Cinefil『映画と小説の素敵な関係』
第十回 『ロンドン・ブルバード―LAST BODYGUARD―』―後編

『サンセット大通り』といえば、1950年に作られた不朽の名作です。とても有名な作品なので、ご覧になられている方も多いのではないかと思います。
大筋は、金に困っている売れない脚本家ジョー・ギリスが、ひょんなことから、サイレント時代の大女優であり、今では世間から忘れられた存在のノーマ・デズモンドの屋敷に紛れ込んだことで雑用係として雇われるが、ノーマと、彼女に忠誠を尽くす執事マックスの、異様ともいえる愛のかたちに巻き込まれてゆく・・・というフィルム・ノワールです。

画像: Cinefil『映画と小説の素敵な関係』 第十回 『ロンドン・ブルバード―LAST BODYGUARD―』―後編

『ロンドン・ブールヴァード』を書いたのは、ケン・ブルーエン(「ブルーウン」と表記されている作品もありますが、この作品の表記に準じます)というアイルランド出身の作家です。余談ですが、小説家になる前には様々な国で英語教師として職に就いていたそうで、驚いたことに日本で教えていたこともあるそうです。

小説は『サンセット大通り』を観ている人なら誰もが解るほどに、あの名作がベースになっています。ですがもちろん、ミッチェルは売れない脚本家ではなくギャングであるし、その周りのキャラクターたちも映画と一緒です。

つまり、現在スターであるシャーロットと、往年の舞台女優であるリリアンの違い、そしてジョーダンが、映画ではヒッピー崩れのような演劇学校時代からの盟友の元俳優となっていますが、小説ではどこか謎めいた執事であるという部分が違うのです。
主人公ミッチェルは映画でコリン・ファレルが演じていますが、キャラクターは大分違うものの、原作でのイメージもそうは変わりません。ですが、シャーロットはキーラ・ナイトレイが演じていますが、リリアンは「ジーナ・ローランズに似ている」と表現されています。
そしてジョーダンはデヴィッド・シューリスが演じていますが(私は個人的にこのデヴィッド・シューリス扮するジョーダンが大好きです)、原作での私のイメージは『ユージュアル・サスペクツ』などで知られるピート・ポスルスウェイトでした。

画像: http://www.givetake.com/0328/london-boulevard/

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つまり、映画と原作とでは、話しの流れは変わっていないものの、根幹の物語りが違うのです。

結論からいうと、私はこの小説もまた非常に面白く読め、とても気に入った作品となりました。
小説のミッチェルは映画のミッチェルに較べて、どこか下品で野卑なところがあります。

45歳という設定ですが、不良の世界で生きて来た者特有の「幼稚さ」が抜け切れておらず、そこがまた魅力になっています。犯罪小説やフィルム・ノワールが大好きで、服役中には、教養のない人間に見られないようにと様々な書物を読み漁っていたという愛らしい面もあり、一人称の文体で綴られてゆく中で様々な作品の引用が施されてゆきます。そこがまた非常に楽しいのですが、全体を通してチャールズ・ブコウスキーやビート・ジェネレーションを思わせるような言語感覚で「どうしようもない男」像として描かれているあたりが、作者であるケン・ブルーエンが「ノワールの詩人」と呼ばれる由縁かも知れません。
映画におけるミッチェルは、決してムダ口は叩かない、不器用で優しさを含んだ、どこかストイックさを感じさせるある種のヒーロー像として描かれています。つまりは、モナハンは、小説のミッチェルが憧れていた男像として、映画のミッチェルを描いているかのようなのです。この置換えは非常に成功していて、素敵です。それによってリリアン(=シャーロット)とジョーダンのキャラクターがまったく別なものになっているにも関わらず、非常に魅力的な映画版『ロンドン・ブルバード』を生み出すことが出来ているのです。
リリアンをシャーロットに、つまりは「忘れられた存在」から「追いかけられている存在」に変えることによって、シャーロットを狙う連中、そしてミッチェル自身を狙う連中と二重の「ガード」が生まれると同時に、ロマンスの意味合いも大きく変わっています。
そして特筆すべきモナハンの手腕は、私は英語に長けているわけではないので、映画も小説も翻訳に頼っているのでどこまで厳密かまでは解りませんが、ミッチェルのセリフや他の共通キャラクターとのダイアローグ、そしてディティールの大半は、原作と大きく変わっていないどころか、タイトにしつつもかなり忠実に作られているのです。

画像: http://riomamesuke.blog.fc2.com/blog-entry-3118.html

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つまりは、中心の幹の部分を大きく変えながらも、他は必要以上に手を付けずに、見事に「別な物語り」を再構築しているのです。このモナハンの仕事は、個人的には拍手を送りたいくらいに見事です。

ビリー・ワイルダーの手による名作映画『サンセット大通り』から、ケン・ブルーエンの手によって小説『ロンドン・ブールヴァード』が生まれ、その小説からウィリアム・モナハンの手によって、映画『ロンドン・ブルバード』が生まれた。
3作品、いずれも違う「物語り」です。共通しているのは「ノワール」であるということ。そしてその三様の物語りのいずれもが、私にとってお気に入りの作品なのです。
映画と小説って、なんて素敵な関係なんだろう――つくづく、そう思わずにはいられません。

ロンドン・ブルバード -LAST BODYGUARD-

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