即興の才と動物たちの芝居
根岸
『赤ちゃん教育』などは、おそらくケイリー・グラントの即興も含めて、「やれやれ〜!」という感じでやっちゃったんでしょうね。ホークスは脚本に忠実というより、そういう場をつくるのが上手かっただろうし、でっちあげる演出力があったんだと思います。
前田
好きですけど、日本だと渥美清さんやフランキー堺さんなどの喜劇人映画ってあるじゃないですか。だけどスクリューボール・コメディはコメディアンのノリではないですよね。
高田
やはり俳優さんが立ってますもんね。
根岸
美男美女のロマンスというのが基本で、そこにドタバタをぶちこむという合わせ技なのかな。ケイリー・グラントは最強だという気がしますけどね。ヘンリー・フォンダは無理やりやらされて、少なからずムッとしてたんだろうなと思います。
高田
でもだからこそ、ヘンリー・フォンダが転ぶのが面白いんですよね(笑)。キャサリン・ヘプバーンもそうですけど、スクリューボール・コメディを見ていてよく思うのが、ああいうシリアスな顔立ちをした人が変なことをしたほうが笑えるんですよね。
前田
それはありますね。
根岸
ケイリー・グラントの場合も、楽々と平然と変なことをやれてしまうというのがある意味すごい。
高田
そうですね。ちょっとトランプのジョーカー的な存在。何にでもいけるっていう感じがあります。
前田
タフそうですもんね。こんなことをして「この人大丈夫?」っていう(笑)。
根岸
本当に自分でやってますからね。吹き替えじゃなくて。ジョージ・キューカーの『素晴らしき休日』(38)でも、大銀行家の令嬢で変わり者のキャサリン・ヘプバーンと意気投合して、バク転したり、バク宙したり、側転したりする。階級格差を描いた真面目な話なのに、そういう所だけ急にアクロバティックになるとか、変なバランスだなって思って(笑)。
高田
レオ・マッケリーも、午前中はまったく仕事をせずに皆でダラダラしていて、午後から急に撮り出して、午前中に皆で喋りながら決めたことを一気に撮るみたいな感じだったとか。
根岸
レオ・マッケリーはもともとギャグマンだった人。もちろんシナリオもあるんだろうけど、その場その場でいろいろなギャグを考えるということに慣れていた。
前田
ギャグマンほしいですね。現場で笑いをつくって、採用されたらギャラが派生する(笑)。
高田
昔のハリウッドはいいね(笑)。でもレオ・マッケリーの映画ってわりとまともだけど(笑)。
根岸
レオ・マッケリーの『新婚道中記』だと、犬の使い方がめちゃくちゃ上手いですね。犬も芝居をしている。
前田
『赤ちゃん教育』のヒョウとか、スクリューボール・コメディに出てくる動物は面白いですよね。
根岸
そう。『新婚道中記』の最後では猫も上手く使っている。別室で寝ているアイリーン・ダンとケイリー・グラントが、あと5分で離婚成立というときに部屋の扉が風で開いたりガタガタしていて、開いちゃいけないと思いながら、お互いに相手のことが気になって仕方ない。一度その扉が完全に閉まっちゃって、グラントが「あれ?おかしいな、どうしたんだろ?」と開けようとすると、反対側では猫が必死に手で押さえていたという。
前田
猫に犬にヒョウに蛇に(笑)。
根岸
『赤ちゃん教育』のヒョウはやばいというか、すごすぎるよね。
前田
ちょっと怖かったですけどね(笑)。笑いながらも「怖っ!」て。
高田
「これ大丈夫かな」と(笑)。
根岸
あれは実際にヒョウと同じショット内で芝居をさせられて、キャサリン・ヘプバーンはものすごく怖かったらしい(笑)。
高田
ハワード・ホークスはいろいろな映画で動物を出しまくりますもんね。
根岸
『ハタリ!』(62)とか。
高田
『モンキー・ビジネス』(52)にも、水に薬を混ぜちゃうチンパンジーが出てきて、子どもに戻っちゃう。
前田
サーカスチックなんですよね。
高田
そうそう。それでいろいろなことが急に暴走しはじめる(笑)。
根岸
日本映画で動物をそこまで動かすっていうのは、なかなか難しいですよね。犬猫ものはほとんどいい話ばかりで。一度、お二人で猿を題材に映画をつくろうとしてなかった?
高田
猿の研究に没頭していて、合コンとかに行っても猿の話ばかりするから全然上手くいかない女の人の話。
根岸
初期設定としてはスクリューボール・コメディ的で楽しそうではあるんだけど、なかなか成立しそうにない匂いもした(笑)。是非やってほしいとは思いましたけど。
高田
そう(笑)。その女性に片思いをしているのが市役所の人で、その人は風力発電を誘致したいと思ってるんですよ。だから、猿の居場所を奪われてしまうと思いつつ、その反対の立場にある奴とできてしまうという。やっぱりスクリューボール・コメディ的なものをやりたがってるんですよね(笑)。
前田
猿がたくさん出てきて、最後は猿神みたいな(笑)。だいぶ昔の話ですけどね。
高田
そうそう。確か自分が猿になる夢を見るんだよね(笑)。