長編2作目の『山守クリップ工場の辺り』(13)がロッテルダム国際映画祭とバンクーバー国際映画祭でグランプリを受賞。『うろんなところ』(17)では多くの国際映画祭で上映され、世界から注目を浴びる池田暁監督による『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』が3月26日(金)より公開となります。目的を忘れ、知らない相手と毎日戦争をしている町を舞台に、1人の兵隊と周りの人々の暮らしが変化していく様をユーモアを交えながら独特のリズムで描いた本作は、第21回東京フィルメックスで日本人監督作品としては初となる審査員特別賞に輝きました。今回は、本作の主演で映画・ドラマ・舞台と活躍の場を広げる前原滉さんと池田監督に、本作への想いや池田監督作品の魅力などをお聞きしました。
ーー『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』とても面白かったですし、独特の味わいがありました。まず、本作の着想を教えていただけますでしょうか?
池田暁(以下、池田):僕の住んでいるマンションの部屋の窓から実際に川が見えるんです。そしてある朝、起きて外を見た時に川の向こうのことが気になりまして。一本の線(川)の向こう側って何か違うのかなとか、どんな人が住んでいるのかなとか、ちょっと想像したんですよね。そういうなんてことない日常から生まれた作品です。
ーー細かな設定などは、脚本を書いていくときに膨らませていったのでしょうか?
池田:そこからすぐに脚本を書き始めたというよりは、一つのポケットにしまっておいたものを取り出していった感じです。描きたいものがいろいろあるなかで、川の向こう側と戦争の話であれば、「こういうものを描きたい」とポケットから取り出していき、最終的に一つの脚本になりました。
ーー前原さんは、はじめて脚本を読んだときどんな印象を受けましたか?
前原滉(以下、前原):最初に脚本をいただいて、その後池田さんが以前撮った作品を拝見したんですけど、文字で読んだときの印象と、映像を観たあとでは印象が違ったんです。脚本を読んで、露木という人はこういう感じなんだろうな、こういう動きをするんだろうなと想像していたものが、池田監督の作品を観たときに、全部覆されたというか。ひっくり返る感じがありました。脚本を読んだ印象というよりも、脚本と映像が合わさったときの印象が僕の中で結構衝撃的で、「あ、やったことないことだ」と思いましたね。
普段はお話をいただいてからあまり人に相談することはないのですが、どう想像してもどういう風になるのかが見えなかったので、今回はいろんな人に相談したんです。そうしてマネージャーさんとかに話をしていくうちにだんだんワクワクしてきて。不安もあったんですけど、最終的に「やりたいです」「この世界に飛び込みたいです」という話をしました。
ーー池田監督の作品は芝居のトーンが特徴的で、そこが魅力でもあると感じたのですが、演出はどのように伝えていったのでしょうか?
池田:演技に関しては僕のなかで結構明確なものがあったので、それを役者さんに伝えることが大変でした。キャスティングの方にも、撮影前にリハーサルだけはやらせてほしいと伝え、結果的に1~3日くらいリハーサルをやらせていただきましたね。主に大きくわけると2つあり、箸の持ち方などの動きをカッチリ決めることと、セリフとかの演技のトーンです。そこもなんとなくでしか伝わらないんですけど、僕が思ってることを伝えて、話ややり取りをしつつ、この映画の演技の幅みたいなルールを共有して、撮影に挑みました。
ーー前原さんは今回池田監督の演出を受けてみていかがでしたか?
前原:露木を演じることが決まった瞬間から池田監督の世界に入りたいとワクワクしていたので、お芝居に関しては、自分がこうしたいというよりも池田監督のしたいことにのっとっていく方が楽しいだろうなと思っていました。リハーサルでも、「ここではこう動きたいです」というようなこともあまり無くて、発案で動くというよりも、受け入れて進むみたいなやり方でした。今まで見たことが無いやり方だったし、やったことない動き、やったこと無い発し方がたくさんあったので楽しかったです。いつもは「どう映るか」ということや、「こういうキャラクターだからこうして…」とか、“役を演じるためには”、ということを結構考えるんですけど、今回はその感じが無く演じられたのですごく新鮮で楽しかったです。
ーーキャラクターも個性的でしたけど、それぞれキャストの皆さんが魅力的でしたね。
前原:抑えたとしても、その人の人柄ってやっぱり滲み出てくると思うんですよね。その人の表情はその人にしかでないものですし。池田監督もそこを変えるということはされていなかったと思います。
池田:そうですね。個々の個性などを潰す気は全く無く、それぞれの良さは消さずに描きたいと思っていました。
前原:逆に、それぞれ皆さんの感覚やセンスみたいなものが見えて面白かったですよね。きっと同じなんですけど、それぞれ違うというか。
池田:お芝居が枠の中に入っていればいいんですよ。その境界線をわかっているのは多分僕だけだったので、そこからはみ出た時だけお伝えしていましたね。
前原:その境界線を、いろんな角度からいろんな俳優さんが「ここかな?ここかな?」という風にやっている感じで、なんかちょっとゲームみたいですよね。池田さんが設定して構築したゲームのなかに役者さんが入って、枠からはみ出たらちょっと戻ってください、みたいな(笑)。
ーーとなると、キャスティングの段階からその辺りも想像されていたのでしょうか?
池田:自主映画を撮っていた頃から出てもらっている方も数名いましたし、きたろうさんも前回の短編に出演していただいていたので、入り方は若干違ったんですけど、共通しているのはとにかく個性的な人たちであるということですね。性格とかではなく、それぞれ姿でキャラクターが際立つような人たちというところが大きな基準でした。
ーーなるほど、面白い視点ですね。本作は淡々とした中にユーモアやシニカルさも感じたのですが、社会に向けたメッセージのようなものは意識されていたのでしょうか?
池田:テーマとか社会性のような部分は、脚本を書いている段階ではびっちり考えたりするんですけど、撮影時にはあんまり考えていないです。ただ、そこの表現を押しつけがましくはしたくないし、そこがわからなくても観て楽しめるようにはしたいなと思っていました。社会的なことはこっそりと入れていますが、観た方のなかに気付いてくれた方がいたら、それはそれで嬉しいなというくらいでいいかなと思っています。
ーー前原さんは完成した作品を観てどんなことを感じましたか?
前原:僕は演じたうえでこの映画を観て、想像することの大切さを考えるようになりました。何が正しくて何が正しくないかというのは、すごく難しいじゃないですか。その人の見てる側面によって違いますし。この映画に出てくる人たちも、川向うのことを知らないだけで、川向うにもきっとそれぞれの主観があるだろうし。想像が行き過ぎてもいけないんですけど。日常に落とし込めるポイントのある内容ですし、また次回観たらきっと違う感想が出てくるだろうし、考えることが楽しめる映画だなと思いましたね。
ーー確かに、いろんな人がいろんな形で落とし込める要素がありますよね。あと、不思議とずっと見てられる感じもありました(笑)。
池田:リズムとかですかね。もっと短くしてくださいと言われたこともあったんですけど(笑)。編集も自分でやっているので客観視できないところではありますが、編集は自分が観れるか観れないかくらいの基準で行っていました。
前原:それでいうと、演じている方も飽きなかったので、それに近い感じかもしれないですね。きっと何かがあるんだと思います。淡々としていても、その中にあるものが垣間見えたときに興味深くなっていって。それが連続しているから、きっと飽きないのではないかと。
池田:じゃあ次は、3時間くらいの映画を・・・(笑)。
前原:(笑)。
ーーちょっと観てみたい感じもします(笑)。前原さんは、きたろうさんや片桐はいりさんなど個性豊かな役者さんが揃っているなか今回初の主演でしたが、いかがでしたか?
前原:名だたる方がたくさん出演されているので、「主演です」って言われたときはすごくびっくりしました。主演だからこうしました、というようなことはあまり無かったんですけど、唯一主演だからこそできたことは、長い時間皆さんと一緒に居れたことですね。毎日撮影へ行き、コミュニケーションをとる機会も多かったので、長く一緒に居ないと見れないその方の想いとかを知ることができたので、それはすごくよかったです。主演として出来たことはありませんでしたが、経験したり感じたりすることはたくさんあったので、素晴らしい経験でした。
ーー同じ時間を共有することで見えてくることってありますよね。それでは最後に、池田監督が今後撮ってみたいテーマがあれば教えていただきたいです。
池田:撮ってみたいものはたくさんあります。脚本を書くのが好きなので脚本になっているものもあるんですけど、その中だと、食べ物の話とか撮ってみたいですね。今は、そこら辺で買ったり食べたりできると思うんですけど、200年300年前とかだと、食べ物を手に入れるのもすごく難しかったじゃないですか。そういう食べ物の本来の在り方みたいなことを描いた映画を撮ってみたいですね。あと、テーマとは別ですけど、日本以外の国でも映画を撮ってみたいです。何にせよ、自分にとって新しいことをやりたいというのは常に思っていますね。
プロフィール
前原 滉
1992年11月20日生まれ、宮城県出身。連続テレビ小説「まんぷく」(18/NHK)、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(17/NHK)、「いだてん~東京オリムピック噺~」(19/NHK)などの話題作をはじめ、近年ではドラマ「あなたの番です」(19/NTV)、「私たちはどうかしている」(20/NTV)、「バベル九朔」(20/NTV)、「直ちゃんは小学三年生」(21/TX)、「俺の家の話」(21/TBS)、映画『あゝ、荒野』(17/岸善幸監督)、『栞』(18/榊原有佑監督)、『うちの執事が言うことには』(19/久万真路監督)、『JKエレジー』(19/松上元太監督)、『シグナル100』(20/竹葉リサ監督)、『とんかつDJアゲ太郎』(20/二宮健監督)など、活躍の幅を広げている。
池田 暁
1976年1月11日生まれ、東京都出身。日活芸術学院美術コース在学中に、鈴木清順作品を手がけたことでも知られる木村威夫美術監督と出会い、薫陶を受ける。初の長編映画『青い猿』(07)が、第29回ぴあフィルムフェスティバルにて観客賞を受賞。その後、クリップを手作業で生産する工場で働く男の淡々とした日々が見知らぬ人々との出会いを経て変化していく様を描いた『山守クリップ工場の辺り』(13)で、第43回ロッテルダム国際映画祭、第32回バンクーバー国際映画祭でグランプリ、第35回ぴあフィルムフェスティバルにて審査員特別賞を受賞。各国の映画祭で上映され、注目を浴びる。続く『うろんなところ』(17)は、第30回東京国際映画祭、第47回ロッテルダム国際映画祭、第20回台北映画祭、第35回エルサレム映画祭などで上映される。2018年にはndjc 2017で短編映画「化け物と女」を35mmフィルム撮影で製作。本作は長編4作目となる。
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』
2021年3月26日(金)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
©2020「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」フィルムプロジェクト
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cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。
edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。
photo:浅野耕平(Kohe Asano)