メロウな資質とおとぎ話の妖精感
前田
でも『まときみ』の最終出口はスクリューボール・コメディではないですよね。何かちょっと切なさが残りつつの。
根岸
前田監督自体にメロウ度があるので……。フランス映画的な?
前田
僕、意外にメロウなんですよね。でもね、憧れるの。憧れますよ(笑)
高田
スクリューボールに? 変人に(笑)?
前田
どちらも!
根岸
例えば、このあいだ『婚前特急』を見直して「ここはいいなあ」と思ったのは、後半チエが一人で歩くじゃない。あそこのシーンは風が吹いていて、心象風景にも見える非常に味わい深いくだりなんだけど、やっぱりメロウだなって。
前田
僕は島育ちなんで、静かなんです(笑)。
根岸
あの前田監督の静かなテイストと、高田さんのテンション高めなノリの混合なんだろうなとは思いましたね。
高田
僕のなかでは『婚前特急』は全部スクリューボール感でやっていこうと思ったんだけど、直しの過程で「ちゃんとチエの心理を出口まで持っていかなきゃダメだ」となって、『ミニー&モスコウィッツ』(71)を見たんですよ(笑)。あの彼女が傷ついて、もう一度盛り上がっていくっていう流れをやったんだよね。スクリューボール・コメディとメロドラマ的な心理を。
根岸
融合させた。
高田
そうです。その後『わたしのハワイの歩きかた』(14)とか、もっとドタバタ度の高いものを目指したりしたんですけど、話していくうちに、前田監督の資質的にはドタバタよりもそういうメロウな所のある混合型のほうが良いんだという風になってきたんだよね。
前田
合わせてくれたんですね(笑)。
根岸
だから『まときみ』は根っこにメロドラマ的なところがあるんだけど、結果的にスクリューボールっぽく見えたのはどのあたりだったんだろう。数学を研究しているという設定自体は、実にスクリューボール・コメディ的だけれど。
高田
ええ。世の中を知らない男。
根岸
恐竜学者や蛇学者の流れにある、かなりの王道。
高田
本当は世馴れた女がその片一方に出てくるはずなんだけど。
根岸
世慣れた〝か〟のような。
高田
「世慣れた」ぶってる(笑)。それをもう一つ捻ってみたという。
ーー主演二人の早台詞のお芝居は象徴的でしたが、やはり今おっしゃっていたように、冒頭と終わりの森の場面や静けさも印象に残っています。
前田
冒頭が森で始まって、森で終わってみたいな、なんだか森の妖精が人間社会へやってきて「もういいよ、普通は」って言って帰っていく(笑)。おとぎ話の感じはスタージェスっぽくはありますよね。
高田
ホークスの『教授と美女』も「昔むかしあるところに」で始まってますしね。
前田
「昔むかしあるところに、森の妖精がいました。やがて普通を知り、人間をやめていきました」みたいな洒落っ気というか。別にそうとらえてもらわなくてもいいんですけど(笑)。
根岸
『教授と美女』はセントラル・パークをゲイリー・クーパーと七人の教授が歩くシーンがあるんだけど、あれが森なんだよね。
前田
僕らにとって、妖精感っていうのはどこか憧れがありましたから。そういう人が登場する映画をちょっと見てみたいなって。
根岸
現場の初日に、成田凌くんがあのキモ笑いをやったじゃないですか。あれがすごく面白かった。仕上げの過程でも録音部の小宮さんがくいついて、そこをさらに足してくれたりして。あれを見たとき、「あっ、ジム・キャリーだな」って思ったんですよ。顔で芝居をするっていうか、分かりやすい芝居。成田凌って、そうじゃない芝居も全然できる人だけど、今回あえてそこを少しだけ脚本や演出の指定以上に出してきた感があって。
前田
すごいですよ。脚本に「笑う。変な笑い方だ」って一行だけ書いてある(笑)。
高田
そういうのが好きなんですよね。現場でどうなるのかなっていうのを書いておく(笑)。
前田
そうそう。だから「……」も多いですもんね。「……」って書いてあると「ああ、これ高田さん見たいんだろうな」っていう感じがある。
高田
そこで監督がどういう顔をさせるのかなっていう。
前田
あと、役者さんがどういう顔をするのかなっていう。
高田
どういう芝居をするのかなっていう楽しみ(笑)。
根岸
でも、やっぱりあの笑い方にはみんな反応したよね。だから仕上げでも足していこうって方向になったからね。
高田
素晴らしいですね。
前田
少しずつ足したり引いたりしながら。小宮さんがいろいろなバージョンをたくさん録ってたんです。ときどき何が正解か分からなくなってきますよ(笑)。あと今回の脚本は全体的に笑い待ちがないから、けっこうすっ飛ばしていく。どこかドライブを楽しんでいく感覚というか、その楽しさってすごく良いなと思った。
根岸
編集でも結果的に微妙なタメを切っていく形になっていったのかなと思いますね。
前田
歩いている長回しも多いじゃないですか。そのテンポ感と予備校のカットバックなどいろいろあるので、ツーショットとカットバックを基本にしました。統一性を出さないといけないので、編集ではあまり間を縮めすぎたり、いじったりせずに、本当の芝居に近いテンポ感で編集してますね。
高田
現場で間を作ったり、「面白い台詞だから、大事にこういう風に言って」というようなことはせず流していったってこと?
前田
そう、流していくんですね。フルスロットルでいくから、見る人によっては置いてきぼりを食らうかもしれないけど(笑)。
根岸
わりとテイクが少なかった。
高田
台詞はああいう風にばーっと喋ってますけど、あの一行一行がすごく凝った台詞を書いてるんですよ(笑)。あの流れでは書いていない。最初のホンができるまでに一年近くかかってるんです。
前田
なにぶん、何もわからない男との会話っていう(笑)。
高田
何にも意味のないものを書こうと思って書いてたら、意味のない奴ってまったく展開ができないなと。
前田
面白いことを言う奴じゃなくて、本当に分からない奴。分からなすぎて逆に堂々としちゃってる感じとか、そのあたりの面白さはあったよね。漫才だったら掛け合いで3分とか5分間はあるけど、「これを延々続けるの⁈」という感じは相当難しいだろうなって(笑)。
根岸
でも、あの二人がそれによく応えてくれた。
前田・高田
本当にそうですよね。
根岸
『婚前特急』のときはパンクというか、芝居が上手いというより変な面白さが勝っていたお二人だったんですよね。だからスピード感っていうより、ハマケンだったら図々しさとか、吉高さんだったら捨て身感とか、早口で喋ってる風だけど実はスローモーだぞ、みたいな?逆にそれ自体が変化球であるようなスクリューボール感でしたけど。
前田
そこにプラスしてアクションだったり、壁突っ込みだったり、そういう大ネタもあったじゃないですか。今回は手ぶらなんですよ(笑)。仕掛けもないし、その流れのなかで見るから面白いんですけど、ワンシーンを切り取って撮影していても、おそらくみんな「何が面白いんだろうね」っていう空気だったんじゃないかと思うんです(笑)。
高田
この映画、大丈夫かって(笑)。
前田
ばーっといって終わっちゃう感じとか。
根岸
そうだね。清原さんも芝居は上手いけれど、重めの芝居やシリアス系に馴れていて、今回のような本格的なコメディはほぼ初めてだったから、最初はかなり戸惑っていたような雰囲気がありましたね。
前田
香住はどちらかというと行動が先じゃないですか。それまでの彼女のスタンスではないところもあるから、相当難しかったと思うんですよ。
高田
粒を立たせすぎず、流しすぎない、本当に良い感じで。ちゃんと曲がり角をくっきりと曲がりつつ、ギャグという感じでは言わないもんね。あれはすごい。
根岸
成田くんが昔のスクリューボール・コメディの男優みたいに見えたって言ってくれた人もいました。もしかしたらケイリー・グラントの線に近いのかな。部分的にはジム・キャリーだったけどね(笑)。
高田
本当ですよね(笑)。成田さんも素晴らしい。
前田
ちょっとした妖精的なものが似合うって所もありますよね。
高田
リアリズムも当然できる人なのに、ちゃんとこういう役の意味を分かった立ち振る舞いをしてくれている。もちろん、監督の演出もあってなんだけど。
(後編に続く)
(2021年2月10日、マッチポイントにて)
(文・構成=野本幸孝、文字起こし=遠山由紀奈)
前⽥弘⼆
映画監督。1978年生まれ、鹿児島県出身。テアトル新宿でアルバイトをする傍ら、自主映画を制作。『古奈子は男選びが悪い』が第10回水戸短編映像祭でグランプリを受賞。『遊泳禁止区域』(07)、『くりいむレモン旅の終わり』(08)、携帯ドラマの「婚前特急」シリーズを経て2011年『婚前特急』が公開される。スマッシュヒットを飾り第33回ヨコハマ映画祭新人監督賞を獲得、吉高由里子や浜野謙太にも賞をもたらした。以降ドラマ「太陽は待ってくれない」(12)、『わたしのハワイの歩きかた』(14)、『セーラー服と機関銃 −卒業−』(16)。配信ドラマ「しろときいろ 〜ハワイと私のパンケーキ物語〜」(18)等を経て『まともじゃないのは君も一緒』(21)に到る。
高田亮
脚本家。1971年生まれ、東京都出身。2011年、『婚前特急』で劇場映画脚本家デビュー。その後『さよなら渓谷』(13)、『銀の匙 Silver Spoon』『わたしのハワイの歩きかた』(14)を手がけ、『そこのみにて光輝く』(14)ではキネマ旬報ベスト・テン脚本賞、ヨコハマ映画祭脚本賞を受賞。そのほか『セーラー服と機関銃 −卒業−』『オーバー・フェンス』(16)、モスクワ国際映画祭正式出品の『武曲 MUKOKU』(17)、『猫は抱くもの』(18)、アニメ『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(20)などオファーが絶えない。
根岸洋之
映画製作。1990年、森崎東監督のドラマ「離婚・恐婚・連婚」でプロデューサーデビュー。主な作品に塩田明彦監督の『月光の囁き』(99)、『害虫』(02)、『さよならくちびる』(19)、山下敦弘監督の『リンダリンダリンダ』(06)、『天然コケッコー』(07)、『もらとりあむタマ子』(13)、前田弘二監督の『まともじゃないのは君も一緒』(21)、山下敦弘、今泉力哉監督のドラマ「午前3時の無法地帯」(13)等がある。短編に山下敦弘監督「土俵際のアリア」(09)、塩田明彦監督「約束」(11)、沖田修一監督「ファミリータイプ(Family plot)」(19 クレルモンフェラン国際短編映画祭でスペシャルメンション)等。最新作は21年秋公開、山下敦弘監督、白濱亜嵐主演のシネマファイターズ第4弾短編。北川篤也監督、高橋洋脚本の「インフェルノ蹂躙」(97)のDVDが21年5月7日にDIGレーベルより復刻発売予定。
ストーリー
普通(まとも)な恋愛って、なに?
外見は良いが、数学一筋で〈コミュニケーション能力ゼロ〉の予備校講師・大野。
彼は普通の結婚を夢見るが、普通がなんだかわからない。その前に現れたのが、自分は恋愛上級者と思い込む、実は〈恋愛経験ゼロ〉の香住。
全く気が合わない二人だったが、共通点はどちらも恋愛力ゼロで、どこか普通じゃない、というところ。
そして香住は普通の恋愛に憧れる大野に「もうちょっと普通に会話できたらモテるよ」と、あれやこれやと恋愛指南をすることに。
香住の思いつきのアドバイスを、大野は信じて行動する。香住はその姿に、ある作戦を思いつく。大野を利用して、憧れの存在である宮本の婚約者・美奈子にアプローチさせ、破局させ。ようというのだ。
絶対にうまくいくはずがないと思っていたが、予想に反して、少しずつ成長し普通の会話ができるようになっていく大野の姿に、不思議な感情を抱く香住。
ある時、マイペースにことを進める大野と衝突した香住は「もうやめよう」と言い出す。
すると大野は「今変わらないと、一生変われない。僕には君が必要なんだ!」と香住に素直な気持ちを伝える。
初めて誰かに必要とされた香住は、そんな大野の言葉に驚き、何か心に響くものがあり、初めての感情に「これって何!?」と悩み始める。
二人の心がかすかに揺らぎ始めた時、事態は思わぬ方向へと動き出す。二人が見つけた《普通》の答えとは?
『まともじゃないのは君も一緒』ロング予告編
出演:成田凌、清原果耶、山谷花純、倉悠貴、大谷麻衣、泉里香、小泉孝太郎
監督:前田弘二
脚本:高田亮
音楽:関口シンゴ
主題歌:THE CHARM PARK「君と僕のうた」
プロデューサー:小池賢太郎、根岸洋之
配給:エイベックス・ピクチャーズ
製作:「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会
共同幹事:エイベックス・ピクチャーズ、ハピネット
企画製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ、マッチポイント
公式サイト:matokimi.jp
公式Twitter/Instagram:@matokimi_movie
©︎2020「まともじゃないのは君も一緒」製作委員会