第34回東京国際映画祭の「Nippon Cinema Now」部門に出品された犬童一心監督の『名付けようのない踊り』が11月6日(土)、東京・角川シネマ有楽町で上映され、世界的なダンサーであり俳優としても活躍する田中泯と犬童一心監督がQ&Aに登壇した。

『名付けようのない踊り』は、〈場踊り〉というどのジャンルにも属さない独自のダンス世界を構築して魅了する田中泯の踊りを、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)への出演オファーを機に親交を重ねてきた犬童一心監督が撮ったドキュメンタリーで、2017年8月から2019年11月まで、ポルトガル、パリ、東京、福島、広島、愛媛などを巡って撮影。さらには、田中の子供時代を山村浩二によるアニメーションで情感豊かに点描しながら、そのブレない凛とした生き方に迫った作品だ。

1966年からソロダンス活動を開始した田中は、1978年のパリ秋芸術祭で海外デビューを果たした後、世界中のアーティストと数々のコラボレーションを実現。ダンスの公演歴は現在までに3000回を超え、『たそがれ清兵衛』(02)から始まった映像作品への出演も、ハリウッドからアジアまで多彩な作品が並ぶ異才である。

画像1: 田中泯 Photo by Yoko KIKKA

田中泯 Photo by Yoko KIKKA

Q&Aにおいて、撮影に3年、編集に編集を重ねてやっと本作を完成させたと語った犬童一心監督は、『メゾン・ド・ヒミコ』への出演交渉のため、山梨で農業に取り組んでいた田中を訪ねた時の彼の返答が忘れられないという。

「シナリオは気に入って下さっていたんですが、泯さんに『僕は演技ができません』と言われたんですね。『演技はできないが、それでもいいか』と問われた後に、『ただ撮影する場所に一生懸命居ることはできるから、それで良いんだったらできます。それが、ダンスでやってきたことだから』と仰ったんです。その言葉がずっと自分のなかに残っていて、『メゾン・ド・ヒミコ』の後に泯さんのダンスを見るようになったんですが、その時の言葉の意味を確かめたいという気持ちがあったんです」

その後、田中に誘われて公演開催地のポルトガルに同行した犬童監督は当初、撮った映像を作品化するつもりはなかったそうだが、「そこで踊りを撮った結果、(泯さんの)言葉と自分の疑問を、作品のなかで確かめてみようかなと思った」という。

画像: 犬童一心監督 Photo by Yoko KIKKA

犬童一心監督 Photo by Yoko KIKKA

一方、田中は「私は映像のために踊ったつもりはなくて、その場所、その場所で踊っていた踊りは、その場所のためのもの。そこで私がキャッチしたものというか。その踊りを見て下さった犬童さんが、その踊りを再生して下さった。ここがいちばん大事だと思っています。ビデオテープが生まれた頃から、踊りを記録されてきたんですが、一度として、踊ったときの感覚に戻れた試しがないんですね。踊った時の私の体に押し寄せてくる、体が感じ取った様々な物事は、映像になると消えてしまいます。同じ踊りを同じようにして流すことに、むしろ嫌悪さえ抱いていたんです。しかし犬童さんは、私の踊りを、皆さんが惹きつけられるように、釘付けになるように再現して下さったんです」とコメント。

田中泯 Photo by Yoko KIKKA

また、犬童監督は「この撮影を通して長い時間、泯さんを見たことで気付き、構成のなかで意識したのは、(泯さんは)ものすごく時間をかけて、物事を進めている方だということですね。例えば『ダンスを踊るために農業をする』というやり方が、ものすごく時間をかけている、ということなんです。『ダンスのために訓練して体を作って踊る』という考え方はせずに、『まず農業をして、そこで生まれた体で踊る』という時間のかけ方をされている。その部分を、ものすごく尊敬しています。効率で進めるのではなく、時間をかけないと生まれないモノの輝きや重さを感じました」と述べた。

画像: 犬童監督と迫力ある2種類のポスター Photo by Yoko KIKKA

犬童監督と迫力ある2種類のポスター Photo by Yoko KIKKA

Q&Aの最後に言及されたのは、壇上に設置された『名付けようのない踊り』の2種類のポスターについて。片や「身体を映さずにあえて顔だけで“踊り”を表現する」という撮影コンセプトの下、写真界の巨匠・操上和美が50センチほどの至近距離で田中泯の表情を捉えた写真を使用。片や本編でアニメーションを担当した山村浩二(犬童一心監督の大学の後輩にして米国アカデミー賞にノミネートされた『頭山』で知られるアニメーション作家)の描き下ろし画を使用しており、犬童監督は、今日のために作ったというTシャツ(描き下ろし画をプリント!)を着用しての登壇であった。

(Text by Yoko KIKKA)

吉家 容子(きっか・ようこ)
映画ジャーナリスト。雑誌編集を経てフリーに。
シネフィルでは「フォトギャラリー」と気になるシネマトピックをお届け!

画像: TVカメラに向かって手を振る田中泯(左)と犬童一心監督(右) Photo by Yoko KIKKA

TVカメラに向かって手を振る田中泯(左)と犬童一心監督(右) Photo by Yoko KIKKA

〈犬童一心:プロフィール〉
1960年生まれ。高校時代より自主映画の監督・製作を始める。東京造形大学卒業後は、CM演出家として数々の広告賞を受賞。脚本も兼務した1997年の『二人が喋ってる。』で長編映画監督デビューを飾る。『眉山 -びざん-』(07)、『ゼロの焦点』(09)、『のぼうの城』(12)で、日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。主な監督作は、『金髪の草原』(00)、『ジョゼと虎と魚たち』(03)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『グーグーだって猫である』(08)、『猫 は抱くもの』(18)、『引っ越し大名!』『最高の人生の見つけ方』(19) など。『大阪物語』『ドリームメーカー』(99)、『黄泉がえり』(03)では脚本を担当。

〈田中泯:プロフィール〉
1945年生まれ。クラシックバレエとアメリカンモダンダンスを10年間学び、1966年よりモダンダンサーとして活動。1974年からは独自の舞踊活動を開始し、1978年にパリ秋芸術祭『間―日本の時空間』展(ルーブル装 飾美術館)で海外デビューを飾る。2002年の『たそがれ清兵衛』でスクリーンデビューし、 同作で第26回日本アカデミー賞新人俳優賞、最優秀助演男優賞を受賞。主な映画出演作は『隠し剣 鬼の爪』(04)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)、『八日目の蝉』(11)、『外事警察 その男に騙されるな』(12)、米映画『47RONIN』『永遠の0』(13)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)、『無限の住人』『DESTINY 鎌倉ものがたり』(17)、Netflix映画『アウトサイダー』『羊の木』『人魚の眠る家』(18)、『アルキメデスの大戦』(19)、韓国映画『サバハ』(19・未)、『記憶屋 あなたを忘れない』(20)、『バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら』『いのちの停車場』『HOKUSAI』(21)。今後の公開待機作に『峠 最後のサムライ』などがある。

『名付けようのない踊り』

出演/田中泯、石原淋、中村達也、大友良英、ライコー・フェリックス、松岡正剛

脚本・監督/犬童一心
エグゼクティブプロデューサー/犬童一心、和田佳恵、山本正典、久保田修、西川新、吉岡俊昭
プロデューサー/江川智、犬童みのり
アニメーション/山村浩二
音楽/ 上野耕路
音響監督/ZAKYUMIKO

助成/文化庁文化芸術振興費補助金
協賛/東京造形大学、アクティオ
制作プロダクション/スカイドラム
製作/「名付けようのない踊り」製作委員会
2021/日本/114分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー/G
配給/ハピネットファントム・スタジオ 

2022年1月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9、Bunkamura ル・シネマ他にて全国公開

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