに見せた。
フィリピンの「カカバカバ・カ・バ?」は1980年に製作された作品を修復したもの。フィリピンに秘かに麻薬工場を作って暗躍してやくざと、知らぬうちに彼らとかかわることになった男女四人の奮闘記だが、熾烈とはほど遠い緩いやり取り、ラストのハリウッド・ミュージカルを思わせる歌と踊り、やくざを演じた俳優の珍妙な日本語……。これぞ掘り出し物の一編といっていい映画だった。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。