さよならを言いそこねた人への手紙

この若い監督は、どうして、こんなすごい映画を作れたのだろう…と、心の底から驚き、長い時間、考え続けてみたのです。トルコのリゾートで、11歳の少女とその父親が休暇を過ごします。二人は普段は別々に暮らしていて、休暇だけを一緒に過ごす。抜けるような青空と、ずっと変わらぬであろう風景。その、光を浴びれば浴びるほど、その親子の過ごす刹那と、父親の抱える闇が際立ちます。と書くと、とてもシンプルな映画のように聞こえるのですが、構成は、とても複雑。過去と現在。それから、こうであったかもしれないという空想を、何度も行き来します。

まず、ひとりの女性。彼女は、子供の頃に撮ったビデオを見ながら、父親との休暇の思い出を回想しているようです。その父娘二人が、お互いに撮りあっているビデオ。ぶれてたり、とりあえず、テーブルに置いてあったり。でも、からかいあったり、ふさけあったり、ちょっとシリアスになったり、その時の、二人の親密さが生々しくうつってる。確かにそこに残されてる。

二人が一緒に長閑なリゾートで過ごす、そこで起こる、細々とした出来事。ここは普通の劇映画と同じ。歳が近くて、兄妹みたいな親子のアクションリアクション。11歳の彼女が父親に対して抱いている気持ちがよく伝わってきます。寄りが素晴らしくて、それぞれの表情の変化から目が離せません。兄のようなお父さんが大好きだけど、頼りなさに反発も覚える。お父さんがお金に困ってることだって知ってる。わたしは、もう、子供じゃない。父親は、そんな彼女を愛おしそうに見つめたり、困惑して、少し突き放したり…気持ちが寄り添ったり離れたりする、その二人の、なんともいえない心の距離感にハラハラします。

画像1: © Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

そして、父親が一人のとき。これは実は、大きくなった娘が記憶をつないで、当時の父親の像を結ぼうとしている。実際のお父さんではなく、多分、想像上のお父さん、なのでしょう。このつなぎのところが、大変に、効いています。とても悲しそうだったり、途方に暮れていたり。父親というより、人生のプレッシャーに苦しむ、一人の人間です。「今考えてみると、おそらく、こうであったであろう父」です。こうやって、娘が記憶の中の父親に、じりじりと近づいていく、その複雑な道程を映像と音でなぞっていく。

それに加えて、ここがこの映画の不思議なところなのですが、こうやって当時の父親と自分を思い出しながら、大人になった彼女の心の中だけで進行していく、無意識の何か。それが映画の中に不協和音のように入れ込まれます。稲妻のようにいきなり差し込む点滅する光の間で、ほのみえる何か、一瞬だけうつるノイズのように。その中で、女性が、あのときの父親と同じ年齢になって、レイブで、彼と、一緒に踊っていることが少しずつわかっていきます。そして最後には、このシーンが、すごい勢いで、他を飲み込んでいくのです。

明滅するライトの中で、子供だった自分と大人である父親、大人である自分と大人である父親、二人の間の時空を超えた複雑なカットバックに、父親の父親であり続けられなかった悲しみと娘の父親を失った悲しみが絡まり合うように、デヴィッド・ボウィとフレディー・マーキュリーが歌う『under pressure 』に重ねられていき、高まって、「this is our last dance, this is ourselves」という歌詞が反響しながら、少しずつ失われていくという場面では鳥肌が立ちました。大きくなった子供が、自分が子供だった頃の親を理解していく。それと同時に。失った親を、もう一度完全に失っていくような。

そうだったんだね、わたし、わかったよ、さよなら、さよなら、あのときの、おとうさん、あのときのわたし、という監督の声が、最後に、聞こえたような気がしました。

親と子は、親しい時間を共有するかもしれない。でも、どんな親子も、「宿命的に」すれ違うことを。すれ違っていたことを。必ず、私たちは大人になると理解をする瞬間があります。自分が無邪気であったときに、親は何に苦労していたのか。自分が寝た後、何を考えていたのか。実は何も知らない。親子というものは、ただ、ある一時期を大人と子供という異人として、「交差」するだけ。

その、「あっ」という目眩の瞬間を、この映画は、形にしてみせる。触れられぬものに、触れたようで、とても、こわかった。親の人生は、子供にとって、どのみちミステリアスで決して触れることはできない部分を持っている。でも、この映画のように、映像と音で、その距離を正確にはかってみせることは普通しない。だって、その断絶は、埋められないものだと、認めるしかなくなるから。激しい痛みを感じても、映画を作ることを通して、触れられぬものに触れにいく。どうしても、そうしなければいけない、という、この監督の思いが伝わってきて、苦しくてたまらなかった。

何週間後だったか、まだ、この映画の世界から逃れられず。ふと思い立って、ウェルズ監督が、以前撮った、『Tuesday』という短編映画を観たのだ。既に、お父さんは亡くなっているのに、火曜日になると、誰もいないお父さんの家で、お父さんを思いながら一人で時間を過ごさずにはいられない高校生の話。普段は、離れて暮らしていて、火曜日だけお父さんに会いに行く習慣だったのかもしれない。

ああそうか。この、一人だけの長い長い時間をへて、書かれた、さよならを言いそこねたお父さんへの手紙。それが、二人だけの「永遠の夏」をとらえた『アフターサン』なのだ。これは絶対に「撮らねばならぬ」映画、特別な映画だったのだ。わたしは、その必然を、ここで初めて理解するのです。

(終)

画像2: © Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

木村有理子
映画監督。慶応義塾大学環境情報学部卒。角川大映に勤務の後、様々な媒体に映画評を寄稿。主な監督作品に『犬を撃つ』(カンヌ国際映画祭正式出品)、『わたしたちがうたうとき』(ソウル国際女性映画祭招待作品)、『くまのがっこうのみゅーじかるができるまで』(ドキュメンタリー)。

introduction

20年前の夏、ソフィが父と訪れた陽光注ぐリゾート、きらきら揺れる海。
今も残る、アフターサンクリームー日焼け後ーの手触り、すべてがまぶしかった。
これは、誰の心にも在る、大切な人との大切な記憶の物語。海外メディアが絶賛、A24が北米配給権獲得!映画界に新たな波を起こす、フレッシュな才能が集結。11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごした夏休みを、その20年後、父親と同じ年齢になった彼女の視点で綴られる本作。2022年カンヌ映画祭・批評家週間で上映されるやいなや話題を呼び、話題作を次々と手がけるスタジオA24が北米配給権を獲得。昨年末には複数の海外メディアが<ベストムービー>に挙げるなど、本年度を代表する1本となった。その波はアワードシーズンを迎えてなおも押し寄せ、父親を演じたポール・メスカ
ルがアカデミー賞�主演男優賞のノミネートを果たす。脚本・監督は、瑞々しい感性で長編デビューを飾った、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。製作陣には、バリー・ジェンキンス、アデル・ロマンスキー、エイミー・ジャクソンらが名を連ねている。クイーン&デヴィッド・ボウイ「アンダー・プレッシャー」、ブラー「テンダー」等のヒットソングが彩る、ローファイな90年代の空気。31歳の男性として生きづらさを抱えながらも、娘への深い愛情を見せる父親を繊細に演じたのは、ドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカル。本年度アカデミー賞主演男優賞候補に名を連ね、リドリー・スコット監督が再び手がける『Gladiator 2』の主人公・ルキウスに抜擢されるなど、勢いは増すばかり。思春期のソフィ役には半年にわたるオーディションで800人の中から選ばれた新人フランキー・コリオ。本作は、かつての父親と同じ年齢になったソフィの視点を通して、宝もののような思い出を振り返るというフィクションでありながら、同時に1987年生まれのウェルズ監督のパーソナルな自叙伝の要素も多く盛り込まれている。そして、全編に散りばめられた家庭用小型ビデオカメラ「miniDV」、ポラロイドといった90年代のアイテムやファッションの数々は観る者たちの記憶を刺激することだろう。そして、物語を彩るクイーン&デヴィッド・ボウイ、ブラー、R.E.M、Chumbawambaといったヒットソングの数々もまた、ローファイな夏休みにタイムトリップさせるファクターとなっている。

20年後、記憶の断片を手繰り寄せ、あの時の父を再生する。
まばゆくてヒリヒリと焼きつける、夏の感触が今、あざやかによみがえる。思春期真っ只中のソフィは、若き父・カラムとトルコのリゾート地にやってきた。まさしくターコイズ・ブルーの海を臨むまぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする……。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、ビデオテープの映像から記憶を手繰り寄せ、当時は知らなかった父の一面を見出してゆく。まぶしいほどの夏の光。うだる暑さと少しぎこちない会話。日焼け止めクリームの手触り。暗闇でゆらゆらと踊る父の後ろ姿。多くを語らず、ミニマリスティックな演出で観る者に深い余韻をもたらす本作は、誰しもの心の片隅に存在する、大切なひととの大切な記憶を揺り起こす。もし、ひとりの人間として内なる父を知ることができたなら―――。いつまでもまばゆさとヒリヒリとした痛みを焼きつける、愛おしい記憶の物語を今、再生する。

© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

配給:ハピネットファントム・スタジオ

予告編

画像: 映画『aftersun/アフターサン』予告編 www.youtube.com

映画『aftersun/アフターサン』予告編

www.youtube.com

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