「散歩する侵略者」という題名は、これまでに宇宙からやってきた多くの侵略者の獰猛で狡猾な性質、グロテスクな形態といったイメージとは異なるので、観客に戸惑いと大いなる期待を抱せるにはおかない。

僕などはすぐにブラック・ユーモアの秀作「散歩する霊柩車」を連想したが、本作も一種のブラック・ユーモアと言えぬこともない。しかも宇宙侵略ものSFでラブストーリーでもあるのだ。

画像1: (C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

 前川知大が率いる劇団イキウメの同名舞台劇を黒沢清が映画化したもので、同劇は2005年に初演され、07年、11年と再演を重ねているというから、人気のほどが知れよう。昨年公開された、昼と夜に別れた世界を描く「太陽」も彼の舞台をもとにしており、二作ともに天変地異の大混乱によって社会は非日常が日常と化し、異常事態の有り様や人間の行動・心理が凝縮して描かれている。本作では地球人のことを何も知らないという宇宙人のキャラクターもユニークで、それがユーモアと不気味さを醸し出している。

映画は普通の女子高生・立花あきらが帰宅するところから始まる。しばらくすると血だらけになった彼女は家を出てきて、道路上で大爆発を誘発しても平気な顔をしている。普段の生活の描写、そしてありえない行動の描写を交錯させながら、ストーリーは動き出し、ミステリー性とヴァイオレンスは上昇していく。

画像2: (C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

一方、加瀬鳴海の夫・真治は行方不明になり、戻ってきたときには記憶をなくしていた。
さらにあろうことか、自分は宇宙人で、地球を侵略しに来たと言い出し、会社も辞め、毎日散歩に出かけるようになる。困惑し悩む妻とノンシャランとした夫との対比が面白い。
立花家惨殺事件を取材しようとするジャーナリスト桜井は、なれなれしく近寄ってきた青年・天野が、あきらを探すのを手伝うというので、行動を共にすることになる。

宇宙からの侵略者は人間の体を乗っ取り、さらに地球人の行動パターン、思考様式、人生哲学といったものを学習していく。未知の概念に出会うと、それについて発言した人から概念を奪い取って自分たちのものにする。
「なるほど、それもらうよ」と言われて、記憶や概念を吸い取られた人は、そのことについては何も知らなくなる。SF映画の重要な要素の一つである“アイデンティティの喪失”、すなわち自己喪失、記憶の抜け落ちといったテーマはジャック・フィニーの『盗まれた街』、アイラ・レヴィンの『ステップフォードの妻たち』が有名だが、外見は前と変わらないのだから意外性があり、本作においても強烈な効果を上げている。

画像3: (C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

あきらと天野は合流し、邪魔する人々をためらうことなく殺害していく。
侵略者らしい、暴力行為による地球侵略方法である。二人に接して彼らが本物の宇宙人であること、侵略を察知した桜井は街の人々に警告するが、誰も耳を貸そうとしない。一方、壊れかけていた夫婦関係が、夫の奇矯な行動、発言によって一時停戦というべき状況に至り、会話はかみ合わないながらも、感情はふれあい、鳴海の人間性が真治にも伝わっていく。
宇宙人対策のために、非道なやり方をとる政府機関の奮闘もむなしく、宇宙人の地球征服計画は最終ステージに突入していく。鳴海は「世界は終わるのかもしれない。それでも一緒に生きたい」と言うのだが。

画像4: (C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

これまでの黒沢清作品の多くがダークな雰囲気に包まれていたのに対して、本作は明るい面、ユーモラスな部分もあり、彼の新たな境地が垣間見られる。

スタッフは黒沢組で固められ、キャストの方は鳴海に長澤まさみ、真治に松田龍平、桜井に長谷川博己、天野に高杉真宙、あきらに恒松祐理が扮しており、各自の個性がうまく役柄にあっていた。
長谷川は「黒沢版宇宙戦争」と称していたが、まさにその言や良し。H・G・ウェルズ版宇宙戦争では、地球人には何でもないバクテリアによって侵略火星人は敗退したが、はたして本作では?

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。 

黒沢清監督最新作『散歩する侵略者』予告

画像: 黒沢清監督最新作『散歩する侵略者』 youtu.be

黒沢清監督最新作『散歩する侵略者』

youtu.be

<ストーリー> 
数日間の行方不明の後、不仲だった夫がまるで別人のようになって帰ってきた。急に穏やかで優しくなった夫に戸惑う加瀬鳴海(長澤まさみ)。夫・加瀬真治(松田龍平)は毎日散歩に出かけて行く。一体何をしているのか…? 同じ頃、町では一家惨殺事件が発生し、奇妙な現象が頻発する。ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は取材中に一人、ある事実に気づく。やがて町は急速に不穏な世界へと姿を変え、事態は思わぬ方向へと動く。「地球を侵略しに来た」—真治から衝撃の告白を受ける鳴海。混乱に巻き込まれていく桜井。当たり前の日常がある日突然、様相を変える。些細な出来事が、想像もしない展開へ。彼らが見たものとは、そしてたどり着く結末とは?

出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 前田敦子 満島真之介 児嶋一哉 光石研 
   東出昌大 小泉今日子 笹野高史 長谷川博己
監督:黒沢 清 
原作:前川知大「散歩する侵略者」 
脚本:田中幸子 黒沢 清 
音楽:林 祐介
製作:『散歩する侵略者』製作委員会 
配給:松竹/日活
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

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