嗚呼!銀幕の女神様♡ 第6回
~自意識過剰女子!それでいいのか?滑稽な生き様!!~
夏も本番ですね!
「日本一海の似合わない俳優」を自負する僕、渋江譲二は今年も海など決して行きません!
昔ドラマでモニターチェックをしていると、ご一緒させていただいていた国仲涼子さんが美白でとても綺麗で、見惚れていたら次に映った自分がそれを超える真っ白さでドン引きしたことを思い出しました。
女優さん泣かせの色白俳優。。
さて今回注目したのは「自意識過剰女子」。
世の中の誰もが己の自意識と向き合い戦っていることと思いますが、過剰なために、自分で自分の首を絞め続けてしまう生き方もあるんです。
そんな僕もしっかり自意識過剰男子。
この物語の主人公にはシンパシーを感じる部分も多々・・・・。
映画はこちら!
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』2007年 監督 吉田大八
原作は僕が大好きな演出家であり作家の本谷有希子さん。
本谷さんが描く物語の主人公に多く特徴的なのが「自意識過剰」。
2008年に初版が発行した「ほんたにちゃん」という本谷さんの自伝的小説に出会った僕は一気に本谷さんの作品の虜に!
こんなにも自意識を丸出しにした作家さんがいただろうか!
恐れながらもその時自分自身の中にずっとあった、自分の多くを占めていた感情が「自意識」というものであることに気付かされたのです。
この映画の主人公がこちら!
佐藤江梨子さん演じる女優志望の澄伽。
両親の死をキッカケに東京から4年ぶりに田舎に帰ってくる澄伽。
そこには澄伽とは血の繋がらない兄の宍道(シンジ)(永瀬正敏さん)、宍道がお見合い結婚した、やたら周りに気を使うが空気の読めない奥さんの待子(永作博美さん)、漫画を描くのが趣味の暗い妹・清深(佐津川愛美さん)が暮らしていた。
女優として芽も出ず、生活費にも困っていた澄伽は相変わらずのワガママ放題。
そんな澄伽を恐れる清深。この姉妹には、澄伽の上京前に清深が起こしたある事件により深い因縁が・・・・。
そして夫婦の営みが一度も無いという宍道と待子の関係は??
最後の怒涛の展開!姉妹のシーンは必見です!
初見だった僕はちょっと意外な展開に思わず笑ってしまいました。。
澄伽はとにかく自分勝手。
決して金銭的に余裕の無い実家に女優になる夢を語り仕送りを要求。
父親に突っぱねられると包丁を持ち出し暴れます。
両親が亡くなり、収入が激減してもう仕送りはできないと宍道に告げられる澄伽は激怒。
「女優はお金がかかるの!レッスンに美容に業界関係者との付き合い、、」
宍道の苦労も考えず自分の都合ばかりを主張するのです。
(宍道が澄伽に甘いのは理由があるのですが、そこは本編をご覧ください!)
「都会から来た女優」を自己演出する澄伽。
田舎に似つかわしくない服や髪型で着飾り、田舎で暮らす人間を馬鹿にします。
しかし売れない女優なのは周知の通り。
プライドの塊のような澄伽には誰も何も言えません。
田舎から東京に出て、地元に帰省する時の気持ちは地方出身の僕にも分かります。
気分は凱旋!
日本の中心地・東京の生活を知る自分は特別な存在!
見慣れた地元の駅も遠い昔のように懐かしい。
電車を降り立ちホームを歩くと当時よく見た制服の学生が歩いている。
「へい!おまえら!まさかこの俺があの大都会・東京に活動拠点を置き、しばしの休息のため何もないこの地元に颯爽と帰ってきたところとは思いもよらないだろ?何でも聞け!都会の暮らしの便利さ、芸能界のこと、お前らがテレビでしか知らねぇ憧れの東京の真実を教えてやろうじゃねぇか!!」
いやもうほんと大袈裟じゃなくこのくらい思っていたものです。
地方出身東京人にはありがちでしょう?
澄伽や僕のようなミーハーな人間は、初めは夢を追いかけ地元に住むことを拒んだことを誇らしげに、ただただ離れた都会に住んだだけで地元に残った同級生なんかと自分を比較して良い気になるのです。
しかし月日は流れ地元に帰省するたび、かつての同級生達が立派に働き、結婚し、子供を作り、家族を守り、故郷にしっかりと腰を据えている姿を見て、何も成長していない自分を恥じることになったり・・・・。
妹の清深が澄伽に言いました。
「お姉ちゃんは自分の面白さが分かってないよ!」
そうなんです。空気の読めない勘違い自意識過剰人間は、周りから見れば後ろ指さされ笑われてしまう存在なのです。
自分を大きく見せるために取り繕っても、そのうち他人はその人の本質を見抜き、本人の理想とはほぼ遠いその滑稽な姿を笑われるのです。
自意識過剰という言葉の響きは悪い意味に捉われがち。なんせ過剰ですから。
しかし自意識というのは一生誰にでも付いて回ります。
それこそ、その度合いが人によるから過剰などと付属してくるわけだけど、澄伽や僕のような表舞台に立ちたい人間は実際に自意識過剰な人ばかり。
人にこう見られたい、評価されたい、敬われたい、チヤホヤされたい、モテたい、同業の誰もがそんな気持ちから始めたんじゃないかと思うんです。
だからこそキッカケなどどうでもよく、飛び込んだ環境や出会った人達から学び、そこから人の目や評価以上の、自分自身の信念を作り上げていけばいい。
ただの自己満足の自意識過剰人間にならぬよう心がけなくてはいけないですね。
でも自意識過剰だからこそ、理想の自分に近付けるために、向上心を強く持って生きることもできるんです!
澄伽の人からの目を気にする生き方に自分を重ねて思ったのでした。
澄伽が最後に清深に言い放つセリフがあるのですが、
そこから澄伽もきっとこれからそんな生き方ができるんじゃないかな?と僕は可能性を感じたのです。
あの言葉をそう捉えたのが正しいかは分かりませんが。。
どんなセリフか言いたいけど言えない!!
是非観てみてください!!
著者 渋江譲二