(承前)公民権運動団体からの呼びかけに応えて、はじめてその集会の演壇に立ったジェームス・ブラウン。緊張し、昂揚している。会場に居合わせたキング牧師が口を開いた。「ジェームスの歌を聴こうじゃないか」。熱狂する黒人同胞民衆のまえで、歌い、踊るジェームス・ブラウン──。
「これがジェームス・ブラウンを変えた」
映画は、そこからの彼の、時代への、社会への関わり、寄り添いのさまを、丹念に、克明に検証していく。
キング牧師、マルコムX、ジョンソン大統領、デモ、集会、ワシントン大行進──。それらの豊富でリアルなアーカイブ動画や写真の力もあいまって、さながら、ここにも確実にあった、まぎれもない、もうひとつの「アメリカ現代史」を、まるでその場に居合わせたかのように間近に目撃する思いだ。
そのキング牧師が暗殺され、直後に向かわなければならない巡業公演先が、アメリカ東部のきわめて重要な都市ボストンという巡り合わせ。時代に寄り添い、そしてまた翻弄されつづけた天才ジェームス・ブラウンが背負った宿命のようなものを、わたしたちはここでもまた直視することになる。
キング暗殺とジェームス・ブラウン来訪という二大「事件」に昂奮してステージに駆け上がった大勢の同胞観客に囲まれて、混乱のなかジェームス・ブラウンは、驚くほど冷静に彼らに呼びかける。
「我々は黒人だ。その名の誇りに恥じるようなことは やめよう。俺は歌手だ。歌を歌わなければならない。どうか俺に歌を歌わせてくれ」
普通であれば直ちに打ち切りになるはずのその中断した公演は、奇跡のように再開し、続行する。
そして、この日に全米各地で多発した暴動放火は、ここボストンでは 一切 起きなかったのだった。
自家用ジェット機で全米を興行ツアーで駆け巡る超過密スケジュールの合間を縫って、黒人地位向上の運動に関わりつづけるジェームス・ブラウン。
故郷の州で暴動が起きれば直ちに駆けつけ、黒人同胞たちの輪のなかに入って、自制を呼びかける──。
そのようにしてジェームス・ブラウンは、音楽スターであると同時に、黒人たちの権利回復運動のカリスマ・ヒーローにまつりあげられていく。
ステージで「黒人であることに誇りを!」と歌い、シャウトし、黒人民衆を鼓舞しつづけるジェームス・ブラウン──。
しかし、共闘していた民主党議員が敗北するや、共和党の、しかも最も保守派のニクソン大統領と手を結び、その支持に転ずることになる。ニクソンが提唱した空手形、黒人資本主義理論に取り込まれたのだった。
ジェームス・ブラウンの支持者は二分する。ニュース映像が映しだすデモのプラカードには、「JBは兄弟たちを売った」の言葉までもが確認できる。
そうしてジェームス・ブラウンの「神話」は次第に崩壊していく。もちろん音楽的にはその後も成功をつづけ、転落しても、何度も復活を遂げるわけだけれども。
ジェームス・ブラウンの誠実さ、信念、その一方での計算高さ、野心、変わり身の早さ、そしてまた自分でもコントロールできない「迷走」、つまりは彼の痛ましさ・・・。すべては、あるがままのジェームス・ブラウン自身ということなのだろう。矛盾と葛藤に生きたそうした存在として、あらためてJBを受け入れたいと思う。
ひとりの音楽家が時代とどう向きあったかを丹念に描き、上記のように思わせてくれたこの映画と、それをつくったプロデューサー ミック・ジャガーやアレックス・ギブニー監督に感謝の意を捧げたい。
(了)
映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』
公式サイト
東京の角川シネマ新宿ほかにて上映中
旦(だん) 雄二 DAN Yuji
〇映画監督・シナリオライター
〇CMディレクター20年を経て現職
〇武蔵野美術大学卒(美術 デザイン)
〇城戸賞、ACC奨励賞、経産省HVC特別賞 受賞
〇日本映画監督協会会員(在籍25年)
〇映画『少年』『友よ、また逢おう』
〇CM『大阪ガス』(大竹しのぶ)『DHC』(神保美喜、細川直美、山川恵里佳、藤崎奈々子)『東洋シャッター』(笑福亭鶴瓶)『岩谷産業』(浜木綿子)『武田薬品』(杉浦直樹)『NEC』(三田寛子)『ソルマック』(渡辺文雄)『出光』(山下真司)『トクホン』(吉田日出子)『ポラロイド』(イッセー尾形)『河合塾』(三輪ひとみ)『カレーアイス』(南 利明)『ラーメンアイス』『富士通』『飯田のいい家』『ポッカレモン100』『ミニストップ』『佐鳴学院 SANARU』ほか
〇ドキュメンタリー『寺山修司は生きている』『烈〜津軽三味線師・高橋竹山』
〇ゲーム『バーチャルカメラマン』『バーチャフォトスタジオ』
〇アイドル・プロジェクト『レモンエンジェル』
〇脚本『安藤組外伝 群狼の系譜』細野辰興監督版(共作)