二昔以上も前のことになるが、カナダ映画の特集上映が企画され、パンフレットの編集と執筆に携わったことがある。
その時にアトム・エゴヤンの最初の短編から長編の「ファミリー・ビューイング」までの十年間の作品を見て解説原稿を書いた。以来、エゴヤンの作品はつとめて見るようにしてきた。

 エゴヤンはアルメニア人を両親にエジプトのカイロで生まれ、カナダで育った。
トロント大学で国際関係と音楽を学び、在学中から短編映画を作り始めた。アメリカの映画学徒とは一味違う作家性の強い作風で、プロとして映画製作を始めてからも、ストーリーや登場人物のキャラクターのウェルメイドな仕上がりより、現代の不毛な精神風土を表現する映像に意を注いだ作品を撮り続けている。

画像: http://shiroi-chinmoku.com

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 今回取り上げた「白い沈黙」は2014年の作品で、冬には白い雪に覆われるオンタリオ州の小さな町が舞台。アイススケートの選手を目指す九歳の少女カサンドラ(愛称キャス)が父のマシューと帰宅途中に忽然と姿を消してしまう。目撃者は皆無。警察はマシューを疑い、妻のティナにはなぜ眼を離したと責められ、刑事からは「子どもをイカレた友達に貸せば金が儲かる」なんて、無神経な暴言を吐かれ殴りかかったりもした。

 キャスの失踪以来、夫婦の間には大きな溝ができ、マシューの営む造園会社も火の車状態。それでも、彼は娘を探し求めて八年が過ぎた。ティナはホテルでメイドをしているのだが、部屋の掃除をしていて、娘のものと全く同じヘアブラシが置かれているのを発見。ついでスケートでもらったトロフィー、抜けた乳歯が見つかった。警察の捜査で、部屋に監視カメラが仕掛けられていたことが判明する。ロリコン・ポルノサイトにキャスが成長したらこうなるのではと思われる美少女が発見され、少しずつ謎が解明されていく。
 そんな時、捜査の指揮を執る女刑事ニコールが忽然と姿を消し、事件はますます不可解なものになっていく。誘拐スリラーの典型的なストーリー展開だが、異常な要素が挿入されて、一捻りしたビザールな物語世界が展開されていく。

マシューを始め、闇のサイトの運営者にして誘拐組織のリーダーである人物、誘拐された犠牲者でありながら新たな標的を誘い出す役に変身した女性と、主要登場人物のキャラクターがユニーク。いや、誘拐事件によって彼らの人生がゆがめられたというべきか。マシューを嘲笑するように道路わきに間隔をとって苗木がおかれ、それをたどっていった彼が見たものとは……。

 キャス、ニコールは無事に救出できるのかといったサスペンス要素も盛り込まれているが、やはり、エゴヤン作品は一筋縄ではいかない。
舞台となる土地のかもし出す寒々とした雰囲気が内容にマッチし、インターネットの危険な側面、監視社会の危うさがあぶりだされていく。
日常風景を録画してそれを見るシーンは1987年の「ファミリー・ビューイング」を、白銀の世界のイメージは1997年の「スウィート ヒアアフター」を、田舎町での猟奇犯罪は2013年の「デビルズ・ノット」を想起させる。

「黄金のアデーレ 名画の帰還」のライアン・レイノルズがマシュー、「シン・シティ」のロザリオ・ドーソンがニコール、「デビルズ・ノット」のミレイユ・イーノスがティナに扮している。

                                    北島明弘

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北島明弘

長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。
大好きなSF、ミステリー関係の映画について、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

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