脱北者や元看守らの証言をもとに北朝鮮強制収容所の内情を描きつつ、過酷な環境下で家族とその仲間たちが生き抜く姿を3Dアニメーションで描いた衝撃の感動作『トゥルーノース』(配給:東映ビデオ)が、いよいよ6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開となる。

本作は、各国の映画祭で話題となり、レオナルド・ディカプリオも激賞したドキュメンタリー映画『happy - しあわせを探すあなたへ』(12)のプロデューサーを務めた清水ハン栄治の初監督作品。実際に収容体験をもつ脱北者や元看守などにインタビューを行い10年もの歳月をかけて作り上げた渾身の作品は、アニメ映画祭の世界最高峰と呼ばれるアヌシー国際アニメーション映画祭「長編コントルシャン部門」にノミネートされたほか、ワルシャワ国際映画祭・審査員特別賞、ナッシュビル映画祭・長編アニメ部門グランプリ、プチョン国際アニメーション映画祭長編部門特別賞を受賞するなど海外の映画祭を席捲! 音楽監督はディズニー長編アニメ映画『ムーラン』(98)のマシュー・ワイルダーが担当したことでも話題となっている。

本作の公開を記念して、5月27日(木)渋谷・ユーロライブにて開催された一般試写会後に清水ハン栄治監督と映画評論家の森直人さん登壇のトークイベントを実施!

本作の公開を記念して、5月27日(木)に渋谷・ユーロライブにて一般試写会を開催し、上映後に清水ハン栄治監督と映画評論家の森直人さん登壇のトークイベントが実施された。本作上映後の余韻が冷めやらぬ中、始まったトークは、森さんが開口一番「超重量級の傑作だと思いますが、作品の内容と監督のお人柄にギャップというか、本日初めてお会いした清水監督は明るくて気さくな方でびっくりしました」と感想を述べつつ、本作制作の経緯やアニメーションにした理由、そして清水監督の熱き思いに迫る、深堀りトークを繰り広げた。

画像1: 左より清水ハン栄治監督 × 森直人(映画評論家) ©︎2020 sumimasen
左より清水ハン栄治監督 × 森直人(映画評論家)
©︎2020 sumimasen

森:『トゥルーノース』、本当に凄まじい映画ですが、色々な感情が一本の映画の中に入っていてクオリティも高いと思いました。監督がプロデュースした『happy-幸せを探すあなたへ』は世界の幸福度を調査する映画ですが、それから8年たち、今度は北朝鮮の強制収容所をテーマにした作品を作るに至った経緯を教えてください。


清水:『happy-幸せを探すあなたへ』公開からずいぶん経ちましたが、いまだに感謝のメールや「この映画のおかげで自殺を考えていたんだけどやめました」というメッセージなど、色々な声をいただきます。映画で観た人の人生を変えられたという気持ちがすごくて、また作りたい、と思っていました。またダライ・ラマ、マザー・テレサなど人権にかかわる偉人たちの人生を描いた伝記マンガプロジェクトを手掛けたのですが、色々な国に訴求していったんです。それらの経験を経て、世界の中で現在進行形で起きている北朝鮮の人権問題にたどり着きました。


森:監督は本作のために、綿密な取材をされたとお聞きしていますが、それならばドキュメンタリーという選択肢もあったと思いますが、なぜアニメーションという形をとったのですか?


清水:脱北者や実際に収容所を体験した方の証言をカメラで撮影しているので、もちろんそれをドキュメンタリーとして出すことや実写でもできたと思うのですが、あまりにも聞いた話がむごすぎてしまって・・・。拷問の話など実写やドキュメンタリーで描いてしまうと一般の皆さんにはあまりにもショッキングでホラー映画やグロテスクな話になってしまう。観客の皆さんが最後まできちんとみてくれて、かつ、この話が火星や金星などで起こっている話とは思われないリアリティがありつつ、トラウマにならない表現方法を探した結果、我々が小さい頃からみているアニメーションという方法にたどりつきました。


森:なるほど。アニメにすることで抽象の回路が入るといいましょうか、リアルな話なのだけど、自然に寓話性に昇華することができるのでしょうね。清水監督は、東南アジアのアニメーターのネットワーク「すみません」を主宰されているとききました。


清水:インドネシアのアニメーターが中心なのですが、スタジオという企業体をもつと一つのプロジェクトが終わっても、雇用を確保するために作品づくりを続けなくてはならない。ですので僕はフリーランスのネットワークのような形でプロジェクトごとに集めるようにしました。そして先ほどいわれた「すみません」という名前についてですが、この作品自体のテーマが物議を醸しだすかもしれない、だから会社名で最初に謝っておこうと思って(笑)。いや、本来の思いとしては物議を醸しだす作品をどんどんやっていこうと思っているんです。最近日本は、きっと皆さんも感じていらっしゃると思うのですが、変な同調圧力とか、あれやってはいけない、これやってはいけない、というのがあって。僕のようにちょっと無茶する人が出てくると、迷惑をかけてしまうけれど、そのことによって今までなかった扉が開き、そこでの揺らぎの中で社会が発展していくと思うんです。特に若い人たちと話していても元気がないように思うので、僕の場合は最初から(会社名で)謝ってしまえ、と。

画像: 清水ハン栄治監督 ©︎2020 sumimasen

清水ハン栄治監督

©︎2020 sumimasen

森:とてもよいお話ですね。「すみません」をエクスキューズにしてどんどん無茶をやってしまおうということなんですね。すばらしい! そこをユーモアでふんわり包み込むというのが、清水監督の持ち味なのかなと思います。

本作の作画のトーンも絶妙ですよね。ゴリゴリのリアリズムではなく、かといってコミカライズされたマンガっぽい画ではなく、その中間のほどよいトーンで、内容の情念もきちんと伝わる作画を用いているなぁと思いました。それにアニメーション監督としては初めてで、これだけのものを作るのってすごいと思います。作画はどう決めていったのですか?


清水:映画をご覧になるとわかるのですが、キャラクターがカクカクと折り紙みたいな形で、これは試行錯誤した結果です。ディズニーやピクサーのようなリアリティにどんどん近づけていく形も作れたのですが、本作の場合、内容がきつすぎてリアリティに近づけてしまうと観客がついてこれないのでは、という懸念がありました。なにかバッファを入れて、見ていて心理的に、リアルではないんだ、というブレーキがかかり、トラウマにならないように気をつけました。あと、丸くてふっくらしているものを人間は可愛いと思うんですね。本来、証言してくれた人たちの話をリアルに描くとみんな骸骨みたいな描写になってしまう。ですので飢えているということをみせるために、やせて影をつけるのではなくて、ポリゴンが低いカクカクにすると、丸いんだけど影がでる、そのあたりのバランスを考えました。


森:そうなんですね。こういう考え方は、アニメ専門にやっている方々からは出てきづらいかもしれないですね。


清水:僕はあまりにも無知すぎたから作れたところはあるのではと思っているんです。業界の慣習の中でしっかりステップを踏んで作ってくると、おそらくポリゴン下げるなんて逆の発想だと思うのですね。僕の場合はアニメも短編も映画も作ったこともない、脚本も書いたこともない、そんな人が長編映画を、しかも英語で作るなんて、何考えてんの?(笑)だと思うのですが、だけど知らなかったから飛び込めることもあると思うんです。飛び込んだら、溺れちゃうので自分でなんとか泳ごうとするし、助けてくれる人がいて、形になってくる。あまりにもこうあるべきとか強すぎてしまうと、面白いものが生まれてこないのでは、と思っています。


森:今の監督のお話をきくと、『トゥルーノース』の中で描かれる精神と重なっているように思いますね。本作は社会派映画として見られると思うのですが、もうすこし原理的にみると、ある過酷な環境の中で、いかにサバイバルしていくか、という構造のドラマでもある。何やっても生き抜いていくのが大事なんだ、というメッセージ性を感じました。

話しは変わりますが、本作の音楽監督をディズニーアニメ映画『ムーラン』の挿入曲を担当していたことでも有名なマシュー・ワイルダーさんが担当されています、どういった経緯で依頼されたのですか?


清水:マシューは、僕の友達の友達なのですが、偶然出会いました。本作は制作のお金が本当になかったので、アメリカで俳優学校の生徒さんに声優をやってもらったのですが、大きなスタジオを借りる予算もなく、友達の紹介でマシューの自宅スタジオを借りることになりました。そこで3日間くらいかけて作業をやっていくうちに、ハリウッドでアカデミー賞やグラミー賞にノミネートされている大御所なんですが、作品のテーマ性に惹かれて参加してくれることになりました。かなり大風呂敷な話ではあるのですが、これは12万人の収容者たちをもしかしたら救うことに貢献できるかもしれない、という僕の思いに、彼も心震わせてくれ、通常ではありえない金額で引き受けてくれることになりました。

画像2: 左より清水ハン栄治監督 × 森直人(映画評論家) ©︎2020 sumimasen

左より清水ハン栄治監督 × 森直人(映画評論家)

©︎2020 sumimasen

森:日本映画というしばりが窮屈に思えてきた今日この頃なので、国を超えたネットワークで映画がまた幅広く作れるのではないか、と僕自身思い始めています。そういう意味で、この映画には色々なヒントがつまっていると思いますね。監督はアメリカの大学に行かれていますが、聞くところによるとクリストファー・ノーランと若い頃からのご友人とか。


清水:18、19歳のころですかね、そのころにボランティア団体をつくって募金活動をしてモザンビークの難民キャンプに届けるなどアフリカにも一緒にいきました。僕も映画を作っている一人として、例えば友人がこれぐらいだから、僕もこのぐらいを目指して、というベンチマークを置いたりしますが、彼をベンチマークにするにはあまりにも映画界の頂点に行ってしまいましたね(笑)


森:冒頭でTEDのシーンが出てきます。監督ご自身もTEDに出られたことがあるとお聞きしていますが、その関連はありますか?


清水:映画の中で、これは現代で起こっていることなんだ、ということを明確に言いたかったので、例えば国連でスピーチしてもよかったのですが、より現代性をもたせるために、世界でいま一番人気のある講演の場であるTEDの場でのスピーチから始めました。

僕はこの映画を作った目的のうち、一つは今でも実際に強制収容所に12万人の人たちがいるといわれている。アクティビズムの一環として、この映画を色々な人々にみてもらいたいという思いがあります。ただ世界中のアクティビズムは行き詰っていると思うんです。熱くて知識もある人たちがまた大きな声をあげてがんばっているというようにみえてしまい、端からみると、大変そうだとわかっても距離を置かれてしまう。僕は、以前偉人マンガのプロジェクトに携わったときの経験から、マンガやアニメといったソフトメディアに固い話をのせると広がるのではないか、という確信があります。それと同時に大事なのは、絶対にエンターテイメント性がないと伝わらないということ。この内容で告発系のプロバガンダ映画をつくったら見てくれる人もいない。その意味ではストーリーの中にアクションやロマンスをいれたりすることによって、メッセージも広がると思うのです。


森:社会的有効性を突き詰めていくと、エンターテインメントの、広い層に届ける力というのは有効ですよね。清水監督が映画監督として、人権問題をどう伝えるかということに向き合い、それをソフトメディアでわかりやすく届けることによって社会変革が起きるのではないかとお考えなのではと感じました。


清水:インテレクチュアルだけでは、人は動かないと思っていて、そこをエモーショナルなものにしないといけない。例えば、ホロコースト、アウシュビッツで起こっていたこと、何万人がなくなったということを知識として知るだけでなく、それと同時にたとえば「アンネの日記」のように、彼女が外の世界にあこがれ、恋をして、将来何になりたいかを語ったりすることによって、我々が自身を彼女に投影することができる。そのときに初めて事実が合致して心に残ると思うのです。本作でも収容所の中で、人々はロボットや家畜のように生きているのではなく、それぞれが夢を持ち、冗談を言い、助け合う、ヒューマニティをみたときに心に響くと。もちろん事実なので残酷なことも描かなければいけないのですが、そんな地獄の中のヒューマニティの部分をきちんと探らなればならないと考えました。 

本作のために韓国でインタビューに答えてくれた方の何人かはすでに映画みていただき、コロナ禍なのでマスクをしながらの鑑賞でしたが、マスクが涙でぐしょぐしょになるほどだったと、そして映画で描かれていることは正確だったと話してくれました。

僕は、この映画を通して、本気で12万人の人たちを何かしら救いたいと思っています。映画の最後のシーンにも思いを込めましたが、ぜひ観た方一人一人がSNSなどで広げていただければ、その積み重ねが彼らの希望へとつながってくれると信じています。

<STORY>
1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民したパク一家は、平壌で幸せに暮らしていたが、突然父が政治犯の疑いで逮捕。家族全員が突如悪名高き政治犯強制収容所に送還されてしまう。過酷な生存競争の中、主人公ヨハンは次第に純粋で優しい心を失い、他人を欺く一方、母と妹は人間性を失わずに生きようとする。そんなある日、愛する家族を失うことがきっかけとなり、ヨハンは絶望の淵で「生きる」意味を考え始める。やがてヨハンの戦いは他の者を巻き込み、収容所内で小さな革命の狼煙が上がる。

監督・脚本・プロデューサー:清水ハン栄治(「happy - しあわせを探すあなたへ」プロデューサー) 
制作総指揮:ハン・ソンゴン
制作:アンドレイ・プラタマ
音楽:マシュー・ワイルダー
声の出演:ジョエル・サットン、マイケル・ササキ、ブランディン・ステニス、エミリー・ヘレス
配給:東映ビデオ
94分/カラー/英語/日本語字幕/2020年/日本/インドネシア

『トゥルーノース』は6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開!

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