“新しい手法が生む新しい映像体験 ”を標榜し、過去に2本の短編映画がカンヌ国際映画祭から正式招待を受けた監督集団「5月」。数多くの名作CMや教育番組「ピタゴラスイッチ」を手掛けてきた東京藝術大学名誉教授・佐藤雅彦、NHKでドラマ演出を行ってきた関友太郎、多岐にわたりメディアデザインを手掛ける平瀬謙太朗の3人からなる「5月」が、名優・香川照之を主演に迎えて制作した初の長編映画『宮松と山下』が、11月18日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国公開いたします。
この度、まもなく公開を迎える本作を手掛けた監督集団「5月」の3名にオフィシャルインタビューを行い、珍しい“3名監督”での活動や、“エキストラ”をテーマにした経緯、香川照之を起用した理由などを伺いました。
なんでも3人で1つの物事に取り組む。
エキストラのアイデアはNHKでの経験から。
――3人で役割分担をされているのでしょうか?
佐藤:我々は3人それぞれに決まった役割があるわけではなく、何でも3人で1つの物事に取り組んでいます。企画・脚本・編集も3人でやっています。母体が研究室(注:「5月」の前身は東京藝術大学大学院の佐藤研究室から派生した「c-project」)というのもあるかもしれませんが、1つの物事に対して皆で意見して作り上げるという雰囲気ですね。
――3人の意見が食い違うことはないんですか?
関:意見が違うということよりも、この体制に頼っている部分の方が大きいです。例えば、3人分のOKが出たカットやセリフだけが残っていくので、撮れ高の信頼度が高いというか。そこには自分にないアイデアもたくさん詰まっているわけで、助かることだらけなんです。
――エキストラを主演にしたのは何故でしょうか?
関:僕がNHKに入ったばかりの現場で担当したのがエキストラだったんです。京都で時代劇の撮影をしていたのですが、エキストラの人たちは、朝は江戸の町人、午後は衣装替えをして侍役、というように1日の中で色んな人間を演じるんです。また、侍が大勢いるように見せたいシーンでは、侍が斬られて倒れた後、その人がむくっと立ち上がって別の侍としてまた斬り合いに加わっていました。そういう、撮影現場での知恵や工夫を目の当たりにして、ここには独特な世界があるな、と思ったんです。そこから、エキストラならではの行為を映像で切り取って見せる、というアイデアが出てきました。さらにそれを映画にする場合、エキストラとして演じている部分と、その人の地の生活を、全く同じトーンで並列に描くことで、映像体験としても面白くなるはずだ、と考えたのがこの企画のはじまりでした。
香川照之さんに断られていたらこの企画はお蔵入りしていた
――なぜ主人公に香川さんを起用したのでしょうか?
平瀬:まず宮松という人物は、非常に難しい役です。この映画にとっては、主人公として物語を引っ張っていく「存在感の強さ」が必要ですが、劇中ではエキストラの仕事をしているので、むしろ背景に馴染むような「存在感の無さ」が求められます。この矛盾する二面性を持っている俳優を、私たちは当初、見つける事ができず、企画はあるのに実際には動き出せずにいました。それが、ある時、香川さんの名前が出た瞬間に、3人とも「香川さんなら両立できる!」と確信し、ようやく企画が動き出しました。その時点ではまだエキストラという企画(手法)しかなかったので、そこから物語や設定を作り始めました。もし香川さんに断られていたら、この企画はお蔵入りしていたと思います。
――香川さんといえば、「半沢直樹」シリーズなど、最近はテレビドラマでの個性的な役柄のイメージが強い印象です。
関:僕は学生時代に『ゆれる』を見た時に、初めて「映画を作りたい!」と思ったんです。「半沢直樹」とは違うタイプの繊細で細かい芝居だと思うのですが、個人的にはそちらの印象がすごく強いですね。
佐藤:私は普段まったくテレビを見ないので半沢さん?も全然知らないんです。香川さんはやはり『ゆれる』を見た時にものすごい存在感と演技力で、凄い役者さんだと思っていました。最近のテレビでの芝居を知らなかったことが、逆に功を奏したかもしれません。
「今のは宮松じゃない」「宮松だったらこうする」…香川さんと作りあげた映画
――演出や撮り方は脚本の時点でしっかり決めていたのでしょうか。それとも現場で香川さんと話し合いながら決めていったのですか?
平瀬:セリフは基本的に脚本通りですが、宮松がどのような人物なのかは、香川さんと現場で話し合いながら作っていきました。お芝居した後に香川さんから「今のは宮松じゃなかったね」とお声がけ頂き、撮り直すということが何度もありましたね。
佐藤:例えば、宮松がロープウェイのシーンで階段を降りるシーンがあるのですが、2歩あるいて1歩なのか、1歩ずつ降りるのか、香川さんが全部演じて見せてくれるんです。そうして「宮松だったらこうするね」と、とんちょこちょこ、と階段を降りたんです。ああ、それだ、という具合に、動きを決めていきました。
世界の観客の心を打つ――香川さんの演技と表情の豊かさ。
「5月」が掲げてきた“手法がテーマを担う”映像を体験を味わって。
――これからご覧になる皆さんへメッセージをお願いいたします。
平瀬:サンセバスチャン国際映画祭に参加し、現地の大きな劇場で600人の観客と一緒に『宮松と山下』を観ました。あの日、劇場で感じたのは、香川さんのお芝居が世界の観客の心を打っているということでした。「半沢直樹」や「六本木クラス」などのパブリックイメージとは違う、テレビでは見られない香川さんが映っています。それを一番届けたいです。
関:現場で一番驚いたのは香川さんの演技と表情の豊かさでした。主役だからこそ見せられる芝居に、びっくりすると思います。
佐藤:私はやっぱり新しい企画手法を見てほしいです。それこそが「5月」が掲げてきた“手法がテーマを担う”なので。ぜひ劇場で、かつてない映像体験を味わってください。
『宮松と山下』90秒予告
〈ストーリー〉
宮松はエキストラ俳優。ある日は時代劇で弓矢に打たれ、ある日は大勢のヤクザのひとりとして路上で撃たれ、またある日はヒットマンの凶弾に倒れ......来る日も来る日も死に続けている。真面目に殺され続ける宮松の生活は、派手さはないけれども慎ましく静かな日々。そんな宮松だが、実は彼には過去の記憶がなかった。なにが好きだったのか、どこで何をしていたのか、自分が何者だったのか。なにも思い出せない中、彼は毎日数ページだけ渡される「主人公ではない人生」を演じ続けるのだった......。
香川照之
津田寛治 尾美としのり
野波麻帆 大鶴義丹 尾上寛之 諏訪太朗 黒田大輔
中越典子
監督・脚本・編集:関友太郎 平瀬謙太朗 佐藤雅彦
企画:5月 制作プロダクション:ギークサイト
協賛:DNP大日本印刷
配給:ビターズ・エンド
製作幹事:電通
製作:『宮松と山下』製作委員会
(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)
©2022『宮松と山下』製作委員会