東博の展示室が空海の構想した立体曼荼羅に変貌

五大虚空蔵菩薩坐像 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

現在の神護寺の多宝塔では五大虚空蔵菩薩は横一列に並んで安置されているが(例年、5月と10月に特別拝観がある)、今回の展覧会ではこの五体の仏像がいわばミニ立体曼荼羅を構成するように作られた可能性を反映して、中心に大日如来に該当する法界虚空蔵菩薩、その周囲を四体の分身が取り囲むように展示している。

この展示空間自体がいわば金剛界曼荼羅の一区画の円相になっているのだ。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち法界虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

だから展示の台も円形だし、展示室にも半円筒形の仮の壁を設置し、上を大きな円形で取り囲んでいるのも、金剛界曼荼羅の一区画を立体化した空間になっていることを示唆する。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち蓮華虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

五大虚空蔵菩薩は中心となる(つまり大日如来の分身である)法界虚空蔵が白、金剛虚空蔵は黄(東の阿閦如来)、宝光虚空蔵は緑(南の宝生如来)、蓮華虚空蔵は赤(西の阿弥陀如来)、業用虚空は黒(北の不空成就如来)に肉身が、地水火風空の五大要素も表す五色に塗り分けられているとの同時に、この塗り分けは五体の金剛薩埵菩薩の分身が描かれて煩悩愛欲、つまりは性と官能も悟りに近づくひとつの道であることを表す「理趣会」の、その五体の配色にも共通する。

五体とも大きさも座り方もほぼ同じで、中心の法界虚空蔵が右の手のひらをこちらに向けている以外の四体はポーズも共通するが、それぞれに異なった持ち道具を載せた右手の細やかな指の表情や顔立ち、体つきにも、それぞれの個性がある。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち業用虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝
右に法界虚空蔵菩薩の背面

赤い蓮華虚空蔵の顔はキリリと引き締まった大人びた表情なのに対し、緑の宝光虚空蔵はあどけなさを感じるような顔と体つきだ。業用虚空蔵の指は自然に上下しているのに対し、宝光虚空蔵の指は生真面目に揃っていて真っ直ぐだ。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち宝光虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

密教法具で元は武器の一鈷杵を掌に載せた金剛虚空蔵は、その一鈷杵の直線性と対照的に指がやわからに曲がり、中指に先端を載せた一鈷杵を手のひらから浮かせている。正面から見ると繊細な顔立ちなのが、横から見ると身体は分厚く筋肉質に見える。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち金剛虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

対照的に、手に蓮台を載せた蓮華虚空蔵の指はまっすぐで先まで力が入っているようで、キリリとした顔と目も力強く男性的だ。黒い業用虚空蔵菩薩がやせ気味でおだやかな印象なのに対し、赤の蓮華虚空蔵は体つきも見るからにたくましい。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち蓮華虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

五体とも平安時代初期の一木造りの像によく見られる特徴で、ふくよかというかずんぐりした体型だが、黒の業用虚空蔵はいささかほっそりして、腰のくびれが引き締まっている。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち業用虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

頭上の宝冠、胸飾り、上腕の腕輪などの装身具も緻密に彫られ、一見お揃いのように見えて宝冠はそれぞれ装飾が異なる。

平安時代の木の仏像ではあるが、一部には奈良時代の技法である、漆に大鋸屑などを混ぜたペーストを盛り上げる乾漆も使われているという。様式化・簡略化され、左右対称を強調したデザインでありながら、乾漆を盛り上げている部分もあるせいか、どこか生身をというかなまめかしさを感じさせ、ずんぐりした体型は愛らしくもある。

五大虚空蔵菩薩坐像のうち法界虚空蔵菩薩 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

空海は、密教の複雑な理論体系を理解するには経典や説法の言葉による教え(顕教、従来の仏教)だけでは難しく、曼荼羅のような平面の図や絵を見て、さらには立体空間の中で体感的に理解することを重要視していた。五体の仏像で金剛界曼荼羅の一区画を表すような仏堂は、神護寺には五大虚空蔵菩薩を安置する宝塔院(現・多宝塔)だけでなく、二つ目の区画、右の中段の「降三世会」に基づいて五大明王を安置する五大堂もある。

胎蔵界曼荼羅の世界観に通じる厳しくも豊かな大自然に囲まれた神護寺全体を、空海は金剛界曼荼羅の立体曼荼羅として構想したのかも知れない(なお東寺の有名な立体曼荼羅は、中心の五智如来は金剛界だが、基本的には胎蔵界を表す)、などと想像が膨らむ一方で、空海が現世の神護寺からは去った後に造られたのが五大虚空蔵菩薩だったのは、虚空蔵菩薩が空海の驚異的な学習能力と知性、記憶力と結びつけられて信仰されていたからかも知れない、とも思える。

だとしたら、山の中腹にある神護寺の境内を見下ろせる一際高い位置にある宝塔院に安置された五大虚空蔵菩薩は、空海が別次元の世界に旅立ったのちの神護寺を見守る、いわば空海の分身のような位置付けで製作されたのだろうか?

五大虚空蔵菩薩坐像 平安時代・9世紀 京都・神護寺 国宝

そんなことも思い浮かぶような、人間的な温もりさえ感じさせる、愛らしく親しみ易い五体の仏だ。