ロカルノ国際映画祭!近浦啓監督
『SIGNATURE』はロカルノ国際映画祭に続き、トロント映画祭にも招待されている。「ロカルノで通って、その後トロントに行けるのは僕にとってはゴールデンルート」と監督。
ロカルノ国際映画祭2017 近浦啓監督の短編『SIGNATURE』に観客から熱い拍手
近浦啓監督の短編『SIGNATURE』がロカルノ国際映画祭の短編コンペティション部門でワールドプレミアとして上映された5日、スイスの映画ファンはこの力作が醸し出す強いインパクトに酔いしれ、映画が終わるやいなや熱い拍手を送った。
『SIGNATURE』は、近浦監督の短編『Empty House』、『なごり柿』に続く3作目。ストーリーは、技能実習生して自動車修理工場で働くために来日した中国人俳優ルー・ユーライ演じる若者が 、会社で契約書にサインするまでの一日を13分というわずかな時間で語る。
会社の面接で日本語を使ってうまく喋れるかと不安な主人公の緊張感を、13分間ずっと持続し高めていきながら、最後のサインをする場面まで一気に持っていく構成力は圧巻だ。
「ロカルノ国際映画祭に選出され、とにかく嬉しい。大好きなジム・ジャームッシュの映画の初上映がここだったと聞き、ずっと憧れていた映画祭。また今回の短編は長編のプリコールとして作ったので、ロカルノのような長編も短編もある総合映画祭にノミネートされたらいいなと思っていたので」と喜びを語る監督に、この短編について、さらに短編の続編として8月に撮影が始まる初の長編について、詳しく聞いた。
Q: まず『SIGNATURE』で使われた手法についてです。主人公の緊張した顔の映像はもちろん凄いのですが、一方で大写しにされた契約書の紙という「物体」の映像やそれを映している時間の長さは、その「物体」を見つめる主人公の心情の反映のように感じられます。そうしたことを、意図して使っていますか?
例えば小説で、周りの状況を描写していく中に登場人物の心情を出すという手法はたくさんあると思いますが、映画もそれに似ていますよね。
やはり何気なく見ている物体を映像に切り取ることによって伝わる情感というのは、その時間だったり、見る角度だったりに表れますが、僕はそれらを脚本の中にきちんと書き込んで、意図的に使いますね。
成り行きに任せて撮影するというのができないタイプなので、やはり綿密に計画を立てて計算をしながら構築していきます。
例えば、渋谷のハチ公前をたくさんの人が歩いていて動物保護の署名を求める女性が来たとき、今回試したかったのは、ワンカットの中で人が動きながら構図が変わっていくというものです。
あるタイミングでは、その女性に出会った主人公の横顔を映し、あるタイミングでは、カメラが若干後ろに回って彼と女性が対面するカットになり、そこから自然な形で彼の手元を映し彼がサインするカットになるというもので、あれは普通だったらカットを分けるわけですね。
こういうときには、人がどう動いてどこにカメラが入ってとか、撮影の長さはこれくらいとか、綿密な計画を立てないことにはできないです。
Q: 外国人が日本人にライターを借り、それを主人公にまた貸ししてくれたお陰でやっとタバコが吸えるシーンがありますが、あのカットも綿密な計画でやっているのでしょうね。
あれは主人公が信号を待っている時からカメラが回っていて、横断歩道を 渡ってからあそこでタバコを吸うシークエンスまで全部ワンカットなんですね。タイミングを合わせるのにものすごく苦労しましたね。最終的にすごくカットしているのですが。でも、必要なシーンだったので苦労して入れました。
Q: 中国人の彼は、面接に必要な日本語は全部暗記しているけれど、「ライターを貸してください」の一言が口から出ないということを表そうとしているのですよね。
そうです。それに、初めて彼を助けてくれるのが外人だという面白さもありますよね。
今回短編を作るにあたって、できるだけ世界の人に、特にヨーロッパの映画ファンの方に見てもらいたいというのがあって、そのときに日本人と中国人の差をどうやって伝えていくのかというのは、ものすごく難しかったですね。
僕ら日本人からすると中国語を喋っていれば中国人だと分かりますが、外国の人には中国語も日本語も区別がつかないし、登場人物の状況を伝えるのがとても難しくて、編集段階でドイツ人、フランス人、スペイン人の親友3人に見てもらってかなり議論を重ねアドバイスをもらい、最終的に「これだったら絶対に伝わる」と言われあの形になった。だからロカルノに選ばれたのは、自分だけの力ではなく親友たちの力が一緒になって認められたということで、本当に嬉しいですね。
Q: 近浦監督の映像は一つ一つが綺麗な写真のようです。例えば最初のシーンで主人公の背後の壁は、現代絵画のようで美しい。もちろん、じっくり選ばれたのでしょうが。
あれは短編映画ならではというか、オープニングでいかにパンチの効いた映像を与えられるかという形式上のことがものすごく大きい。短編の始まりに、ゆるいものをダラッと写しているようでは絶対ダメだと思っています。
凡庸なやり方だと渋谷の街を最初にざっと写して次のカットで、主人公が登場するようにするでしょうが、それだとあまりに普通なので、違うものができないかと探っているときに、あのいい壁が歩道橋の上に見つかった。
彼をここに立たせて、その後で歩き始めたら歩道橋から渋谷がパッと見えてインパクトがあるなと思い、あのようにしたという感じです。
Q: ところで、今まで短編だけを作ってきた理由は何でしょうか?
一つだけはっきりしていることは、僕にとって短編は長編映画を作るための習作という位置付けです。例えば90分の長編だと短編に当たる15分がだいたい一つの話しにまとまり、それを6回繋いでいくと90分になる。そこで、今までの三つの短編では、この15分の時間をどういう映画の文体で、どうコントロールしながら構築していくかというのが課題でした。
一方その中で、短編でしかできないことは探ってきました。
それは例えば、 あまり物語性がないような実験映画的なアプローチで、90分の長編の中で使うと観客が疲れてしまうけれど、15分だったらなんとか我慢してくれるようなものですね。
Q: では、そういう習作としての短編を長編にする場合、今回の「Signature」がそうですが、どう長編の中で使うのか? 短編をバーッと大きく広げるのか、それとも長編の最初に挿入するのか?どうされますか?
短編を長編にする場合、よく短編を大きく広げますね。または長編の一部に入れるというのもありますが、僕の長編は時間軸において短編とは全く違うので前者でも後者でもありません。
短編の方は、中国から来た主人公が合法的に会社の面接を受ける1日を描いているのに対し、長編の方は雇われた自動車修理工場で失望し疾走して不法労働者になった直後から始まるからです。もともとはこちらの方の脚本があったのです。
Q: ではなぜ長編をすぐに制作せず、まず短編にチャレンジされたのですか?
実は、この長編を制作するにあたり北京で主人公のオーディションをしたのです。そこでルー・ユーライに出会い、「この人だ」と思いました。そのとき、僕が彼に言ったのは、「長編は一年後に撮影に入るが、その前にお互いをよく知るために短編を作ろう。同じ作るなら、登場人物もキャラクターも同じで、長編と関わりのある話しにしよう。脚本を僕が書くから」ということでした。それが2016年の5月で、僕はその後2週間かけて短編の脚本を書いた。
つまり、短編は長編を一瞬にして感じさせるパイロットバージョンでありながら、短編映画としてきちんと成立するものにしたかったのです。それで6月に彼を東京に呼び、3日間でこれを撮ったのです。
Q: 中国人の俳優、ルー・ユーライを「この人だ」と監督が思われた根拠は?
顔ですね。彼の顔は本当にイノセンスそのままの雰囲気を持っています。
ルー・ユーライは、もちろん教育を受けた役者なんですが、ああいったイノセンスなものは訓練してできるものではない。天性のものだと思います。そして、彼のこの雰囲気が間違いなく自分の映画には必要なんだと、演技を見なくてもわかりました。
Q: イノセントな中国の青年が、技能実習生として日本に来て苦労するというストーリーなので、純粋さが必要だったと?
今回本当に難しいのは、中国人が主人公の映画に対し観客に共感を持ってもらうということです。特に アイドル映画がたくさんあるような今の日本で、中国人の不法労働者が主役の映画なんて誰が見たいと思うかということです。
このことは僕にとっても大きなチャレンジなんですけれど、そんな中で一つの要素として役者の顔、役者が持つ雰囲気というのは本当に重要で、いくら脚本が良くていくら撮り方が良くても、キャスティング間違えると共感が全くできないということはあると思うんですよ。だから、彼だったら間違いないという、その感覚ですね。
Q: 長編には物語性も随分入りますか?また映像技術的に短編での手法を使いますか?
長編のあらすじは、主人公が不法労働者になり山形県の蕎麦屋さんに住み込みで働くことになるというものです。そこで日本の蕎麦職人と出会うことで、彼がある種の成長をしていくという、まあ話しとしてはクラシックな、いわゆる青春物語だと言えるようなものを作りたいなと思っています。
映像技術的には、 短編の15分だとパワーを集中させてグワーッと持っていけますが、長編の90分でそれをやると、もうとてもじゃないけれど観客の方がもたないので、メリハリというか、ゆるいとこもあるしグッといくところもあると思います。でもそこのところは、僕にとっても未知なので。90分をどうするかは、ある種初心者なので。ま、そういう面で楽しみだし、大きなチャレンジになります。
取材・記事 里信邦子(ロカルノにて)
近浦啓監督略歴
ドイツと日本で育つ。大阪大学で経済と映画を学ぶ。2006年、東京でメディア・プロダクション「Creatps Inc.」を設立。2012年、映画制作を開始。音楽ドキュメンターや音楽家のライブ映画を制作。短編映画に『Empty House』、『なごり柿』に続き今回の『Signature』がある。『なごり柿』は2016年、短編映画祭の世界最高峰といわれるクレルモンフェラン国際短編映画祭にノミネートされた。