北島博士のおもしろ映画講座第30回『世界は今日から君のもの』

2017-07-08

落ちこぼれの引きこもりだけど、イラストの腕前だけはずば抜けている若い女性が社会の中でもまれながら成長していく姿を描いたドラマ、それが７月15日から公開される「世界は今日から君のもの」だ。

ヒロイン役は出演作品が目白押しの門脇麦。
９月２３日公開の「ナミヤ雑貨店の奇蹟」での女子高生役だってまだまだイケるし、出演作品もヴァラエティに富んでいる。なかでも、引っ込み思案だが、そのネガティヴな性格からは思いもつかぬ大胆な行動に出るヒロインならまかせとけというところだ。本作もそんな彼女の面目躍如といった作品になっている。

　両親は離婚し、父と二人暮らしの真実。父が探し出してくれたゲームのバグ探しのアルバイトを始めることに。周りはネクラ連中ばかりで、ひたすらモニターを見つめ、コントローラーを指で操作するだけの日々が続く。
階段に座り込んでパンを一人で食べていると、上からイラストの描かれた紙がひらひらと落ちてきた。製作部ディレクターの矢部遼太郎が電話で「全体的に躍動感がほしい」と直しをデザイナーに頼んでいて、落としたのを気づかなかったのだ。
五年間、様々な絵の模写を続けていたので、他人の絵に手を加えるのは得意な真実。注文通りに描き変えて矢部のＰＣへ送信した。彼は「こんな才能あるなら使わなきゃダメ。君なら描ける」と励まし、新しいゲームのキャラクターを彼女のオリジナルで描いてくれと依頼する。
だが、他人の作品に手を入れるのは上手だが、オリジナルとなると話は別。全然アイディアが浮かばず、ついに投げ出してしまう。苦悩・苦闘の末に見出した新境地が、見る者をほっとさせる。

　矢部の元カノでスタイリストの恵利香との交流、サバイバル・ゲームへの参加といったサイド・ストーリーを織り込んで、ドラマにメリハリをつけ、テンポよく展開していく軽快感が心地よい。
仕事熱心だが、たぶんにカルイところもある矢部を、三浦貴大が自然体の演技で演じている。心配屋の父親、少々自分勝手な母親に、マキタスポーツとYOUが扮し、出番は少ないが、それぞれきちんと役割を果たしている。恵利香役は尾崎将也脚本のＮＴＶ系連続ドラマ「お迎えデス。」（16）で門脇と共演した比留川游。

　本作のサバイバル・ゲーム（サバゲー）の描き方について、実際のサバゲーとは異なる表現になっていると、ファンからの抗議があったという。サバゲーについて、何も知らない僕などは、どこがどう違うのかわからないのだが、ヒロインが恵利香と知り合うきっかけとなる重要な場面であり、そのままで上映されるとのことに一安心。

　20年以上にわたって「結婚できない男」「アットホーム・ダッド」「特命係長・只野仁」など、主にテレビドラマの脚本を書いてきた尾崎将也の、2010年の「ランデブー」に続く映画監督二作目にあたる。一人の女性の成長をユーモアをこめて描き、彼女の周りの人々も影響されて、変わっていく。後味のいい作品に仕上がっていた。

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界ＳＦ映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」（近代映画社）、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」（キネマ旬報社）などがある。