映画『ディアーディアー』菊地健雄監督インタビュー!
瀬々敬久、黒沢清、石井裕也らの助監督を務めてきた菊地健雄監督の監督デビュー作。映画『ディアーディアー』についてお話を聞きました!
【あらすじ】
地方都市に生きる愛すべ人々が繰り広げ、切なくて滑稽ヒュー マンコメディー
町に縛られる兄 町を憎む弟 町を捨てた妹「ぜんぶシカのせいなんだ─。」
山あいの長閑な町。こ地にかつて「リョウモシカ」と呼ばれる幻が居たという。シカを発見した三兄妹は一躍時の人となるが、やがて目撃は虚偽とされ、三人には「うそつき」というレッテルが貼られる。それから二十数年後、三人は別々の人生を歩んでいた。シカ事件で精神を病んでしまった次男義夫 (斉藤陽一郎)は病院暮らし。末娘顕子 (中村ゆり)は駆け落ちの 果てに酒浸りの生活。長男 冨士夫(桐生コウジ)は家業の老朽化した工場と莫大な借金を背負っていた。父の危篤がきっかけで久々に再会する三人だ、顕子の元カレ(山本剛史) や町のニート(染谷将太)らが絡み 葬儀中に騒動が巻き起こる。 再び岐路立たされ三兄妹の行く先は......。
【監督プロフィール】
監督:菊地健雄 1978年、栃木県足利市出身。
明治大学卒業後に映画美学校入学。瀬々敬久監督に師事。
主な助監督作品に『ヘブンズストーリ』(瀬々敬久) /『岸辺の旅』(黒沢清)/『舟を編む』(石井裕也 )/『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(瀬田なつき)『かぞくのくに』( ヤン ヨンヒ )など。
映画『ディアーディアー』のあらすじを教えてください。
三兄弟が絶滅したとされていた幻のシカをたまたま発見して、町はそれで盛り上がりを見
せるのですが、学術的に調査したら鹿はいなくて、彼らはみんなから嘘つき呼ばわりされてしまう。そんな小さい頃から心に傷を負った彼らが成長して・・・長男は町に残って工場を引き継ぎ、次男と三女は都会に出ていったのですが、父親が倒れて危篤になったことをキッカケとして戻ってきます。そして、その町の中でそれぞれが自分の現状と過去の傷に向かい合うということを描いた物語です。
大変面白く拝見させて頂きました。菊地監督は助監督として映画作品に関わられていた経歴があると思いますが、本作品はどのような経緯で制作されたのですか。
長男役である桐生コウジさんが本作品においてプロデューサーとしての役割も担っていま
す。桐生さんは映画『市民ポリス69』という作品を監督に本田隆一さんを迎えて製作していたことがあって、役者兼プロデュースという形で行ってきたプロジェクトとしては第二弾が本作品です。僕はその『市民ポリス69』でたまたま助監督をしていたという縁もあって、声をかけてもらいました。
テーマにおいてもプロデューサー桐生コウジさんの意思が大きく反映されているのでしょうか。
はじめは演技性人格障害(他人の関心や注目に過剰な関心を引こうとする行動様式のために、対人関係が不安定になるといった機能的な障害を伴った状態)のことをテーマにつくれないかというテーマがありました。ただ、脚本をつくるなかで、去年、たまたま世間を騒がせた方々の中に何人かその症例と思わしき方がいたので、それをそのままやっても後追い企画になってしまうという部分もあって、変わっていきましたね。演技性人格障害というのは少し次男の役柄において痕跡は残っていますが、三兄弟の話として最終的に決まりました。
なるほど。そんな経緯で本作品の中で三兄弟が主要登場人物となったと思いますが、キャストの選定には苦労されましたか。
長男の冨士夫役はプロデューサーでもある桐生さんということは、僕と脚本家の杉原憲明さんの頭の中にはじめからありました。次男の義夫役を斉藤陽一郎さんにというのも早い段階で決まりましたね。僕が東京に18 歳で上京してきて、最初に観た映画の何本かのうちの一本が『Helpless(1996年)』という青山真治監督の作品でしたが、秋彦役を演じる斉藤さんが強く印象に残りました。その後、僕が助監督をはじめてから、斉藤さんとご一緒する機会があったことをきっかけに仕事以外でも親交がはじまり、僕が監督デビューする際には是非ご一緒したいという想いがありました。最後に顕子役の中村ゆりさんですが、井筒和幸監督の『パッチギ?LOVE&PEACE(2007年)』での好演や高橋洋監督の『恐怖(2010年)』などを拝見していて、すごく魅力的で面白い女優さんだと感じていたのでオファーすることになりました。
本作品のなかで三人の役柄は凄く輝いていて、個性も強く感じました・・・。現場ではどうだったのでしょう。演出において気を付けたことなどはありますか。
そうですね。三者三様でしたね。役者としての性質というか、役作りの仕方が違うので、個別に対応を変えていったところはあります。例えば、長男役の桐生さんは自分の頭の中でしっかり作りこんでいて、それを現場でいかに壊すかに気を付けました。次男役の斉藤さんは思いっきり良く演技をするので、そこの部分の調整をしましたし、三女役の中村さんはダメな女性の役はあまり演じられたことがなかったようなので、監督として新しい部分を引き出していかないといけないと思いましたね。さらに三人のバランスも凄く気を使って演出した部分でもあると思います。
助監督として見てきた部分が活きたという点もあるのでしょうか。
もちろん活きた部分も多くありましたが、一方で助監督と監督の違いも感じたというのが正直なところですね。監督としては助監督のとき以上に役者さんと真正面から向き合わなければなりませんし、初監督という意味ではその辺は手探りでした。それぞれの役のキャラクターを作るプロセスとして、「自分はどういう言葉を投げたらいいんだろう?」、「どういう演出をしたらちゃんとそれを受け止めてもらえるのかな?」ということに関しては試行錯誤を繰り返しましたね。
ただ、今回の俳優部は凄く力のある方々だったので、大いに胸を借りさせてもらいました。現場で最終的に見ていて、でてきたお芝居に対してリアクションをしていくように進めました。
他に助監督と監督の違いとして苦労した点はありましたか。
基本的に助監督というのは、台本がある程度できているところから、現場が終わるまでが仕事の大半を占めます。自分の大先輩の瀬々敬久監督に言われたことなのですが、助監督は演出部として、演出や段取りに重きをおいて携わりますが、 “演出は監督業の一部でしかない”ということがあります。企画立ち上げから完成して世に出すというところまで、トータルで責任をとるのが監督なので、そういう意味では、企画の立ち上げからシナリオをつくるところまでと、現場が終わって編集など仕上げをして完成させてから今現在の公開をするという部分は、あまり経験してこなかったところなので、すごく大変でした。その部分は新しい発見で勉強ばかりでした。
音楽を入れる部分も苦労しましたね。イメージを伝えるのも難しくて。曲として良くても映像には合わないということがありますから。音楽のなり始めや音量も気にして構成する中で、これは今後も課題があるなと思いました。
先ほど瀬々敬久監督のお名前が挙がりましたが、菊地監督は色々な監督と作品をつくってきて、大きく影響を受けているなと思う方はいますか。
難しい質問ですね。たまたま自分が何人の監督についてきたのかを数える機会がありまして、実は40人近くの監督についてきました。一緒に映画をつくっていくなかで、この人とこの人は何となく似ているなと思うこともありますが、本当に各監督それぞれの違いがあって、すべての監督に影響は受けている気がしています。この監督のこういうやり方を自分はできないなっていうこともある意味影響ですからね。
本数として多いのは瀬々敬久監督、熊切和嘉監督なのでもちろん大きな影響を受けていると思いますね。そして、瀬々監督は助監督として誘ってくれて、助監督にしてくれたキッカケの人であることも。社会人として人として鍛えられたというか、最低限気を使わなきゃいけない部分であったり、礼儀であったり、人としての筋道はそこでできました。ただ、映画監督として近いのかと考えると、自分は違う性質を持っていると思っていますし、難しいです。
助監督になる前から好きだった黒沢清監督にも『ディアーディアー』の直前の『岸辺の旅』にて監督の多くの作品を観た上で、かつ現場に入って…というところでは影響を受けたのではないかなと思います。
多くの監督の手法を体感することで、ご自身の作品も洗練されていったのですね。
それでは、ストーリーについてお聞きしたいです。その着想はどこからなのですか。
30代半ばを過ぎて、人生の岐路に立った感じがあって。それは、今後助監督から監督にならなきゃいけないなということ。これは本当に大きな選択でしたね。また、脚本家の杉原さんも同じ想いを持っていたと思います。だから、人生の分かれ道に立ってもがいている人間を描きたいというのが一番でした。最初は犯罪映画フィルム・ノワール(*1)としての作品や、ファミリーものやラブストーリーも考えたんですけど、今の形になるまでは上手くいかなくて。結局自分たちの実感が伴わないと、タイプとして頭でっかちなところがあるので、それだけじゃだめなんじゃないかと思い直しました。そこにさらに、ある程度の娯楽性を盛り込んでいきたかったということもありますね。問題意識や社会性だけでしっかりと映画をつくる監督もいると思いますが、僕はエンターテイメント性のあるものも素直に好きであるので、そこは心がけています。さらに、地元の足利市も協力してくれることになって、そこで今の地元の地方都市の現実を意識していこうというステップに進んだという具合です。
(*1)フランス語で暗黒映画の意味。アメリカの犯罪映画やハードボイルド映画を指す。
なるほど。私も拝見して、素直に多くの人に受け入れられるような娯楽性のうちに秘められたしっかりとしたメッセージ性と映画に対する敬意を感じました。
連日トークショーを行って来てくれているゲストや観客、ネット上の感想を見ますが、それぞれで受け取り方が違っていいなと思っているので。その間口は残しておこうと思ってつくりました。その分作家性や想いが強くは感じられなくて、物足りなさを感じてしまう方もいるかもしれないですね。でも、観てくれた方が最終的に完成してくれればいいと思います。自分たちの答えはあるけれども、それを押しつけることは説明的になりすぎるし、そのことで生き生きしてこないキャラクターもあるのかなと考えています。
あとは、フィクション性ですね。今の時代、ドラマってそれがないといけないのではないかなと。もちろん、ジャンルとして、ドキュメンタリーや今の自分たちが生きている日常に直結したお話、問題意識の中で成立する映画もあるべきですが、一方で映画館の中にある時間が非日常であることも魅力のひとつだと思っています。小さいころに映画みて、映画を観る前と観た後の気分が全然違うっていうこと、そんな体験を自分自身も何度かしているので、そういうものを目指したかったですね。ほどよいところで、ありえそうだけどありえない、ありえなさそうだけど、意外にありえちゃうみたいなところに面白みを感じて頂けたら嬉しいです。
本当に作品作りに対して、色々な想いがデビュー作としてもあったということですね。
そうですね。かつて映画美学校に通っている頃は、すぐにでも映画作りたいという自分もいましたが、今の形として作品を送るまでに12 年間も助監督をしていて、随分とかかってしまったので、その間に蓄積された表現と手法もありますし、本当に想いは込めたつもりです。
今回、モントリオール世界映画祭において正式出品ということで公開されたということですが、反応はどうでしたか。
モントリオール世界映画祭はフランクな映画祭でしたね。上映していたのも日本のシネコン(*2)と変わらない場所で。上映後のQ&A と、劇場を出たらお客さんとの交流もありました。
そこで、感想を聞けて。日本の地方都市の入り組んだ話でわかりにくい上に、字幕によって伝わり方も違うんじゃないかなと不安だったんですけど、ストーリーに関してもどこの国でも似たような感じなのかなというくらい「私にも兄弟がいて…」「田舎に住んでで…」と聞けたのが印象的でしたね。モントリオールに限らず、現在行っている東京の上映でも思いますが、先ほども言った映画における余白の部分に対して、観客の方でストーリーを色々考えてくれていて。多くの方にその人生や生活に引き寄せて観てもらえる実感はありましたね。海外でも同じだと気づけたことは、モントリオールでの発見ですね。
でも、今後より伝わるためにベタな部分であったり、笑わせたり、泣かせたり、映画としてのリアクション・エモーションとして観客の感情を動かすことも、世界に対してさらにできるのではないかとも思います。
(*2)シネマ・コンプレックスの略、4 つ以上のスクリーンを持つ劇場・複合的施設
菊地監督は本作がデビュー作ということですが、今後の展望はどうでしょうか。
それは、誰かに聞きたいくらいですね。(笑)今はこの『ディアーディアー』を一人でも多く
の観客に届けることを第一に考えていて。でも、次回作に向けてこういういうことやりたいというのが全くないというのは嘘になりますけどね。もちろん、できることなら終わったらすぐ撮りたいと思っています。理想をいうと次は、都会を舞台にして撮りたいですね。デビュー作一本目で田舎を描いたので、思い切って次は都会でやりたいです。田舎と都会で、人の距離感がこうも違うのかっていうのを今回の作品で実感したことを基に、チャレンジしていければいいなと思います。
今後のご活躍も大変楽しみにしております。最後に本作における監督として挙げられるミドコロを教えて頂きたいです!
素晴らしいキャストとスタッフが集まってくれて、映画としての画面がとても充実しているのがミドコロだと思います。菊地凛子さんや染谷将太さんのような普段親交がある方や、エキストラも含めて画面の隅々にこだわって出て頂いています。全員が現場で本当に面白いお芝居をだしてくれていて、こんなキャストのアンサンブルは観られないなと。さらに、そのアンサンブルを映画としてきちんと画面に定着させている部分ですね。今回は自分の同世代の若いスタッフですが、今後必ず活躍する方々だと思います。そんな彼らが低予算映画ということも関わらず、こだわり抜いてつくっている。そんな、画面が充実した世界に浸っていただきたいなと思います。
そして、誰しも自分のことで迷い、立ち止まって考えることもあるかもしれませんが、そこに寄り添って、再び前を向くきっかけのような映画になってほしいなとも思います。映画『ディアーディアー』は見た人の中でどうだったかを戻って考えてもらえるような、映画でありたいですね。でも、観る時には何も考えず楽しんで頂ければそれでいいのではないかなと思います。
菊地健雄監督、本日はありがとうございました。
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