2015年9月19日(土)〜12月23日(水・祝)まで、東京都文京区の永青文庫において『春画展』が開催されています。どうしても「18才未満の入館禁止」という、刺激的な一文が目をひきます。
一方で、なんとなく観覧者に女性が多いような気がしたのは、気のせいでしょうか…。
今回、日本で初めて開催する『春画展』は、海外からは大英博物館およびデンマーク、また、日本の美術館や個人コレクションより、鈴木春信の清楚、月岡雪鼎の妖艶、鳥居清長の秀麗、喜多川歌麿の精緻、葛飾北斎の豊潤といった「春画の名品」133点(前後期)を、5つの章に分けて展示します。
ちなみに、今回の展示に先立ち、昨年(2013年秋~2014年冬)、ロンドンの大英博物館で史上最大の春画展『春画―日本美術における性とたのしみ』(”Shunga: sex and pleasure in Japanese art” )が開催されました。
ロンドンでは大変な評判となり、延べ9万人が訪れる大盛況ぶりだったそうです。
様々なメディアで取り上げられ、中でも英ガーディアン紙の評価は高く、四つ星をつけたそうです(“Erotic bliss shared by all at Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art”)。
「プロローグ」
愛を交わす様子を描いた春画には、複数の場面で一つの作品を構成するものがあります。そのとき、最初に描かれた場面は、まだ愛を交わすに至っていないことが多いです。二人が見つめあい、手をとり、そっと引き寄せ、裾に手を差し入れるのが、導入部として、控えめに描かれるのです。本展も「プロローグ」として、二人が接近して心を通わし、触れ合う情景を描いたところから始めています。
「肉筆の名品」
ここでは、版画のように印刷された春画ではなく、人の手で線と色を書き出された「肉筆」を40点展示、「版画の傑作」では、名だたる浮世絵師が筆をふるった版画、版本の数々が展示されるほか、縦9センチ、横13センチ弱の小さな春画を集めた「豆判の世界」など、これまでに春画を観たことがない方にもわかりやすく紹介しています。
長く春画は、上層階級の人々だけが享受してきたと思われますが、江戸時代に庶民文化が花開くと、浮世絵版画で活躍した多くの絵師が、肉筆の春画にも腕を振るうようになります。
肉筆春画の輝く絵具と、のびやかな筆線、やわらかな描写、細緻な文様からは、日本の絵画の最上質の部分が春画にあると認められるのではないでしょうか。
ここでは、浮世絵師の春画だけではなく、徳川将軍や大名家の絵画制作を担った狩野派の作品も含めて、大名から庶民にまで、広く愛された春画が一堂にそろいます。
「版画の傑作」
版画での表現において、簡略化したシンプルな線画表現もあり、それがまた記号的に面白く見えます。
喜多川歌麿「ねがひの糸口」(部分)などは、まさにそれで、なんとも艶っぽい表現です。
浮世絵の大物が勢揃いしていますが、葛飾北斎と喜多川歌麿を比較してみたりできるのは、面白い展示構成です。
北斎の「喜能会之故真通」は、画面いっぱいに余白を埋め尽くして、男女の愉悦の声や局部から出る音を執拗なまでに描き込んでいます。北斎の性癖まで出ているといえそうです。
歌麿の「歌満くら」は、歌麿の枕絵を代表する画帖です。クローズアップした構図や、抑揚ある画線・リアルな描写など、歌麿の特徴がよく見られる、エネルギーほとばしる作品です。
「豆判の世界」
縦9センチ×横13センチほどの版型の、小さな「豆判」の春画があります。値段もサイズもお手頃なものであったと思われ、文政期(1818-30)頃から盛んに作られるようになり、時代を超えてかなりの数が制作されました。
これらは、携帯に適していることもあり、新年に登城した大名達が、その年の暦を記した豆判春画を交換しあったそうです。
本展覧会に展示される豆判春画は、いずれも今回が初公開の逸品です。
「エピローグ」
本展の最後には、永青文庫所蔵の春画作品が並んでいます。江戸時代(17世紀)の肉筆画巻と、江戸時代後期、天保6年(1835)頃の版本「艶紫娯拾餘帖」です。
本展出品の春画は、いずれも、大名家から庶民までの、江戸時代以前の人々の暮らしの中で享受されて、今に伝わったものです。
実に多くの春画が制作されてきたことがわかります。
今回の展示では、江戸時代の日本が、性に対し今の日本とも異なる独特の感性を有しており、それが優れた芸術家達によって表現されていったことを、強く意識できます。
男女の交わりも「性欲」という面からの表現というより、江戸の「色事」を体現しているといえるでしょう。
また、同じような性的な表現であっても、春画は西洋の「ポルノグラフィ」とは異なり、「笑い」の要素を大く含んでいます。
描かれているのは解剖学的な詳細図といえますが、特徴を捉えるために部分的に大きく描かれており、詳細に描けば描くほど、リアルを超えた物質感が出て、不思議な物体に見えます。別の生き物が取り付いているような様でもあります。それが「滑稽さ」を産んでもいます。
春画が縁起物であったり、戦争に携帯する戦勝祈願のお守りでもあったというのも、日本的な精神性を表しているように思われます。
ところで、全体に保存状態がとても良いと感じました。それは、これらの絵や版画を開いて見る機会が頻繁ではなかったことが、理由にありそうです。秘められた楽しみだったのでしょう。お日様の元で見るより、夜、行灯の灯りで眺めたのでしょうか。おかげで状態良く保存されたのかもしれません。
ロンドンでは大英博物館での展示でしたが、東京の展示会場である永青文庫は、これまた展示にふさわしい。魅力ある建物です。
この季節、近くの椿山荘や江戸川公園の緑地散策とともに楽しむのも一興です。
これだけの作家の春画が、まとまって展示される機会はめったにありません。
今年の、もっとも見逃せない展覧会のひとつです。
齋藤繁一@シネフィル編集部
展覧会概要
【名 称】春画展
【会 期】2015 年 9 月 19 日(土)〜12 月 23 日(水・祝)
※前期 9/19〜11/1(40 日間)/後期 11/3〜12/23(45 日間) 計 85 日間
【会 場】永青文庫 特設会場(2 階~4 階)/所在地:東京都文京区目白台 1-1-1
アクセス:東京メトロ有楽町線「江戸川橋駅」より徒歩 15 分
東京メトロ副都心線「雑司が谷駅」より徒歩 20 分
【開館時間】9:30〜20:00(入館は 19:30 まで) ※日曜日は、9:30〜18:00(入館は 17:30 まで)
【休 館 日】毎週月曜日(祝休日の場合は開館)
【出展作品】133 点(前期 約 60 点・後期 約 60 点)
【入 館 料】大人:1500円(高齢者・学生・団体の割引はございません)
【入館制限】18 歳未満は入館禁止
【主 催】永青文庫 春画展日本開催実行委員会
【特別後援】国際浮世絵学会、美術史学会
【後 援】ブリティッシュ・カウンシル 朝日新聞社 産経新聞社
【協 力】全日本空輸(株) 凸版印刷(株) 日本通運(株) MountPosition Inc. COMITE CHAMPAGNE
【一般からのお問い合わせ先】03-5777-8600(ハローダイヤル)