8月16日(現地時間)に閉幕した第78回ロカルノ国際映画祭において、三宅唱監督の『旅と日々』がインターナショナル・コンペティション部門の最高賞・金豹賞を受賞した。つげ義春の二つの短編をゆるやかに脚色した本作は、夏と冬、海辺と雪山、若者と脚本家という二重の物語を重ね合わせ、〈旅〉を通じて人がどのように孤独や不安、そして言葉に捕らえられた自己から解放されるかを描き出している。審査団が高く評価したのは、劇的な対立ではなく、日常のなかに潜む沈黙や身振りの持続をショットに刻み込む眼差しだった。

画像1: © 2025『旅と日々』製作委員会

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〈生活の単位=ショット〉という方法

三宅唱の映画は一貫して、生活の最小単位をショットに定着させる試みである。歩く、踊る、沈黙する、繰り返し練習するといった動作は、物語の従属物ではなく、そのまま映画の骨格となる。『Playback』(12)ではモノクロームの時間が過去と現在を滲ませ、『きみの鳥はうたえる』(18)では函館の夜をさまよう若者たちの会話や沈黙が時間そのものを形づくった。『ケイコ 目を澄ませて』(22)では、ボクサーの訓練や日常のルーティンが反復の中に宿る強さを刻みつけていた。

『旅と日々』において、その実践は「言葉を離れる」旅のモチーフと結びつく。主人公の脚本家・李(シム・ウンギョン)は、言葉に囚われる苦悩を抱えつつ、「旅とは言葉から離れようとすることなのかもしれない」と独白する。ショットの中で沈黙や身振りが意味を担うとき、生活そのものが言葉を超えた出来事として立ち上がる。ここにこそ、三宅が追い続ける映画があるといえるだろう。

『ケイコ 目を澄ませて』予告編

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『無言日記』から『夜明けのすべて』へ

この「言葉を離れる」志向は、三宅がライフワークとして続ける『無言日記』に端的に表れている。iPhoneによって撮影された言葉も説明も排した断片の記録は、生活の最小単位をショットとして提示し、沈黙の厚みや微細な身振りをそのまま映す場であった。それは長編映画における「生活の単位=ショット」という思想の原型であり、『旅と日々』における静寂や孤独の描写を裏打ちするものである。

近作『夜明けのすべて』(24)では、PMSやパニック障害を抱える二人の会社員が、互いの存在を介して生きづらさを和らげていく物語だった。ここでも、語りすぎない沈黙や仕草、散髪やただ寄り添うことといった言葉未満の関係が、重要な意味を担っていた。そして、二人が未来へ新たな一歩を踏み出す決定的なきっかけとなったのは、今ここにはいない、語るべき言葉を持たない人物による〈声〉だったということも指摘しておくべきだろう。

『夜明けのすべて』予告編

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集大成としての『旅と日々』

『夜明けのすべて』が提示した「声を持たずとも他者と共にいることの可能性」は、『旅と日々』において「言葉から遠く離れることによって自らを再生する契機」としてさらに拡張されている。都市の労働環境における生きづらさから、文化的孤立や創作の停滞へと舞台を移しながら、言葉を離れ、静寂と身振りを基調とする新たな生活の単位を見出すことが、三宅の映画において連続的に試みられているのだ。

このように、『旅と日々』は三宅唱がこれまで取り組んできた実践の延長線上にあり、その成果を確かなかたちで結実させた作品である。今回の金豹賞受賞は、彼の映画づくりが国際的に認められたことを意味すると同時に、日本映画が今後どのように世界と関わっていけるかを示唆する出来事ともいえる。

三宅と同世代の濱口竜介もまた、早い段階で注目を集め、国内外での評価を積み重ねてきた。濱口が長大な対話を通して人間関係の揺らぎを描き出すのに対し、三宅は沈黙と身振りから生活の厚みを掬い取る。方法は異なりながらも、両者は現代日本映画に新たな可能性を切り開いている点で共通する存在である。互いに異なる方向から映画の未来を照らすこの二人が、日本映画の次代を担う作家であることは疑いない。

画像3: © 2025『旅と日々』製作委員会

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インターナショナル・コンペティション部門受賞一覧

•金豹賞(最優秀作品)
『旅と日々』
三宅唱監督(日本)

• 審査員特別賞
『白いカタツムリ』WHITE SNAIL
エルザ・クレムザー、レヴィン・ペーター監督(オーストリア/ドイツ)

• 最優秀監督賞
『傷ついた土地の物語』TALES OF THE WOUNDED LAND
アッバス・ファデル監督(レバノン)

• 最優秀演技賞
マヌエラ・マルテッリ、アナ・マリヤ・ヴェセルチッチ
(『神は助けない』BOG NEĆE POMOĆI/ハナ・ユシッチ監督)

• 最優秀演技賞
マリヤ・インブロ、ミハイル・センコフ
(『乾いた葉』DRY LEAF/アレクサンドレ・コベリゼ監督)

• スペシャル・メンション
『乾いた葉』DRY LEAF
アレクサンドレ・コベリゼ監督(ドイツ/ジョージア)

三宅唱監督最新作『旅と日々』予告編

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監督・脚本:三宅唱
出演:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
音楽:Hi’Spec
製作:映画『旅と日々』製作委員会 
製作幹事:ビターズ・エンド カルチュア・エンタテインメント
企画・プロデュース:セディックインターナショナル 
制作プロダクション:ザフール
配給・宣伝:ビターズ・エンド 
©2025『旅と日々』製作委員会

公式X:@tabitohibi 
公式Instagram: @tabitohibi_mv 
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