実験映画と劇映画の違い、サイレント映画の持つエネルギー
柳下
西武百貨店を退職した後は、フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)の主幹である故・鳥羽幸信さんも関わっていた名作無声映画を見る会を受け継ぐクラシック映画の同好会でピアノを弾かせてもらうようになりました。そしてその上映会にフィルムセンターの研究員が見に来てくださり、本格的に仕事が始まりました。ただ、仕事を始めてから数年間は大変でしたね。映画もそれほど知らないし、企画を立てることもできず、手探りしながら過ごしていました。それでも楽観的に向き合っていたら仕事が舞い込むようになりました。
鈴木
自分の仕事がどんな人に見られているのかは分からないですよね。誰も見ていないと思っていると、急にどこかで見た方から声がかかったりする。
柳下
私のデビューは映画生誕100年の節目の1995年に朝日新聞社主催で行われた『光の生誕 リュミエール!』という上映会でした。初めから各地で弾くことができて奇跡のようでした。
リュミエールと言えばタイ国立フィルム・アーカイブ(TFA)内にあるタイ映画博物館の「グラン・カフェ」の再現は映画愛に溢れ、素晴らしかったです。昨年、タイ無声映画祭に招待されたのですが、以前とは比べ物にならないくらい豪華な映画村になっていました。リュミエール兄弟が映画を初めて商業上映したのはパリのグラン・カフェのインドの間(現在はホテル・スクリーブ)ですが、それを建物ごと再現して、地下のインドの間で映画も見られるという贅沢なしつらえ。他にもエジソンが発明したキネトスコープ(一人で見る映画の機械)・パーラーや庶民的な映画館ニッケルオデオンで映画が見られるなど、遊びごころいっぱいの魅力溢れる仕掛けが至る所にありました。鈴木さんも海外へはよく行かれていると思いますが、印象的だった公演などはありますか?
鈴木
2014年に『カメラを持った男』のライヴ演奏でドイツのケルンへ行ったり、2010年にニューヨークの“Experimental Intermedia”に出演して、実験映画作家・飯村隆彦さんの映像とコラボレーションしたりしました。飯村さんとは4本の作品でコラボレーションしているんですが、彼は「ここに、こういう音がほしい」とかは一切言わずに、細かい指示は出さない。だから僕も好きにやる感じです。
飯村隆彦『Film Strips II』鈴木治行ライブ演奏音楽版(2011)リハーサル風景
⸻実験映画と劇映画とではアプローチの仕方も違うわけですか?
鈴木
僕の中では同じ「映像」ということでは変わらないです。実験映画か劇映画かというより、物語があるかないかとか、そういう違いの方が大きいかもしれません。飯村さんのはまったく物語性のない抽象的な作品なので、まず映画を何度も見て、その映画がどちらの方向を向いているのかを自分なりに見極めることから始めます。そして、その方向の延長線上に音楽をつけることで、どうすればそこから更にもう一歩表現を推し進めることができるのかを考える。縁の下の力持ちのような存在ではなく、音楽がつくことによって、その作品がさらに高次元の表現に至ることを理想としています。
柳下
私は例えば『アンダルシアの犬』(1929)の伴奏をしたときに、自分の中では愛の物語に思えたので、そういう要素を取り入れつつ伴奏しました。だから、実験映画といわれるものでも、私の場合はそこに物語性を見てしまう。
鈴木
でも、作品をどう解釈するかは自分の考えでいいと思います。特にサイレント映画のように監督がもう亡くなっている場合には、自分で方向性を判断しなければいけない。だから、作者がどう思ったのか分からずにそこに物語性を見てもまったく構わないと思う。
柳下美恵さん所蔵『散りゆく花』原曲楽譜
グリフィス作曲による『散りゆく花』のテーマ曲「ホワイト・ブロッサム」
⸻最後に、これからサイレント映画を見る観客に、音楽や伴奏上映の魅力をお伝えいただけますか。
柳下
今は配信が盛んになってきて、劇場や映画館で映画を観る人が少なくなってきています。だから、劇場でみんな一緒になって体験できるリアルな面白さというのは、サイレント映画ならではかもしれないですね。あと、私自身伴奏してきて思いますが、サイレント映画自体がとても奥深い魅力を持ったものだということ。例えば、今はベースしか残っていないのでモノクロになっていますが、かつてはフィルムを染色したり、ステンシル彩色をしていました。そうした文化や技術も映画の歴史の一部です。
また、初期のサイレント映画は映画人が手探りで一つひとつ技法や文法を発見していった結晶です。だから、観ている側もその発見の新鮮さや楽しさが伝わってくる。今のようにCGもない時代ですから、何千人というエキストラもすべて生身の人間が演じている。そういうサイレント映画自体が持つエネルギーや楽しさも体験してもらえるとうれしいですね。
鈴木
カメラで撮られた生々しい記録としての映画の魅力ですね。映像自体の魅力を踏まえた上で音楽や音響による表現も受信し、そちら側からの表現にも多層的に身を委ねてみると、また違った発見もあるかと思います。
(2025年9月9日 川崎市アートセンターにて)
(取材・文・構成 野本幸孝)
柳下美恵さん(写真左)、鈴木治行さん(写真右)
柳下美恵(やなした・みえ)
サイレント映画伴奏者。武蔵野音楽大学有鍵楽器専修(ピアノ)卒業。1995年、山形国際ドキュメンタリー映画祭のオープニング上映⸻映画生誕百年祭『光の生誕 リュミエール!』でデビュー。以来、国内外で幅広いジャンルの作品に音楽で携わっている。
これまでボローニャ復元映画祭、ポルデノーネ無声映画祭、タイ無声映画祭、国立映画アーカイブ(東京)、ナショナル・シアター(ロンドン)、ミュンヘン映画博物館、韓国映画博物館などで、1000を超える作品に伴奏。映像ソフトでは、日本・イギリス・アメリカ・デンマークで出版された『裁かるゝジャンヌ』のほか、株式会社ブロードウェイのサイレント映画シリーズで『日曜日の人々』『夢想の楽園』『アイアン・ホース』などの伴奏を担当。新作の音楽は『あれから』、『ひとつの歌』、『けいとのようせいニットとウール』など。
ピアノによる欧米スタイルのサイレント映画伴奏者としては日本人初。映画館にピアノを常設する「映画館にピアノを!」、ピアノ伴奏で見るサイレント映画「ピアノdeシネマ」、サイレント映画の35ミリフィルム×ピアノの生伴奏「ピアノdeフィルム」、サイレント映画週間「ピアノ&シネマ」など、サイレント映画を映画館で上映する環境づくりに注力している。
鈴木治行(すずき・はるゆき)
作曲家。『二重の鍵』で第16回入野賞受賞。これまでにガウデアムス国際音楽週間(アムステルダム)、Les Inouies(ボルドー)、Music From Japan(ニューヨーク)、サントリー・サマーフェスティバル(東京)その他で作品が演奏されてきた。ライブ・エレクトロニクスの演奏も行っている。また NHK-FM、ラジオ・フランス、ベルリン・ドイツ・ラジオ、DRS2、ラジオ・カナダなどで放送されている。映画とのコラボレーションとして『M/OTHER』、『H story』、『再会』、『PANORAMA』、『よみがえりのレシピ』、『フタバから遠く離れて』、『チョコリエッタ』他。サイレント映画ライブでは『ノスフェラトゥ』、『戦艦ポチョムキン』、『裁かるるジャンヌ』、『カメラを持った男』、『限りなき舗道』他。