「アクトレス」は三人の女優の火花散る演技合戦が楽しめるヒューマン・ドラマである。
フランス、スイス、ドイツ三カ国の合作映画で、監督はフランス人のオリヴィア・アサイヤス。批評家、脚本家をへて、映画監督となり、2002年には東京でロケ撮影した「DEMONLOVER デーモンラヴァー」を撮っている。
大女優マリア・エンダースは、20年前に劇作家ヴィルヘルム・メルヒオールの書いた「マローヤの蛇」に主演して女優としての地位を確立した。彼の功績を讃える式典がチューリッヒで開催されるが、彼の代わりにマリアが出席することになる。
彼女のマネージャーの若いヴァレンティンとともに、列車で向う途中で、メルヒオールの訃報が知らされる。
そんな彼女に再演される「マローヤの蛇」への出演が依頼される。劇の内容は中年女性社長ヘレナが、若いシグリッドに誘惑され、翻弄されたあげくに自滅していくというもの。かつてシグリッドを演じて絶賛を浴びたのだが、今回はヘレナをやってくれという。
シグリッドはアメリカの若い映画女優ジョアン・エリスを考えているという。引き受けるべきか、断るべきか。大いに悩み、ヴァレンティンとも相談しながら熟慮のすえに引き受けることにした。
「マローヤの蛇」の本質を別のキャラクターを演じることで追求しようと思ったのかもしれない。ジョアンはマリアにあこがれていたと打ち明けたし、演技力も確かだ。だが、男関係も奔放で、パパラッチに追われることもある。舞台稽古が始まるが、マリアはなかなかヘレナの役に溶け込めず、シグリッドとの絡みもうまくいかない。ジョアンに役作りに関して別のアプローチを提案したが、にべもなく却下されるしまつ。
舞台の大スターが若い女優に踏み台にされていくというアメリカ映画「イヴの総て」を思い出させるが、舞台での役柄とそれを演じる二女優とがダブって、二層構造の人間関係が描き出されている。ヴァレンティンも重要なキャラクターで、マネージャーという立場からマリアを補佐して、ショービジネスの一面を垣間見せるとともに、独自性を求める若い女性の生き方にも触れている。
マローニの蛇とは、スイスのエンガディン地方で見受けられる気象現象で、初秋の早朝に山の谷間を白い雲がまるで蛇のように長くのびていくことを指している。映画にもその壮麗で美しく妖しい雲の動きが捉えられていて、圧倒させられる。
アサイヤスは脚本を書いた85年作「ランデヴー」に主演したジュリエット・ビノシュ(当時20歳)と以後二作品で組み、今回マリア役に起用。
大女優を演じるに充分な資質と魅力、そして深い洞察力を持った彼女なればこその配役であり、映画を支える大黒柱としての責務を立派に果たしていた。
ヴァレンティンには「トワイライト」シリーズのクリステン・スチュワートが扮し、セザール賞の助演女優賞を獲得。アメリカ人女優としては初の受賞者となった。ジョアンには「キック・アス」「キャリー」のクロエ・グレース=モレッツが扮して、奔放な女優を見事に演じきっていた。
北島明弘
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。
大好きなSF、ミステリー関係の映画について、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。