サイコパスとストーカー?
根岸
スクリューボール・コメディでは人物の動きが先行するか、事態がどんどん推移してしまうかっていうのはよくありますよね。
高田
でも『パームビーチ・ストーリー』で仲の壊れた夫婦の夫が復縁を迫るじゃないですか。そうすると、後半くらいでクローデット・コルベールを狙っている金持ちの男が窓の外からラブソングか何かを歌うんですよね。
根岸
ルディ・ヴァリー。世界一の金持ちという役ね。
高田
そうです。そうすると、その音楽が部屋の中で復縁を迫っている旦那との雰囲気を盛り上げてしまい、突然すごくロマンチックになる。それまではそういう心理描写とかは関係なく進んでいたんだけど。
前田
急に放り込んでくる。
根岸
婚約者だったり、結婚直前とか婚約破棄される場合の相手役、つまり振られる方の側は比較的「心理がない」というパターンが多いのがスクリューボール・コメディの鉄板という気がします。
高田
ああ、捨てられる側はね。
根岸
捨てられる側の心理がない。あまりウジウジしてない。ルディ・ヴァリーにしても、振られたらすぐ「ビジネスはビジネスでやりましょ」って提案を始めるし、双子がいると聞いたら、つまりそれは「顔が一緒だからOK」となる。
高田
じゃ、それでいいやって(笑)。
根岸
双子と結婚してしまう。機械的というか。普通に考えると、いまそれをつくってくれといわれたら実際には相当難しいところはあるんだけど、プレストン・スタージェスの場合はその躁状態の勢いが凄まじいので説得されてしまう。
前田
スタージェスは一応フォローしますけど、ハワード・ホークスだとわりとやりっ放しにしますよね。『ヒズ・ガール・フライデー』(40)なんて、婚約者は散々な目にあって普通に可哀想じゃないですか(笑)。
高田
どうでもいいんだよね(笑)。
根岸
振られる婚約者役はラルフ・ベラミーという俳優。
前田
そう。ケイリー・グラントの役回りはロザンリンド・ラッセルを取り戻すため、あの手この手を使うけど、自分の立ち位置を上げていたいから、自分からは言わず遠まわしにどんな手を使ってでも彼女を引き止めようとする人。行動だけでいうと、もう完全なサイコパスですよ。
根岸
確かにね。
前田
はっきりいって、あの人の場合は良心のかけらもないですよね。
高田
実はサイコパス的人物がいっぱい出てくるよね。
根岸
うん(笑)。だから、そこをまったく問わないっていうのが良いんですよね。
前田
いや、そうですよ。だけど、それってやばくないかと(笑)。「共感」とかいわれると「え? 何それ」っていうレベルの世界。
根岸
現代的にリメイクするとすごくサイコなキャラになるよね。
前田
完全にサイコパスですよ!そういう意味では『赤ちゃん教育』のキャサリン・ヘプバーンはストーカーじゃないですか。だから、大胆にいってしまえばサイコパスとストーカーなんですよね(笑)。
高田
スクリューボールの登場人物って、何かに固執して、異常に突き進んでいくじゃない。
根岸
それで人々を巻き込んでいく。
前田
けっこうケイリー・グラントが怖いんですよね。ちょっと内面が分かり難くて。
根岸
内面的ではない「表面的な芝居」というと、奥がないように見えるし、そういう意味ではアカデミー賞を取るような芝居はしていないかもしれないけれど、ケイリー・グラントは映画俳優として本当に素晴らしいですよね。
前田
少しヒヤヒヤするんですよ。
根岸
ヒッチコックの映画で真顔でひたすら走るみたいなシーンもあるけど、ああいうことを平然とやれる人だよね。同じようにいい役者だと思いますが、そこがおそらくヘンリー・フォンダとは違う。例えばフォンダは『レディ・イヴ』で転んだり、食ベ物が顔にかかったり、いろいろひどい目にあわされていますけど、あれは現場でかなり怒ってたんじゃないかという気がする。その点、グラントはそういうことを喜々としてやっていそう。
高田
『レディ・イヴ』のヘンリー・フォンダはすごく好きですよ。
根岸
ケイリー・グラントはもともとサーカスにいた人だしね。
高田
あ、そうなんですか⁉︎
前田
でもサーカス出身という気配がまた感じにくくて(笑)。何かこう、顔を見てるだけでもスリリングというか。
根岸
グラントは表情があんまり変わらないっていうのはあるね。彼は表層で受け流して、アクションで見せつつ、陰と陽の場合に分かれている。特に『赤ちゃん教育』なんかは眼鏡をかけて可愛らしいよね。
前田
そう、逆に巻き込まれる役ですよね(笑)。
高田
『新婚道中記』(36)では自分が不倫をしていたくせに、奥さんも不倫をしていたことに気づくと、離婚を申し立てて付きまとう役。でも付きまとっていても何か陰湿な感じがしない」
前田
そうそう。
高田
このあいだ見直して面白かったのは、ドアの裏側にケイリー・グラントが隠れていて、その表側で元奥さんと彼女にアプローチしている男がやりとりしている場面。男が詩を書いてきたから読むよなんて話しているそのすぐ後ろで、グラントが彼女をくすぐって笑わそうとする。スクリューボールに限らず、昔のすごい監督って隠れている人をきっちり見せながら撮るじゃないですか。「そんな所に隠れていたらバレるだろ⁉︎」という場所に平然と隠れている。他人になりすますこともそうですが、そういう誰にでも分かることを分からない感じで押し通してしまう。監督自身に「これでいいんだ」という意思がある。
根岸
確信犯ですよね。「これでいける」って。
高田
映画的には「分からない」で押し通してしまう。『パームビーチ・ストーリー』で、服がなくなったときにカーテンを巻き付けてごまかすじゃないですか。ああいうのはいまだと普通はできないけれど、何とかしてできないかなとよく思います。
根岸
『赤ちゃん教育』では、ケイリー・グラントがシャワーの後で女装させられるよね。服を全部クリーニングに出されてしまい、お金持ちのおばさんが帰ってきて、お互いに「お前は誰だ」って言い合う。グラントが飛び上がって“I am Gay”って言うんだけど、あれは即興らしいですね。
高田・前田
へえ〜!
根岸
“Gay”には「陽気」とか「快活」という意味と、同性愛的な「ゲイ」という二つの意味をかけてるのかなと思う。いきなりよく言ったよなって思いますけど(笑)。