「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2018」準グランプリ受賞作品に輝いた『先生、私の隣に座っていただけませんか?』が9月10日より公開します。漫画と現実、ウソとホンネが混ざり合い、ラストまでどうなるのか読めない展開を楽しめる本作。妻の早川佐和子役を黒木華さんが演じ、柄本佑さんが夫の早川俊夫役を演じています。今回は、堀江貴大監督、プロデューサーの小室直子さん(カルチュア・エンタテインメント)、村山えりかさん(C&Iエンタテインメント)の3名に、映画制作の過程や裏側、何を大切に映画作りを進めていったかなどのお話をお聞きしました。
ーー本作は、TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM(以下、TCP)に応募されたたくさんの作品のなかで、どのような魅力がありましたか?
小室直子(以下、小室) 670ほどの企画が集まり、一次審査、二次審査を経てかなり作品を絞っていったのですが、堀江さんの企画は他のどの作品とも違ったんです。それは、漫画と現実がうまい具合に混ぜこぜになっていて、初めから構成がきちっとしていて。企画書だけでなく脚本から提出いただいていたので、監督が描いているイメージが具体的に伝わりました。あと、お客さんを混乱させながら心を持っていく作品だということが脚本上で提示されていたので、審査の初段階から面白いと評価の高い企画でした。
ーー企画自体に魅力があったんですね。堀江監督はTCPのために本作の企画を考えたそうで。
堀江貴大(以下、堀江) 企画を出すことは決めていて、いろいろ考えていたのですが、この作品は締め切りの一週間前くらいに書きました。僕の応募した年(2018年)は一次、二次、三次の審査があり、一次は10枚の企画書提出という枚数制限があったんです。その中でどう企画書を作っていくかというところでわりと悩んでいて、先にプロットを書いたのですが、そこで煮詰まってしまって…。このままでは違うと思い、不倫映画を作るのではなく不倫漫画の映画を作ろうと自分のなかでシフトしたときに、一気にアイディアが進んでいきました。
ーー映画のアイディアはいつもどのような形でストックしているのでしょうか?
堀江 僕はログラインで企画を持つタイプで、2行で企画を考えるという作業ををひたすら行っています。まずはキャッチを考えて、2行で面白くない企画はやらないようにしています。今回の作品だと、「不倫をしている夫をネタに、妻が実録不倫漫画を描くことで、夫に復讐をしていく話」という感じでしたね。
ーー今回小室さんと村山さんがプロデューサーになった経緯もお伺いできればと思います。TCPでは、どのようにプロデューサーの方が決まるのでしょうか?
小室 通常の映画製作では、監督が持っている企画をプロデューサーに相談したり、プロデューサーがネタを見つけて監督に打診したりする形ですが、TCPは企画のコンペティションなので少し特殊な仕立てなんです。企画内容を評価されて受賞した作品に対して、誰がプロデューサーを務めるのか、というところから企画が進んでいきます。
この作品の場合、TCP2018の審査員をされていたC&Iの久保田(修)さんと、ハピネットファントム・スタジオの小西(啓介)さんが、最終審査の段階から「この作品は面白いから是非やりたい」とおっしゃっていたんです。私も2次審査に参加していたので、この企画は成立できるし、面白い作品になると思っていたので、初めから担当させていただいておりました。
ーー村山さんはいかがでしょうか?
村山えりか(以下、村山) 私の場合は、脚本開発を進めていく段階からでしたね。脚本開発の途中で、少し方向性を変えてみようという話が出たことがあったんです。不倫を描く映画なので、もう少し佐和子の気持ちが見えた方がいいのではないかという意見が出て、共感性を高めるために、違う方向性の脚本を別ライターに書いてもらうという時期がありまして。
ーーそうだったんですね。
村山 そこまで上司の久保田が入っていたんですけど、久保田から「村山さんはどっちが好きですか?」と聞かれ、「前の、互いが腹の内を見せないひりひりした稿が好きです」と答えたところから、プロデューサーとして入ることが決まりました。
ーーなるほど。そして元々の脚本のまま、進んでいったんですね。
小室 そうですね。全体の8割くらい、元の応募してきた脚本のままです。ただ、検証はすごく細かく行いました。本当に話が繋がるのか、寄りすぎていないのかなど、本当に細かい調整を行い、1年くらい、何度も監督に直してもらいながら脚本作りを進めていきました。その検証した2割の部分は、本作にとって非常に重要な作業だったと思います。
ーー脚本作りでは、どんなところを大切に進めていったのでしょうか?
堀江 構造が複雑で、漫画と現実世界を混乱させていく内容だったので、「真ん中にある筋はシンプルにした方が良い」と、本打ちのときによく言われていたことを覚えています。僕が最初に提出した脚本には金子大地さん演じる新谷(歩)のバックストーリーなども書いていたのですが、立ち返る場所として“夫婦の愛情の物語”というところがちゃんとあったので、“夫婦の物語である”という部分を複雑化させない方がシンプルで強い物語になると思い、その部分を大切に進めていきました。
ーー本作では視覚的にも惹き込まれるシーンやカットがたくさんあったのですが、特に漫画を読みながら内面が渦巻く描写はとても面白かったです。
堀江 漫画を読むシーンはめちゃくちゃたくさん撮りました(笑)。スケジュールが押している時、助監督の成瀬(朋一)さんが近くにいらっしゃって、僕は振り向いたら終わりだと思って、撮影中ずっとモニターを見ていました(笑)。
村山 漫画を読むショットは凄く拘って撮っていて、かなり時間を掛けていましたね。現場では助監督との攻防戦が繰り広げられていました(笑)。
ーーあと、「これから物語がはじまります」と感じるオープニングの俯瞰の車のシーンも印象に残りました。
堀江 あのシーンは『シャイニング』(80)のホテルに向かうシーンをイメージしています。スタッフの皆さんに該当の箇所を送って「これがやりたいんです!」ということを伝えてイメージを共有してもらいました(笑)。
小室 あと、車のシーンは(アルフレッド・)ヒッチコック監督の『めまい』(58)の低速で追い掛けるシーンをイメージしています。スピードを出して追いかける作品は結構あると思うんですけど、低速でノロノロ運転しながら街中を追いかけるカーチェイスというのはあまり無いんですよね。
ーーそうだったんですね。程よい田舎のロケーションも物語へ引き込む要素になっていた気がしました。
小室 どこでも有り得る日本の地方という設定にしたかったんです。
堀江 ほとんど茨城県で撮影していたのですが、どこか無国籍感を出したかったんですよね。地名が映るところは全てCGで変更して、“架空の町”の感じを出すようにしました。
村山 あのオープニングでは、“お伽噺の世界に入っていく”感じを表現したかったので、なるべく地名は出さないように注意していました。
ーーお伽噺の世界というと、奈緒さん演じる桜田千佳と、金子さん演じる新谷の存在もとても重要だった気がします。あの二人の役柄はどのように作り上げていったのでしょうか?
村山 あの二人は、俊夫を振り回す役柄です。共感性やリアリティというよりも、構造や夫婦のキャラクター造形に面白く絡んでくるキャラクターとして描いていきました。特に千佳は、俊夫が悲劇的なことが起こるほど笑えてしまう、悲劇と喜劇の表裏一体さを体現するキャラクターとして面白かったので、さらに追い打ちをかける女として登場させ、物語を動かす存在として描きました。
小室 人間性などを排除して、作品を引っ掻き回す担当という感じで配置したのが上手くいっているのではないかと思います。新谷は妖精みたいな感じで、本当に存在するのかしないのか、みたいにしてもいいのではないかと話していました。
堀江 千佳は、田舎のシーンに120分中の60分で現れるんですけど、そこは自分のなかで1つの転換点にしたかったんです。物語をブーストさせる人として、千佳がやって来たらかなり大変なことになるのではないか、という想いで脚本を書いていたので。
あとは終盤で、全員が一堂に会すというシーンを作りたかったんです。あのシーンに至るまで、家のなかでの出捌けをどうすると面白くなるのか、というところは脚本直しのときも意識して書いていました。そして最後、あの家には誰が取り残されるのか…、というような構造はいつも考える癖があるので、千佳の登場はあのタイミングだなと。
ーーしかもあの明るいテンションで(笑)。
堀江 明るい方が怖さが出ますし、単純に笑えるなと思ったんです(笑)。千佳は、漫画に対する愛情ゆえ「漫画が面白くなれば不倫したっていいじゃん」というムチャクチャな論理を持った人なので、そういう人を作品のなかに存在させたかったというところもありました。
ーー佐和子と俊夫の心理描写はもちろん、ふとした時に見える夫婦関係にもハッとしたのですが、黒木さんと柄本さんへの演出はどの辺りまで意図して行っていたのでしょうか?
堀江 そこに関しての演出は・・・していないかもしれません(笑)。でも、黒木さんと柄本さんのお二人が作る空気がとても大事だと思っていたので、お二人が自発的にそういう空気を出していただけるように、どう振る舞えばいいのかと考えていました。特に「何かをしてください」ということは、そこまでたくさん言っていなかったと思います。
もう少しテンポの良いシーンになり得るけれど、黒木さんと柄本さんが芝居をすると、良い感じの“間”が結構生まれることがあって。そこを、自分のなかで「切って良いものなのかどうか」という葛藤は結構していましたね。この“間”こそが夫婦の呼吸かもしれないけれど、テンポの良い復讐劇にするのであれば、もっとリズムを作った方がいいのかなとか。でも後者をとることで失うものの方が大きい気がしたので、お二人の会話の間は大事にしました。
ーー柄本さん演じる俊夫の、さまざまな捉え方ができる「汗の演出」もとても印象的でした。
小室 8月末から9月頭の灼熱のときの撮影だったので、本当に現場が暑かったんです。でも、本当に芝居と造詣がとても上手く合わさっていたと思います。
堀江 今回ヘアメイクが外丸(愛)さんで、僕が好きな『昼顔』(17)も担当されていた方なので、あれくらい汗を出したいんですよってイン前に話をしていたんです。助監督の成瀬さんも『昼顔』を担当されていたので、汗表現に関してはずっと相談してましたね(笑)。
村山 妻はずっと涼しい顔をしていて、夫だけが汗っかきというところがまた良いですよね(笑)。その対比がすごく面白いなと思いました。
ーーサスペンス感を盛り立てていく音楽や、佐和子の実家の本棚の美術など、制作に関しても注目すべき点がたくさんあったので、スタッフィングについてもお伺いしたいです。
小室 音楽の渡邊琢磨さんは監督のご指名でした。撮影の平野(礼)さんは監督と東京藝大の同期の方で、阿吽の呼吸というか、100言わずとも10でわかるというような関係性があったので、そこは大事にしたいという想いがありましたね。プロデューサー側では、監督と撮影の周りはベテランスタッフを配置して厚みを出したいという話をしていたので、村山さんと私の方でスタッフィングしていきました。
ーー今回堀江監督はベテランスタッフの方々とご一緒して、いかがでしたか?
堀江 すごく楽しかったです。本当に「こういう風に現場のものづくりが豊かになっていくんだ」という瞬間がたくさんあったので。照明の川邉(隆之)さんは前作でご一緒していたので、どう照明設計していきたいのかということを、ウォン・カーワイ監督の『花様年華』(00)などを引き合いに出しながら、イン前に話し合いました。あの作品も、汗や湿度の表現があるので、“湿度感”をどう照明で表していくのかというのを話していました。
録音の加藤(大和)さんは、芝居を音だけで感じとっていて「この芝居はこういうエモーションになっているけれど、監督これで大丈夫?」という感じで(撮影に入る前の)段取りが終わったあと聞きにきてくれて。そのやり取りが面白かったですね。
村山 きちんとセリフの一言一言を聞いていて、語尾のニュアンスのアイデアとか、細かくおっしゃってくれて。
堀江 「まあ、最後は監督が決めればいいんだけどね」って去っていくんです(笑)。
村山 あの感じがとてもかっこよかったですよね。
ーーでは、すごく作りやすい環境の現場だったんですね。
堀江 プロデューサーの方々がそのようにスタッフィングしてくださっていたので、とても作りやすい環境でした。
小室 少し種明かしをすると、堀江さんは若く柔軟な方なので、私が声をかけた録音の加藤さんと編集の佐藤(崇)さんには「どうなのかな?と思うことがあったら監督に伝えてください」と事前に話していたんです。堀江監督は長編を撮られていますし、藝大で勉強もされていますが、経験のあるプロのスタッフの方々を監督として動かすということに関しては、これから経験を積んでいくところだと思っていたので。一人ひとりがどのような能力を持っていて、どこまでできるのかというのは、コミュニケーションをしっかり取っていかないとわからないことなんですよね。
堀江 気付いたことをいろいろ言ってくれるお二人だったので、だからこそ形になったのだと思います。自分のイメージ通りだけだと面白くないですし、「そうか、そういう考え方があるのか」という発見がたくさん生まれたので。あと、皆さん優しかったです(笑)。
ーーでは最後に、小室さんも村山さんもこれまでいろいろな監督とご一緒されていますが、今回堀江監督と一緒に映画作りを伴走されていかがでしたか?
小室 堀江監督は非常に柔軟で、学ぶ姿勢があるので、すごく伸びしろがある方だと思いました。あと、仕事を一緒にしたいと思える監督だということに関しては太鼓判を押します。そういう意味では、これからも必ず仕事が続いていく監督だと思っています。これからの活躍が非常に楽しみです。
ーー村山さんはいかがでしたか?
村山 柔軟で優しそうに見えるのですが、実は結構頑固な方で、喧嘩をしたこともありました(笑)。でも本当に真面目で、撮影は約3週間ほどの短い期間でしたが、「これも欲しい」「あれも欲しい」というように貪欲に撮られていて、出来上がったものを観ると、丁寧にやって良かったと思う部分がものすごく多かったんです。
柔軟で優しいだけではなく、拘るところはきちんと拘るところが堀江監督の魅力的だと思いましたし、この作品を通じて更にたくさんのことを学ばれたのだろうなと。私も小室さん同様、これからもどんどんお仕事が続いていく監督なのではないかと思っています。
堀江 ありがとうございます。よろしくお願いします(笑)。
◯プロフィール
堀江貴大
1988 年生まれ、岐阜県出身。
東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。ndjc2015に参加し、短編映画『はなくじらちち』(16)を監督。初の長編映画『いたくてもいたくても』(15)は、第16回 TAMA NEW WAVE コンペティションにてグランプリ、ベスト男優賞、ベスト女優賞を受賞。2018 年、『ANIMAを撃て!』で商業長編デビューを果たす。映像クリエイターと作品企画の発掘プログラム「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2018」で準グランプリ受賞作品に輝いた『先生、私の隣に座っていただけませんか?』が劇場公開を迎える。
小室直子
カルチュア・エンタテインメント(株)カルチュア・パブリッシャーズ プロデューサー。
京都国際学生映画祭事務局、日活(株)宣伝部、同企画編成部プロデューサーを経て現職。
主なプロデュース作品は『風に濡れた女』(‘16塩田明彦監督)、 『ANTIPORNO』(’16園子温監督)、『牝猫たち』(’17白石和彌監督)『TOKYO VAMPIRE HOTEL』(‘17園子温監督他/Amazonオリジナルドラマ)、『海を駆ける』(’18深田晃司監督)。ドキュメンタリー作品として『園子温という生きもの』(‘16大島新監督)と『フジコ・ヘミングの時間』(‘18小松莊一良監督)がある。
村山えりか
C&Iエンタテインメント(株) プロデューサー。
主なプロデュース作品は映画『羊とオオカミの恋と殺人』(‘19朝倉加葉子監督)、『のぼる小寺さん』(’20古厩智之監督)、ドラマ「パーフェクト・クライム」(’19古澤健監督ほか)、「オカンは俺より野球が好き」(’19 渡部亮平監督)、「ニーハムの旅」(’20冨永昌敬監督)「ギヴン」(’21三木康一郎監督)がある。
映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』
9月10日(金)より新宿ピカデリー他全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2021『先生、私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
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cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。
edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝業など。その他、様々な映画祭、イベント、上映会などの企画やPRなども行っている。
photo:浅野耕平