根津嘉一郎(青山)主催、昭和12年5月の燕子花図屏風の茶会

奥に見えるのは伝・片桐石州 筆 消息 茶杓「時鳥」付属、江戸時代17世紀 根津美術館蔵

根津嘉一郎が近代数寄の重要な茶人だったことから、根津美術館の展示室6は茶道具の展示コーナーで、今回は根津が「燕子花図屏風」をお披露目するために開いた茶会が再現されている。

鼠志野茶碗 銘「山の端」 美濃 江戸時代17世紀 根津美術館蔵 重要文化財
耳付茶入 銘「大江」 膳所 江戸時代17世紀 根津美術館蔵 松平不昧旧蔵
片桐石州 茶杓 銘「時鳥」江戸時代17世紀 根津美術館蔵

1937年5月というから日本が日中戦争に突入する2ヶ月前の、戦前最後のかろうじて平和だった時期のことだ。写真パネルに見る出席者が凄い。左から2人目は、この翌月に総理大臣になる近衛文麿だ。肥後細川家第16代当主で政治家・美術品コレクターで永青文庫の創立者でもある細川護立(息子が戦中戦後の日本外交で活躍した細川護貞、孫は元総理大臣の細川護煕)の顔も見える。

なんでもこの写真の一同が笑っているのは、この茶会で使われた若衆徳利を観ているからだそうだ。

若衆徳利 江戸時代19世紀 根津美術館蔵

前髪の美青年を象ったこの徳利、実際には江戸時代のもののはずだが、織田信長公所用で戦国時代の稚児の姿という伝来だったらしい。信長が寵愛した稚児の森蘭丸がその愛人だった等の歴史ゴシップは江戸時代におおいに流行り、その後もかなり有名で、そんな洒落もあって笑っているのだろうか。

光琳の「燕子花図屏風」のお披露目ということで、弟の尾形乾山の水差しや、光琳作と伝わる在原業平を蓋に描いた硯箱もあった。

尾形乾山 銹絵茄子文細水指 江戸時代18世紀 根津美術館蔵

伝・尾形光琳 業平蒔絵硯箱 江戸時代18世紀 根津美術館蔵

根津青山はいわゆる「南蛮もの」の、安土桃山時代や江戸時代にベトナムなど東南アジアから輸入されて茶器に転用された工芸も好んでいたようで、根津美術館のこの部屋でもしばしばそうした茶道具が展示されるが、この茶会でも東南アジアの緻密な木工のお盆が使われていたそうだ。

独楽盆 東南アジア17世紀 根津美術館蔵

またこの茶会で青山がお披露目したかったのは、「燕子花図屏風」だけではなかったようだ。出雲松江藩の七代藩主・松平治郷は「不昧」の号で知られ、江戸時代の茶の湯を改革した大名茶人だ。

茶入の「大江」を納める箱の蓋。右の外箱の蓋の「大江」の文字は松平不昧筆、左の内箱の蓋の金字の「大江」は小堀遠州筆 根津美術館蔵

松平不昧は茶の湯の研究を藩政にも活かし、財政改革の中で茶道具や菓子の生産を地場産業の基盤にもした優れた政治家・実業家でもあったせいか、大実業家が多かった近代数寄者にも人気があり、根津青山も不昧が持っていた茶道具を蒐集していた。

この茶会の時には耳付き茶入れの「大江」と、小堀遠州作の竹の花入の「藤浪」という二つの、松平不昧旧蔵の茶道具を購入していて、百何十年かぶりに同じ茶席で取り合わせたことが、自慢だったという。

手前に耳付茶入 銘「大江」 江戸時代17世紀、奥に小堀遠州作の一重切竹花入 銘「藤浪」江戸時代17世紀 共に根津美術館蔵

この3年後の1940年に根津嘉一郎は死去、その美術コレクションの散逸を防ぎ展示するために、南青山の邸宅を改装して翌年に開館したのが、根津美術館の始まりだ。今年でちょうど80年になる。

小堀遠州 一重切竹花入 銘「藤浪」江戸時代17世紀 根津美術館蔵

開館80周年記念特別展「国宝 燕子花図屏風 ー色彩の誘惑ー」

昭和12年5月、燕子花図屏風の茶会で招待者に配られた会記 根津美術館蔵

会期 2021年4月17日(土)〜5月16日(日)毎週月曜日休館 緊急事態宣言に伴う要請を受け5月11日まで臨時休館中。5月12日以降についてはHPまたはお電話でお問い合わせください
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
夜間開館 5月11日(火)~5月16日(日) 午後7時まで開館(入館は午後6時30分まで)
入場料 オンライン日時指定予約 一般1500円 学生1200円
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/timed-entry-reservation/
・ご来館前日までに日時指定入館券をご購入ください(クレジットカード決済のみ)。
・根津倶楽部会員や招待はがき等をお持ちで入館無料の方も予約が必要です。
・一回のご予約は4名までとさせていただきます。団体でのご来館は当分の間ご遠慮ください。
*障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料。

尾形光琳 燕子花図屏風 江戸時代18世紀 根津美術館蔵 国宝
以上、本展の写真はすべて主催者の特別な許可で撮影したもの。撮影:藤原敏史