北島博士のおもしろ映画講座第51回企画した樹木希林の望み通りに浅田美代子の代表作になったと私は思うー　『エリカ38』

2019-06-09

「エリカ38」
　言葉巧みに儲け話をもちかけて多額の金銭を詐取した渡部聡子の半生を描く一種のピカレスク・ロマン。
集めた金で贅沢な生活をしておきながら、返済を迫られると、言を左右にして先延ばしにし、挙句の果てに「私も被害者なのよ」と開き直り、いよいよやばくなるとタイに逃げて、ハンサムな若者の心と体を金銭で引き留めていた。

　樹木希林の没後、彼女の出演したＴＶドキュメンタリーや発言集が雨後のタケノコのように出たが、それらで語られているところによると、樹木希林が死亡直前に浅田美代子のために製作を買って出た作品だという。浅田とはＴＢＳのドラマ「時間ですよ」以来の公私ともに保護者的な立場でありつづけ、浅田の結婚、離婚、その後の生活にも多大なる寄与をしているという。

　エリカ、38歳と称して20代の愛人ポルシェを作りながら、タイで暮らしていたが、警察に逮捕されて、日本に移送されるところから始まる。
彼女が詐欺犯罪に手を染めるところから映画は再スタートする。クラブ勤めをしながら、輸入サプリメントを販売していた聡子。ねずみ講まがいのセールスなのだが、彼女のトークを聞いて気に入ったというマダムが、その場で20万円をポンと出して買い上げてくれた。伊藤と名乗るマダムから紹介された平澤はカンボジアの支援事業をしており、それに投資すればハイ・リターンも期待できると聞かされて、小金を持った人々が寄ってくる。聡子は集金した金を平澤の待つホテルに持参し、彼と肉体関係を持つようになる。　

実際に起きた事件をベースにしており、事件の真相を追うジャーナリストが被害者にインタビューする場面が挿入される。なぜか、「騙されたとは思えない」という人が多い。自殺者まで出たというのに。聡子という人物の人柄の故か、はたまたまだ夢を信じているのか、それとも騙されたと自分で認めるのが嫌なのか。ともあれ、インタビューを織り込むことで、現実味がますという効果があったことはたしかだ。

　生まれ育った家では暴君のようにふるまう父親に、おびえながら身を小さくして生きてきた母娘が実行した行動も過激だが、詐欺事案にくらべると、影が薄くなってしまう。60女のエスカレートする欲望と焦燥感がよくでていた。聡子にしろ、樹木希林が演じた母親にしろ、役柄と演技者の雰囲気がぴったりで、ナチュラルなストーリー展開と、皮肉さとパッションとサスペンスを醸し出す演出がうまい。

「美代ちゃんにはね、60になってもアイドルの色香、ツヤがあるのよ。やっぱり映画をやって、そろそろあの子も代表作を作らないと…と私は思うのよ」とプレスブックに樹木希林の言葉が紹介されている。彼女は完成した映画を見られなかったが、彼女の望み通りに本作は浅田美代子の代表作になったと私は思う。

監督・脚本は写真家出身の日比遊一。平澤に平岳大、ジャーナリストに窪塚俊介、伊藤に木内みどり、被害者役に小松政夫、古谷一行、ポルシェにウォラフォップ・クライサン（タイのミスター・インターナショナル代表に選出されたイケメン）が扮している。

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界ＳＦ映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」（近代映画社）、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」（キネマ旬報社）などがある。