「逆行」は、東南アジアの貧困地帯で“医は仁術”を実行する若き医師の奮闘を描く感動篇かと思っていたら、やがてサスペンス調となり、主人公が必死に逃亡を試みるアドヴェンチャーへと変貌する。一筋縄ではいかぬユニークな作品である。
ラオスの診療所で働くアメリカ人医師ジョン・レイクは、休暇をコーン島のリゾートで過ごすうち、女性を暴行しようとしていた男を止めようとして逆襲された。反撃して結局は殺害してしまう。
女性は気を失っていて、その間の事情を知らなかった。
男の死体が発見され、ジョンは女性暴行犯とみられ、止めに入った男性を殺した兇悪な人物として警察に追われることに。あとから思えば、その場で事情をきちんと説明すれば、よかったのだろうが、パニックに駆られて逃亡したせいで印象が悪くなってしまう。ラオスを逃げ回り、タイとの国境であるメコン川を越えようと苦心惨憺することに。
とっさに逃げ出してしまう心の動きが丁寧に描かれるので、その後の逃走場面が生きている。彼に好意的だった人々も、逃亡者となると態度が変わるのは世の常か。
被害者はオーストラリアの議員の息子で、父親が犯人の首に賞金を懸けたことも彼には不利に働いた。現地の風景がリアル感をましている。
無一文での逃避行、ばれるのではないかというハラハラ場面をテンポよく織り込み、危ういところをすり抜けていく場面が見る者の興味を引き付ける。
監督はカナダの新鋭ジェイミー・M・ダグで、7か国から集まった30人のクルーがラオスでは初の北米映画撮影を敢行。
「10年前に初めてラオスを訪れ、南の島の怪しげな美しさに魅了された。再訪したとき、状況を良くするためのある行動が、予期せず悪い結末を招いてしまうというアイデアを思い付いた。一見何でもない一つの選択が、突如悲劇的で手に負えない状況を招くことがある。人間が持つ暴力性に関しても描いている。不都合な事態が重なれば、どんな穏やかな人間もその暴力性が浮き彫りになる。ジョン・レイクが癒す人(医師)から殺人者になり果てたように」と監督は語っている。
監督の言う悪い決断が悪い結末へとつながっていくのは、ノアール映画の定跡といえる。
そこに言葉も慣習も違い、勝手のわからぬ異国での逃避行というさらに不利な要素を織り込んであり、観客は主人公に同情しつつ、彼が危機に陥るさまを見守ることに。
そして、西洋人のアジアに対する魔境的なイメージをかぎ取ることもできるといったら、僻目過ぎるだろうか?
ジョンにはドナルド・サザーランドの息子で、キーファーとは異母兄弟になるロシッフ・サザーランド。バーテンダー役に日本映画「ルパン三世」で銭形警部の旧友ナローン司令官を演じていたヴィタヤ・パンスリンガムが扮している。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
『逆行』予告
あらすじ
人間の本質に切り込み、贖罪というテーマを問う、逃亡の果て。
東南アジアのラオスで NGO の医療活動に従事するアメリカ人男性ジョンが、激務で疲れきった心 身を癒すため南部のリゾート地を訪れる。しかし、そこで若き医師を待ち受けていたのは、まったく 想像が及ばない衝撃的な事態だった。バーで酩酊した後の宿への帰り道で、地元の女性を暴行した外国人観光客と揉み合いになり、図らずも相手を撲殺してしまったのだ。
かくして投獄されることを恐れ、孤独な国際指名手配犯となったジョンは、必死の逃走に次ぐ逃走を重ね、隣国のタイを経由してアメリカへ帰国する道を探るのだが......。
脚本・監督:ジェイミー・M・ダグ
出演:ロッシフ・サザーランド『ハイエナ・ロード』、サラ・ボッツフォード、ヴィタヤ・パンスリンガム『オンリー・ゴッド』
2015 年|カナダ・ラオス|英語・フランス語・ラオ語・タイ語|カラー|DCP|シネスコ|88 分|
字幕翻訳:種市譲二|原題:RIVER
提供:新日本映画社
配給:エスパース・サロウ|G
©2015 APOCALYPSE LAOS PRODUCTIONS LTD.