世界15大映画祭 エストニアのタリンで開催される第28回「タリン・ブラックナイト映画祭」にてクリティック・ピックス(批評家選出)部門でBEST FILM賞を受賞した『北浦兄弟』の辻野正樹 監督が、現地の映画祭で感じたこと体験したことをリアルに書き綴ったレポートをお届けいたします。
初めての海外映画祭に参加した様子・上映・受賞のリアルなお話をお楽しみください。
初日 到着~
エストニアのタリン空港に到着したのは、11月21日の午後2時過ぎ。一人でエストニアに行くって事が不安で仕方がなかったので、とりあえず目的の国まで辿り着けた事で、胸を撫で下ろしていました。海外旅行の経験がとても少ない僕なので、もちろんエストニアに来るのは初めて。エストニアは、旧ソ連で、バルト三国の一つ。フィンランド湾に面している小さな国です。
今回、僕がエストニアの首都であるタリンを訪れた目的は、「タリン・ブラックナイト映画祭」への参加です。俳優であるマチャアキこと中野マサアキと一緒に企画を立ち上げ、自腹で製作費を絞り出して作った、僕の監督としての長編映画第二作目となる『北浦兄弟』が、ブラックナイト映画祭のクリティック・ピックス(批評家選出)コンペティション部門に選出されたのです。
タリン・ブラックナイト映画祭というのは、多くの人にとって聞き慣れない名前だと思いますが、北欧、バルト三国では最大の映画祭で、映画祭公式サイトによると、国際映画製作者連盟認定の15大映画祭の一つとのことです。かなり規模の大きい映画祭です。僕自身は、海外の映画祭に参加するのが初めて。世界中から、映画人が集まって来て、その場に自分も参加できるって事を考えたら、とてもワクワクします。
空港には映画祭が用意してくれたお迎えの方が車で来てくれているという手筈に。(お迎えの人に会えなかったら、俺はホテルまで辿り着けるのだろうか……。俺、英語は中学二年生レベルだし……)と、不安だったのですが、無事、合流することができ、ホテルへと連れて行ってもらう。これで一安心。ホテルには、一足先に到着しているマチャアキと、ボランティアで僕らをサポートしてくれる日本人の学生さんが待ってくれているのだ。(ボランティアってことは、僕らのために無償で動いてくれてるわけだから、毎回食事くらいは奢ってあげるべきだろうな)などと考えを巡らす。
ホテルに到着し、マチャアキ、学生さんと合流。予想外だったのは、学生ボランティアのAさんが、なんと還暦のオジサン。還暦になっても、勉強したいことがあって、エストニアの大学に留学中とのこと。素敵な人生だな。そして、とても心強い! マチャアキも、僕と同じく中二程度の英語力なのだから。エストニアの公用語はエストニア語なのだが、英語がかなり通じる。Aさんは、エストニア語はあまり話せないらしいけど、英語は堪能なのだ。そして、食事は奢らなくてもよさそうで助かった。
ホテルは、世界遺産にも登録されている旧市街と呼ばれる一角の、すぐ近く。旧市街は、中世のヨーロッパらしい街並みが、そのままに近い状態で残っている。一歩、足を踏み入れると、中世にタイムスリップしたか、映画の中の世界に入り込んだかのような感覚になる。
Aさんは、大学の授業に行ってしまったので、マチャアキと旧市街を見て回った後、映画関係者が集まるというバーへ。映画祭に来ている人に、一人でも多く、『北浦兄弟』の事を知ってもらいたかったのだが、バーには、それらしき人は全くいない。結局、店員さんにチラシを渡して、初日は終了。
2日目
今日はついに『北浦兄弟』のワールドプレミア上映の日だ! ワクワクするけど、不安も一杯。お客さんが全然いなかったら、どうしよう。そもそも、日本の中ですら無名の監督の作品を、海外の人が観に来てくれるわけないんじゃないだろうか?
その日の午前中のイベントは、寒中水泳。毎年、希望する映画祭参加者が、極寒のバルト海で泳ぐというのが恒例になっているのだ。うっすら雪が積もっている海岸から、僕もマチャアキも、バルト海に突入。尋常じゃない冷たさ。だけど、なんとも言えない楽しさ。水泳参加者の皆さんに、『北浦兄弟』の宣伝も出来て、実に楽しい時間でした。
その後、少し観光したり、インタビューの撮影があったりして、夜は、いよいよ「北浦兄弟」の上映。会場は、ホテルのすぐ近くにあるシネコン。『北浦兄弟』が上映される会場は、120席程で、なんと、すでにチケットはソールドアウトとのこと。
Aさんに連れて行ってもらって、会場の控え室に入ると、映画祭キュレーターのニコライさんが迎えてくれた。ニコライさんは、『北浦兄弟』の事を、とても気に入ってくれている様子。僕の事を「日本のヒッチコックだ!」と言って、大絶賛。『北浦兄弟』は、確かにヒッチコックの『ハリーの災難』と通じるところがあるブラックコメディなんだけど、流石に「日本のヒッチコック」は言い過ぎだろう。でも、褒められて嬉しい。
上映開始の時間が近づいてきた。僕らは、観客と一緒に客席で映画を鑑賞することに。上映のMCは、ニコライさん。ニコライさんが僕とマチャアキを舞台上に呼び込んでくれて、お客様に挨拶。僕は「面白いと思ったら、声を出して笑ってくださいね」と観客にお願いした。実は、ニコライさんから、「エストニア人は、シャイだから、面白くても声を出して笑わない」と聞いていたからだ。
客席の照明が落ちて、映画が始まった。10分もすると、少しずつ笑い声が聞こえてきた。あれ? なんか、好感触だぞ。次第に笑い声が大きくなってくる。これはもしかして、大成功なんじゃないだろうか?
94分の上映が終了し、客席から拍手が起こった。僕とマチャアキは、上映後のQ &Aのため、再び舞台上へ。お客さんは、たくさん質問してくれた。本当に映画を楽しんでもらえたのが感じられて、とても幸せな時間でした。
その日の夜は、クラブのパーティーを二軒ハシゴして、さらにカラオケに行って「sukiyaki」を歌ったり、とにかく楽しい夜でした。
3日目
日中は、また旧市街を観光したり、映画を観たり。そして夜は、授賞式とクロージングパーティ。
授賞式は、ドレスコード有り。僕は、この日のために生まれて初めてタキシードを用意していたのです。ホテルの部屋で、タキシードを着て、鏡の前に立った。なかなかキマってるんじゃないだろうか。
Aさんと、合流して、会場へ。Aさんは、僕ら『北浦兄弟』のチーム以外にも、『Black Gold』というドキュメンタリーを監督した杉本崇 監督も担当しているので、杉本監督とも合流。会場は、三階席まである、かなり大きなホール。自分の人生で、こんな華やかな場に参加したのは、かつてない事。
授賞式のMCは、エストニアの有名な俳優らしい。ダンスのパフォーマンスなどを挟みつつ、授賞式は進んでいく。ブラックナイト映画祭は、短編とか、アニメーションとか、たくさんの部門があるのだ。ドキュメンタリー部門の発表の番が来た。Jury Special Prize(審査員特別賞)で読み上げられたのは『Black Gold』! おお! 杉本監督、やりましたね!
そして、とうとうクリティック・ピックス・コンペティション部門の発表。なんと、なんと、BEST FILMに選ばれたのは、我らが『北浦兄弟』! やりました! 嬉しい!僕とマチャアキは、舞台に上がって、日本語ですが、精一杯、映画祭に、タリンに、感謝の言葉を述べました。
その後は、もう夢見心地。ずっと夢か現実かわからないような状態でした。
4日目 エストニア最後の日
午前中、タリンの街を散歩したりして、昼過ぎには空港へ。今回の映画祭参加は、僕の人生にとって、かけがえのない宝物になりました。日本に帰ったら、今度は日本の皆さんに映画を知ってもらうために、頑張らなくては、と思いました。何しろ「日本のヒッチコック」なのですから。
北浦兄弟|辻野正樹 監督|94分|5.1CH|アメリカン・ビスタ|2024年|日本|
製作:「北浦兄弟」製作委員会
宣伝:ブライトホース・フィルム
配給:GACHINKO Film
2025年劇場公開