<大ヒット記念・特別トークショーレポート>
近代建築の巨匠ル・コルビュジエと、彼が生涯で唯一才能を羨んだと言われる女性建築家アイリーン・グレイの間に隠された波乱万丈のストーリーを美しき映像で描く極上のドラマ『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』が全国順次公開中です。
(また、本作と並行して作られた、アイリーン・グレイの生涯と作品に迫るドキュメンタリー『アイリーン・グレイ 孤高のデザイナー』もBunkamuraル・シネマにて公開中です。)
このたび、『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』の大ヒットを記念し、特別トークショーを開催しました。ゲストに、日本を代表する建築家の伊東豊雄さんがご登壇されました。
【イベント概要】
日時:10月28日(土)18:15~18:45
会場:Bunkamuraル・シネマ
登壇者:伊東豊雄(建築家)
満席の場内は、建築家の伊東豊雄氏が登壇すると、大きな拍手が沸き起こった。
二人の天才建築家の知られざるドラマを綴った本作について、伊東は「とても綺麗な映画」と一言。「綺麗な空間や家具を生み出してきたアイリーン・グレイのデザインそのものに映画がそれにピッタリと調和していて、透明感のある空気で満たされている」と、映画の美しさを絶賛した。
伊東によれば、70年代、アイリーンが亡くなる前後は日本でも大きなアイリーン・グレイのブームが巻き起こったそうだ。
「僕もその頃、なけなしのお金でアジャスターテーブルを買って、作ったばかりの事務所に置いていました。美しい家具をつくるデザイナーだなぁと思っていたけど、そのまま忘れてしまっていたんですね。だから、この映画で久々に“そうだ!こういう人がいた”と思い出しました」とアイリーンへの思い出を振り返った。
続けて、「コル(=ル・コルビュジエ)はずっと大ファンで、今でも毎日のように、彼の建築を反芻しながら自分の建築を作っています」とル・コルビュジエへの深い愛も語った伊東。
「実際のコルは、映画よりももっと強い、戦闘的な感じの人ですね。特に、このヴィラ(=映画の舞台となるE.1027)が建てられた1930年代前後は、アイリーンは家具デザイナーとして既に脚光を浴びていたけど、コルはまだ浮かばれていない時期。コルは“俺はすごいことを考えていて、世界をこれからリードする建築家なのに!”と思いつつも、世の中はまだ彼の新しい建築を認めることができなかった。だから、ヴィラに対する思いも複雑なものがあったのでしょう」と、推測した。
さらに、二人の建築家が残した有名な言葉についても、伊東は独自の見解を語った。
「コルは“住宅は住むための機械である”と言っていて、アイリーンは“住宅は人を包み込む殻だ”と言っています。映画の中でもその言葉は登場しますが、それをそのまま受け止めると、アイリーンはすごく人間的な作品を作って、コルは思想で物を作っているように聞こえる。でも、僕は逆に考えています。実際にコルの作品集やスケッチを見てみると、彼の建築のイメージというのは、ものすごく生活的なんです。非常に具体的で、例えば犬がどこに寝転んでいるかとか、カーペットのデザインまで描いてある。実に、人間的な建築を考えているんです。一方、アイリーンが生み出すのは、ものすごく綺麗な、家具の延長線上にあるような空間。アイリーンは恋人との暮らしをイメージしてE.1027を建てたけど、この建築にはすごくミニマリストの思想が息づいている。洗練された、何もなくなってしまったような美しさ。だから僕は、本当は、コルビュジエが人間的な建築を作っていて、アイリーンは逆に、人間がいなくなった時に美しく見える建築を作っていたという印象を持っています」。
伊東は過去にE.1027が建てられた南仏の海辺の街カップ・マルタンを訪れたことがあり、その時はE.1027が公開されておらず見ることはできなかったが、コルビュジエが妻と過ごすために同地に建てた建築物<カップ・マルタンの休暇小屋>に深い感銘を受けたそうだ。
伊東は次のように語った。「僕は、カップ・マルタンでのコルの晩年の暮らし方に憧れていて、尊敬しているんです。後年、コルは世界の巨匠になっていたにも関わらず、あの小さな小屋で、トイレなんか身をかがめないと入れないようなところなんですが(笑)、そんな小屋で、裸で絵を描いたりスケッチをしたりしていた。その姿にものすごく憧れます。晩年になるほど豊かになっていったコルビュジエと言う人間が、カップ・マルタンという場所に象徴されているような気がします」。
コルビュジエは、この休暇小屋をE.1027に隣接させるかたちで建てている。その近さは、彼が生涯で唯一その才能を羨んだと言われるアイリーンへの嫉妬の表れなのかもしれない。
伊東もそれについて、「コルがアイリーンに抱いていた思いは、複雑な嫉妬の感情と言っていいでしょうね」と答えた。コルビュジエとアイリーンのような嫉妬が絡まりあう関係は、ほかの建築家にもよくあることなのか?そう問われると、伊東は笑いながら「ありますね」と回答。
「建築家もデザイナーも、芸術家っていうのは“自分の作品が一番!”って思っている人たち。例えば、コンペティションに参加して、負けるとします。そうしたら、入選した人の作品を見て“あんなのが一等賞だなんて、最悪じゃないか!”なんて、酒を飲みながらしょっちゅう言い合っています。
若い頃は周りに同世代の建築家がいっぱいいて、その頃は酒の席で“お前の作品は最悪だ”って言い合っていましたね。最近の若い人は、そういうのをあまりやらないみたいなので、それはそれでどうなんだろうと思いますね」と、首をかしげ、こう続けた。
「コンペで負けたことがエネルギーに繋がることはある。コンプレックスや、怒りや、フラストレーションは物を作る人間にとっては必要なエネルギーになるんじゃないかと思います」。
嫉妬は、作り手として成長するための原動力になる――巨匠の言葉を客席の誰もが胸に深く刻み、トークは幕を閉じた。
『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』予告編
【STORY】
モダニズム華やかなりし1920年代、のちの近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、気鋭の家具デザイナーとして活躍していたアイリーン・グレイに出会う。彼女は恋人である建築評論家のジャン・バドヴィッチとコンビを組み、建築デビュー作である海辺のヴィラ<E.1027>を手掛けていた。陽光煌めく南フランスのカップ=マルタンに完成したその家はル・コルビュジエが提唱してきた「近代建築の5原則」を具現化し、モダニズムの記念碑といえる完成度の高い傑作として生みだされた。当初はアイリーンに惹かれ絶賛していたル・コルビュジエだが、称賛の想いは徐々に嫉妬へと変化していく。そして1938年、事件は起こる。ル・コルビュジエは、アイリーンの不在時に何の断わりもなく、邸内に卑猥なフレスコ画を描いてしまう。これを知った彼女はル・コルビュジエの行為を「野蛮な行為」として糾弾し、彼らの亀裂は決定的なものになった。その後、大戦とともに、<E.1027>は人々から忘れられ、打ち捨てられてしまう。戦後、すっかり荒れ果てた物件は、競売にかけられる。海運王アリストテレス・オナシスも参加したこの物件を買い戻すために奔走したのは、他でもない――ル・コルビュジエだった。
【監督・脚本】メアリー・マクガキアン
【音楽】ブライアン・バーン
【撮影】ステファン・フォン・ビョルン
【美術】エマ・プッチ
【出演】オーラ・ブラディ / ヴァンサン・ペレーズ / ドミニク・ピノン / アラニス・モリセット
2015年 / ベルギー・アイルランド / 英語 / 108分 / カラー / シネスコ / 5.1ch / 原題:THE PRICE OF DESIRE
配給:トランスフォーマー
提供:トランスフォーマー+シネマライズ
© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.
後援:アイルランド大使館、ベルギー大使館、スイス大使館
協力:国立西洋美術館、hhstyle