嘘をつくためのリアリティと脱線、『婚前特急』の場合

前田
それと恋愛に関しての理由が不明というか、「いつの時点で好きになったんだ?」って、好きになる瞬間が見直してもよく分からないんですよね(笑)。でも、そこがアクロバティックで僕は面白いなと思っていて。

高田
でも瞬間的に納得するときがあったりもする。

前田
そうなんですよ。

高田
『赤ちゃん教育』で、キャサリン・ヘプバーンが見ず知らずの心理学者に「私が行くところに必ずケイリー・グラントが現れるんだけど、何でだと思う?」と尋ねて、彼が「それは君のことが好きだからだよ」って答えたら、急にその気になりはじめたり。

前田
それで、「あんた私のこと好きなんでしょう?」みたいに言い寄っていく(笑)。

高田
逆にね(笑)。

根岸
でも、あれはキャサリン・ヘプバーンが追っかけてるんだもんね。

前田
ただ『レディ・イヴ』は、恋愛に関してはちょっと分かりにくいんですよね。

高田
いつバーバラ・スタンウィックが彼のことを好きになったのかが謎なんだよね。

根岸
でも、あれはカードゲーム詐欺で最初は金持ちを引っ掛けようとしているうちに、どこかで好きになっちゃったんでしょうね。そのシーンが厳密には分からない(笑)。でも、それも何かいいよなっていう。

高田
バーバラ・スタンウィックがヘンリー・フォンダの部屋にいた蛇を異常に怖がって、「部屋に送ってくれ」って言うじゃないですか。私の部屋にも蛇がいるかもしれないから、探してみてくれと言い出す。それも騙しの手管なのかと思っていたら、翌日、スタンウィックが蛇の悪夢にうなされて跳び起きるんですよ。あ、そこは本心だったんだって分かる。

根岸
『レディ・イヴ』の場合はアダムとイヴだけど、スクリューボール・コメディでよく出てくるのが神話的な枠組みや昔話。だから蛇も出てくる。そういう枠組みを使いながら、必ずしも知的にはやらずに、ドタバタギャグみたいな活劇としてやるっていう可笑しさですよね。

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前田
スタージェスって、おとぎ話風に始まりますもんね。

根岸
『パームビーチ・ストーリー』でも、最初の出だしがまったくわけが分からない。「ウィリアム・テル」序曲に乗って結婚式に行くまでのドタバタがいきなり出てきて、「二人は結婚しました。だけど幸せになりました、かどうかは微妙?」みたいに始まり、夫婦仲が停滞した五年目あたりに時間が飛んで、倦怠感から始まるという。

前田
「幸せに暮らしました、本当に?」って(笑)。洒落が強烈。

根岸
スタージェスは脚本家出身だからとても面白いけれど、そのあたりの練り方が脚本家ならではだと思います。

前田
『パームビーチ・ストーリー』のラストなんて、そっくりな双子と結婚(笑)。

高田
ダブル結婚でおしまいっていう(笑)。

根岸
心理描写があまりないですよね。

前田
現代でやるとしたら、たぶんこれはちょっと受け入れにくいんですよ。僕は面白いと思うんですけど、いまの視点であれをやると、当時のノリというか、突っ込みどころ満載みたいなところの良さが、「何それ⁉︎」と逆にマイナスに受け取られてしまう感じがある。

根岸
でも逆にいうと、当時も本当に受け入れられたかどうかは分からないよね。一部では受け入れられたのかもしれないけれど。

前田
そうですよね。いい加減さや強引さが面白さになってるんですけど、それを娯楽として楽しめるかといったら、いまは受け入れにくいところではあるのかなと思うんです。『婚前特急』のときは、その変換がすごく難しかった。そこで人物にはわりとリアリティを出させておいて、フィクション度を少しずつ高めていくようにしました。民家に突っ込んだりとか、保護房に入ったり、壁が壊れたり、みたいな。

高田
アパートの壁が壊れるのを頂点として、そこまでを少しずつ上げていくっていうのは、かなり意識的に微調整をして。

前田
最初からやってしまうと「あり得ない」になっちゃうから。そのあたりのバランスが色々ありましたよね。

高田
だからチエと付き合っている5人の職業とかも、特殊っていうよりは多少個性的だけど、古いバイクを直している人で不動産屋の息子、というような。

前田
嘘をつくためのリアリティのバランスをどうとらなきゃいけないか、っていう話は延々としてましたね。

高田
そう。蛇の研究者と詐欺師みたいな組み合わせは面白いし、やりたいんだけど、なかなか難しい(笑)。

根岸
『レディ・イヴ』の場合は復讐がテーマだから、細かく見れば『婚前特急』とはまったく似てないんだけど、大枠でいえば中盤で主人公の女性が男性に復讐してやるぞ、となるミッドポイントだけは似てると思う。

高田
僕も『婚前特急』のときに『レディ・イヴ』をかなり見直しました。

前田
振り向かせて振る、みたいな構造は『レディ・イヴ』だけじゃないと思いますけれど。

高田
結構あるっちゃあるよね。

根岸
『婚前特急』でチエがスクーターに乗るところで、モーツァルトの『魔笛』がかかるじゃないですか。あれはまさに復讐のテーマですよね。

高田
それは根岸さんチョイスですよね。

根岸
無理やり入れたっていう(笑)。

高田
クラシックな映画の感じをいまっぽくやろうとすると、どこか無理がきたりするけど、その中で意識的に根岸さんが一つひとつアイデアを出してくれた。そういう直しの過程はありましたよね。

前田
ありましたね。根岸さんからは『婚前特急』のどこかで歌うシーンがほしいという発注もありました。

根岸
そんなこといいましたっけ?

前田
ええ。だから百人一首にしたんですよ(笑)。

根岸
あー!

前田
普通に歌ってもなあってことで、じゃあ百人一首にしようと。

高田
最初はどこかの村の変な祭りが好きだという設定にして、それを加瀬(亮)さんとハマケン(浜野謙太)さんが「俺もその祭り知ってるよ!」と意気投合して、二人で踊りだすと書いたんですけど、それは行き過ぎだろうって(笑)。さすがにそれはないだろうとなって、もう少し普通っぽくして百人一首にしたんですよね。『パームビーチ・ストーリー』のウズラクラブもそうですが、スクリューボール・コメディで脇役が少ししか出てこないのに、急にそこが盛り上がったりするパターンがあって。そういうのはレオ・マッケリーも上手いですよね。『人生は四十二から』(35)で、ポーカーで取られた執事をアメリカに連れ戻しに金持ちがやって来て、踊り子の女の子とワンシーンだけドラムの叩き方の練習をしていたら仲良くなってしまい、次のシーンでは「結婚する」って言い出す場面がありました。そういうスクリューボール・コメディの脇役たちの活躍っていいですよね。

前田
『パームビーチ・ストーリー』で列車の中で急にクレー射撃を始めるシーンとかも、一見、意味を見失ってしまうじゃないですか。映画見てて、「あれ?俺なに見てたんだっけ?」って(笑)。

根岸
しかも、犬がたくさんいる。犬を引き連れて車両を移動するって、いま考えるとどうなんだよっていう話だよね(笑)。

高田
彼らのせいで車両が切り離されるんですよね。

前田
その脱線具合や面白さが、本筋と違った形で急に入ってくる。

根岸
あそこがまた意外と長いんだよね。延々と撮っている。

高田
そうそう(笑)。

前田
それこそハワード・ホークスはギャグを繰り返し繰り返しやるじゃないですか。逆に怖くなってくるくらい(笑)。

高田
そう、何かひとついいアイデアを思いつくと、『教授と美女』の飲み屋でバンドの一人がマッチ棒でドラムをやるみたいになって、それを延々と見せられるんだよね。ひとしきり叩いた後にマッチつけて終わり、みたいな。いったい何の話なんだよっていう(笑)。

Ball of Fire - Drum Boogie Clip

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根岸
スクリューボール・コメディは金持ちで変人っていう設定が多いですよね。『婚前特急』はリアリズムによっている部分もあるけど、少しずつ変な要素も見えていて、例えば、青木崇高さんの役はいろいろな趣味に凝って、いまはケーブルの音の違いにハマっているバイク屋の人。「この音で聴いてくれ」って言って、ヘビメタみたいなやつをいきなりチエに爆音で聴かせてくる。

高田
それで、チエがヘロヘロになる(笑)。

根岸
すごい音量なのでチエは逃げ帰ってきて、杏さんに「死ぬかと思った」と文句を言う。ああいう「プチ変人」を出すようなことはやってましたね。

前田
その変人具合も「いま」なので、どれぐらいまで受け入れられるかっていう線引きが難しい。