音楽家・アーティスト、坂本龍一の最大規模の個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」が3月30日まで東京都現代美術館において開催されています。この展覧会は、坂本が生前に構想した内容をもとに、音と時間をテーマにした未発表の新作を含む約10点のサウンド・インスタレーション作品を展示します。坂本は50年以上にわたり、音楽と美術の境界を超える表現活動を行い、特に2000年代以降は音を空間に立体的に配置する実験を進めました。本展では、音と時間に対する彼の独自のアプローチが、鑑賞者に新しい体験を提供し、視覚と聴覚を通じて心を揺さぶる作品が展開されます。
本展示のコラボレーションアーティストには、高谷史郎、真鍋大度、カールステン・ニコライ、アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalan、岩井俊雄、そしてスペシャル・コラボレーションでは中谷芙二子が名を連ねています。
会場に入ると、坂本と高谷史郎によるコラボレーション作品が5点展示されています。坂本は、2011年の東日本大震災で津波の被害を受けた宮城県農業高等学校のピアノと出会い、それを「自然によって調律されたピアノ」として捉え、作品《IS YOUR TIME》(2017/2024)を生み出しました。このピアノは、大自然の力によってひとつの存在となり、地震データを基に地球を鳴動させる装置として再生します。

展示風景:坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》(2017/2024)
photo©︎moichisaito
また、坂本と高谷のインスタレーションには、水や霧が重要な要素として繰り返し登場します。坂本の代表作《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》(2007)では、坂本のオペラ『LIFE』(1999)を基にしたサウンドと映像に包まれた空間で、頭上に浮かぶ9つの水槽が点滅し、庭を歩くように静かに過ごしながら、従来の直線的な体験とは異なる時間と空間の広がりを感じることができます。《water state 1》(2013)や、今回の展覧会のために制作された《async–immersion tokyo》《TIME TIME》(どちらも2024)も展示されます。

展示風景:坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》(2007)
photo©︎moichisaito

展示風景:坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible...》の部分(2007)
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展示風景:坂本龍一+高谷史郎《water state1》(2013)
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展示風景:坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》(2024)
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展示風景:坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》(2024)
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「アルヴァ・ノト」名義で2002年以降、坂本ともアルバムを手がけてきたカールステン・ニコライの新作映像作品《PHOSPHENES》《ENDO EXO》(いずれも2024)は、フランスの小説家ジュール・ヴェルヌの空想科学小説『海底二万里』にインスパイアを受けて制作されました。ニコライはこの作品から着想を得て、初の長編映画『20000』の構想を練り、脚本を執筆しました。かつてニコライはこの映画のアイデアを坂本に話し、二人は対話を通じてその構想を深めていったと言われています。本展では、この映画の一部である2章を初めて映像化し、各映像には坂本の生前最後のアルバム『12』のトラックが使用されています。

展示風景:カールステン・ニコライ《ENDO EXO》(2024)
photo©︎moichisaito
坂本は、2017年にリリースされたアルバム『async』をきっかけに、同アルバムを「立体的に聴かせる」ことを意図し、Zakkubalan、アピチャッポン・ウィーラセタクン、高谷史郎らとインスタレーション作品を制作しました。Zakkubalanとのコラボレーション作品《async–volume》(2017)は、坂本が『async』制作のために過ごしたニューヨークのスタジオやリビング、庭などの映像を、各場所の環境音とアルバムの音素材と共にミックスし、ひとつのインスタレーションとして構成された作品です。

展示風景:坂本龍一+Zakkubalan《async–volume》(2017)
photo©︎moichisaito
アピチャッポン・ウィーラセタクンとのコラボレーション作品《async–first light》(2017)では、坂本が「Disintegration」と「Life, Life」の2曲を映像用にアレンジしました。作品は「デジタルハリネズミ」と呼ばれる小型カメラで撮影された親しい人々の日常を、解像度の低い粗い画面と温かみのある色合いで構成し、私的な瞬間が切り取られています。

展示風景:坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン《async–first light》(2017)、アピチャッポン・ウィーラセタクン《Durmiente》(2021)
photo©︎moichisaito
アーカイブ特別展示として1996–97年のパフォーマンスを再現した新作インスタレーション
坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images X Images Play Music》1996–97/2024(初公開)も見逃せません。1996年に水戸芸術館で初演された坂本龍一のMIDIピアノと岩井俊雄のプログラムによる作品では、坂本の演奏が瞬時に映像化され、音がスクリーンに可視化されました。本展では、岩井のアーカイヴから発掘された97年のアルスエレクトロニカでの演奏データをもとに、坂本の演奏がインスタレーションとして再現され、まるで坂本がその場にいるかのような感覚を与えます。

展示風景:坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images X Images Play Music》(1996–97/2024)
photo©︎moichisaito
1階中庭に展示された真鍋大度とのコラボレーション《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》は、電磁波という人間が知覚できない「流れ」を生態系として捉えた作品です。展示では、屋外に16mのLEDディスプレイを設置し、変化し続ける東京の目に見えないインフラを映像と音で表現します。

展示風景:坂本龍一+真鍋大度《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》(2024)
photo©︎moichisaito
坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎のスペシャル・コラボレーション《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662は、1970年の大阪万博での「霧の彫刻」で知られる中谷との共同作品です。東京都現代美術館の屋外サンクンガーデンで、霧、光、音が一体となり、自然への敬愛と畏怖を感じさせる夢幻的なシンフォニーを展開します。

展示風景:坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662(2024)
photo©︎moichisaito
本展示は、これらの作品を通じて、坂本の先駆的・実験的な創作活動の軌跡をたどり、さらに新しい一面を知ることもできる貴重な機会です。ぜひ、坂本が追求し続けた「音を空間に設置する」という芸術的挑戦と、「時間とは何か」という深い問いかけに思いを馳せながら、従来の音楽鑑賞や美術鑑賞とは異なる体験をしてください。
概要
会期:開催中~2025年3月30日
会場:東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
電話番号:050-5541-8600
開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで
※3月7日、14日、21日、28日、29日は20:00まで臨時夜間開館
休館日:月、2月25日(2月24日は開館)
料金:一般 2400円 / 大学生・専門学校生・65 歳以上 1700円 / 中高生 960円 / 小学生以下 無料