手前:《浴女たち》 1918-1919年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF photo©cinefil

上:《浴女たち》
1918-1919年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
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「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」が、国立新美術館で8月22日(月)まで開催されています。世界でも有数のルノワール・コレクションを誇る、オルセー美術館とオランジュリー美術館。本展覧会は、両美術館が所蔵する、100点を超える絵画や彫刻、デッサン、パステル、貴重な資料の数々によって画家ピエール・ オーギュスト・ ルノワール(1841-1919)の全貌に迫ります。

写実的な初期作品から、薔薇色の裸婦を描いた晩年の大作まで、多様な展開を見せたその画業。全10章を通して、肖像や風景、風俗、花、子ども、裸婦といった画家が愛した主題をご紹介します。同時に、革新的な印象派の試みから、伝統への回帰、両者の融合へと至る軌跡も浮かび上がるでしょう。画家が辿った道のりは、常に挑戦であり、終わることのない探究でした。

そして、このたび、ルノワールの最高傑作《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》(1876年)が日本ではじめて展示されます。幸福に身を委ねる人々、揺れる木漏れ日、踊る筆触――本物のルノワールに出会う、またとない機会となるでしょう。

画像: 会場入り口タイトル photo©cinefil

会場入り口タイトル
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本展は、ルノワールの印象派への歩みを示す2点の輝かしい作品で幕を開けます。磁器の絵付け職人を経て、パリの国立美術学校(エコール・デ・ボザール)や私設のアトリエで絵画を学んだ若きルノワールは、モネやシスレーとの出会いを通して、新しい絵画を志すようになりました。《猫と少年》には、歴史や神話といった主題を捨て、日常を率直に描写した先輩画家クールベやマネの影響がうかがわれます。モデルの少年の出自は不明ですが、ルノワールによる極めてまれな男性裸体画です。そして5年後に制作された《陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)》には、戸外の光、大胆な筆触、色彩を帯びた影といった印象派の美学が凝縮されています。肌の上にまだらに置かれた緑と紫が物議をかもした一方、みずみずしい色彩には好意的な批評も集まりました。

画像: 左手前:《猫と少年》 1868年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt /distributed by AMF 右奥:《陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)》 1876年頃 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt /distributed by AM photo©cinefil

左手前:《猫と少年》
1868年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt /distributed by AMF
右奥:《陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)》
1876年頃 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt /distributed by AM
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その画業を通じてルノワールは風景画にも力を注ぎ、特に1870年代には、油彩作品の4分の1を風景が占めています。また、1880年代に外国を旅したことによって、新しい場所が作品に現れるようになります。室内で完成されるとしても、彼にとって風景画とは戸外のものでした。「アトリエの和らいだ光の中では想像すらできない色調を用いるようになる。風景画家の手技(メチエ)とは何というものだろう! […]天気が変わってしまうから、10枚のうち完成できるのは1枚だけだ」。こうした困難にもかかわらず、画家は「自然との取っ組み合い」を断念することはありませんでした。

画像: 左:《セーヌ川のはしけ》 1869年頃 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 画面右下に署名:Renoir. 右:《アルジャントゥィユのセーヌ川》 1873年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 画面右下に署名:Renoir. photo©cinefil

左:《セーヌ川のはしけ》
1869年頃 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
画面右下に署名:Renoir.
右:《アルジャントゥィユのセーヌ川》
1873年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
画面右下に署名:Renoir.
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《都会のダンス》でシルクの夜会服をまとう女性は、ユトリロの母として知られ、のちに画家として活躍する、17歳のシュザンヌ・ヴァラドン。けがでサーカスをやめ、モデルになりました。《田舎のダンス》で木綿の晴れ着姿で踊る娘は、のちにルノワールの妻となるアリーヌ・シャリゴ。当初はいずれもヴァラドンが描かれる予定でしたが、シャリゴが嫉妬したのだとか。この頃、印象派の限界を語っていたルノワールでしたが、背景から浮かび上がるような人物の描写には、その先へ進もうとしていたことがうかがわれます。

画像: 左:《田舎のダンス》 1883年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 右:《都会のダンス》 1883年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF photo©cinefil

左:《田舎のダンス》
1883年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
右:《都会のダンス》
1883年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
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少年時代、聖歌隊に入っていたルノワールは音楽を愛し、音楽家や音楽評論家とも交流しました。《ピアノを弾く少女たち》は、印象派の画家による作品の中で、当時の現代美術館ともいうべきリュクサンブール美術館が1892年に購入した、最初の絵画です。ルノワールの友人である詩人マラルメと批評家ロジェ・マルクスの尽力により実現しました。制作依頼を受けて描かれた6点のヴァージョンのうち、美術長官によって選ばれ、国家が購入したのが、現在オルセー美術館が所蔵する本展の出品作です。中産階級の娘を描いたこの時期の作品には、理想化された構図と、調和のとれた色彩が特徴的です。

画像: 左:《ピアノを弾く少女たち》 1892年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 右:《ステファヌ・アラルメの肖像》 1892年 油彩/カンヴァス オルセー美術館(ヴェルサイユ宮殿美術館寄託) © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 画面右上に献辞と署名:「マラルメへ/ルノワール」 photo©cinefil

左:《ピアノを弾く少女たち》
1892年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
右:《ステファヌ・アラルメの肖像》
1892年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館(ヴェルサイユ宮殿美術館寄託)
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
画面右上に献辞と署名:「マラルメへ/ルノワール」
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印象派の画家たちは、素早いタッチで、見たものを直接描くという美学を絵画に持ち込むことで、伝統的な方法やヒエラルキーを覆しました。その一方でルノワールは、印象を描きとめ、構成を練り、新しいアイデアを試すためのデッサンにも熱心に取り組んでいます。また若い頃、磁器の絵付け職人として腕を磨いた彼は、画家になっても地道な修練をおろそかにしませんでした。ある日、文学者たちとの昼食の席で、彼はこんな風に語ったそうです。「結局のところ、私は自分の手で働いているよ。だから労働者さ。絵の労働者だね」。

画像: 右:《水 の ほ と り の 3 人 の 浴 女(フィラデルフィア美術館蔵大水浴のための習作)》 1 8 8 2 - 1 8 8 5 年 頃 サンギーヌ、鉛筆、白チョーク/紙 オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 左:《椅子に座る娘》 1 9 0 8 - 1 9 0 9 年 サンギーヌ、擦筆、白チョーク、細部をなぞった鉛筆、パステル/簀目紙 オルセー美術館

右:《水 の ほ と り の 3 人 の 浴 女(フィラデルフィア美術館蔵大水浴のための習作)》
1 8 8 2 - 1 8 8 5 年 頃 サンギーヌ、鉛筆、白チョーク/紙 オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
左:《椅子に座る娘》
1 9 0 8 - 1 9 0 9 年 サンギーヌ、擦筆、白チョーク、細部をなぞった鉛筆、パステル/簀目紙 オルセー美術館

ルノワールは、画業のはじめの1860年代には裸婦に取り組んでいましたが、続く20年間はあまり描かず、再びこの「芸術に不可欠な形式」に戻ってきたのは、1890年代のことです。彼はラファエロやティツィアーノ、ルーベンスといった過去の巨匠たちと競いながら、神話ではなく地上を舞台に裸婦像を描きました。その背景となったのは、画家が1907年に広大な土地を購入して住みはじめた南フランスのカーニュ。このアルカディアの地で画家は、悪化するリウマチ、第1次世界大戦に従軍した息子たちの負傷、妻アリーヌの死に直面しながら、「最善を尽くしきるまでは死ぬわけにいかない」と、裸婦の大作に挑み続けました。

画像: 右手前:《横たわる裸婦(ガブリエル)》 1906年頃 油彩/カンヴァス オランジュリー美術館、ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム・コレクション © RMN-Grand Palais (musée de l'Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF 左奥:《大きな裸婦》あるいは《クッションにもたれる裸婦》 1907年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF photo©cinefil

右手前:《横たわる裸婦(ガブリエル)》
1906年頃 油彩/カンヴァス
オランジュリー美術館、ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム・コレクション
© RMN-Grand Palais (musée de l'Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
左奥:《大きな裸婦》あるいは《クッションにもたれる裸婦》
1907年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
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画像: 手前:《浴女たち》 1918-1919年 油彩/カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF photo©cinefil

手前:《浴女たち》
1918-1919年 油彩/カンヴァス
オルセー美術館
© RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF
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この大作《浴女たち》はルノワールの人生における最後の数か月に制作されました。リウマチで動かなくなった手に括り付けられた絵筆は、その苦闘を思わせないほど軽やかに、豊かな緑と薔薇色の裸婦を描き出しています。晩年の彼と親交のあったマティスは本作を「最高傑作」と称え、ルノワール自身も「ルーベンスだって、これには満足しただろう」と語ったとされています。

展覧会概要

展覧会名:オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展
会期:2016年4月27日(水)– 8月22日(月)
休館日:毎週火曜日 *ただし5月3日(火・祝)、8月16日(火)は開館
開館時間:10時 – 18時
  金曜日、8月6日(土)、13日(土)、20日(土)は20時まで *入場は閉館の30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室1E(東京・六本木)
  〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
  http://www.nact.jp/

主催:国立新美術館、オルセー美術館、オランジュリー美術館、日本経済新聞社
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:アサヒビール、NEC、花王、KDDI、損保ジャパン日本興亜、第一生命、ダイキン工業、大日本印刷、大和証券グループ、大和ハウス工業、みずほ銀行、三井物産、三菱商事
特別協力:テレビ東京、BSジャパン
協力:日本航空
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
公式HP:http://renoir.exhn.jp

チケット

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公式HP内チケット情報:http://renoir.exhn.jp/ticket/

「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」
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抽選の上5組10名様に、ご本人様名記名の招待券をお送りいたします。
記名ご本人様のみ有効の、この招待券は、非売品です。
転売業者などに入手されるのを防止するため、ご入場時他に当選者名簿との照会で、公的身分証明書でのご本人確認をお願いしております。

☆応募先メールアドレス  info@miramiru.tokyo
  *応募締め切りは2016年5月31日 24:00 火曜日

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