新作『ドント・ウォーリー』の日本公開を機に、10年ぶりの来日となる監督ガス・ヴァン・サントの記者会見が2月20日にザ・ペニンシュラ東京にて開催された。

オレゴン州ポートランドの風刺漫画家ジョン・キャラハンの半生を描いた本作は、もともと2014年に他界した俳優ロビン・ウィリアムズが映画化を熱望していた企画。それから20年を経て、彼に監督をオファーされたガス・ヴァン・サントがその遺志を継ぐかたちで完成させた。キャラハンを演じる主演のホアキン・フェニックスをはじめ、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラックと、熟達した魅力的な俳優たちが顔を揃えている。

「とてもパーソナルな映画になると確信した」というホアキン・フェニックスの言葉どおり、本作はガス・ヴァン・サントのどこまでも優しく、親密な情感に溢れた眼差しに貫かれている。そして、その眼差しがホアキンの兄リヴァー・フェニックスが主演した『マイ・プライベート・アイダホ』以来、彼が辿ってきた道程へと向けられるとき、本作における「許し」が監督自身の深いところからもたらされたものであると実感するだろう。彼の言葉に耳を傾けながら、5月3日の公開日を心待ちにしたい。

シネフィルでは、前回(http://cinefil.tokyo/_ct/17256197)に続いて『ドント・ウォーリー』の記者会見模様ご紹介します。

[記者会見]

Q1. 本作は「母親探し」という物語と主演のホアキン・フェニックスという点から、彼の兄であるリヴァー・フェニックスが主演した『マイ・プライベート・アイダホ』(91)と深いところで繋がっていると感じます。そこで、監督から見た俳優ホアキン・フェニックスの魅力とは何か、兄リヴァーとの共通点などがあれば、それもふまえてお聞かせいただけますか。

二人は4歳違いの兄弟ですが、とてもよく似ていると思います。私が初めてリヴァーと出会ったのは、彼が二十歳のときです。フェニックス一家が当時住んでいたフロリダの自宅で、彼と一緒にスケートボートのジャンプ台を眺めながら話したのを覚えています。そのとき、彼は弟ホアキンのことを「クレイジー」だと言っていました(笑)。二人とも予測不能な性格の持ち主であるところは共通していると思います。二人は人間的にはまったく違うタイプですが、アメリカ中を放浪しながら暮らしていたユニークな家族の一員として、共通の資質を受け継いでいることは理解に難くありません。

俳優としては、ホアキンはリヴァーの演技を見て勉強していた部分があると思います。また彼ら兄弟の父親も、アマチュア役者のようにいつも演技を披露して家族を笑わせるのが日課だったような、演じるということについて天然の資質を持った人だったようです。そうした家庭環境の影響もあって、彼ら兄弟は演じることや役づくりについて自然と学んでいったのではないでしょうか。ホアキン自身が私にそうした家族の才能や資質を受け継いでいるかもしれないと語ってくれました。

また、彼ら兄弟はともに役柄に没頭する特性を持っています。例えば、『マイ・プライベート・アイダホ』で、リヴァーは撮影が始まる前から服装や歩き方、立ち居振る舞いに至るまで完璧に役になりきっていました。彼の役づくりは、自分が演じる役柄を学習しながら、その役に入っていくという方法です。そのために、彼は映画の現場に入る前から撮影が終わるまで、ずっと自らの役に埋没しています。ホアキンも『誘う女』(95)では自分の演じる役柄に合わせてユニークな髪型に変え、台詞についても熱心に勉強していました。彼の熱意は周りのスタッフや俳優が疲れてしまうほどです(笑)。本作でジョン・キャラハンを演じるにあたっても、そのようにしてつねに役柄になりきっていました。

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Q2. 実在する人物とフィクションという二つの題材を手がける際に、映画づくりにおいて共通点や違いなどがあれば教えていただけますでしょうか。

本作以外にも『マラノーチェ』や『ミルク』をはじめ、私は実在の人物の自伝的な作品を数多く手がけています。そのようなリアルな人物や状況を描く際の製作プロセスですが、本作についていえば、まずキャラハンのガールフレンドをはじめ、彼をよく知っている人々に会って話を聞きました。例えば、アヌー(ルーニー・マーラ)がキャラハンの自宅のキッチンで彼の身体を洗うシーンがありますが、これは実際に彼のガールフレンドから聞いた話がもとになっています。人の助けを借りながら、まるで洗車するように風呂に入るということに耐えきれないキャラハンの人間性がよく現れている場面です。彼の自伝には書かれていないこういった場面を加えていくことで、作品にリアリティをもたらすことができると思います。

キャラハン自身の性格として、起こったことをそのまま伝えるよりも、漫画家として他人を楽しませるために事実を面白おかしく改変してしまうところがあります。言い換えれば、彼の自伝をもとにしたとしても、リアリティを追求することにはならないということです。例えば、事故直後に初めてアヌーと出会う際、彼はモルヒネを打たれていたため、実際には記憶がほぼ飛んでしまっている可能性もあります。また、ドニー(ジョナ・ヒル)やデクスター(ジャック・ブラック)に関しても、実在の人物とは異なった名前を使っています。キャラハンはインタビューでドニーのことを指しているらしい「ボビー・アンツ」という名前を頻繁に口にしていますが、実際にインターネットやポートランドの電話帳などで調査しても、結局その名前は見つかりませんでした。つまり、実のところドニーという人物に関しては実在する人物であるという裏が取れていないのです。

『ミルク』もそうですが、対象となる人物の話を聞くと、人それぞれに異なった側面が出てきます。伝え聞いた話のどこを切り取って記録をするのか、その方法によっては伝記もまた異なったものになります。話した人がそのまま実際の歴史になってしまう可能性もある。だから、記録が歪曲されて伝わっていくことも十分にあり得ますし、必ずしも伝記がそのまま真実であるとはいえないのです。『誘う女』も実際の事件をもとにしてはいますが、これはフィクションの要素が強い作品です。ですので、この作品に関してはあまり事実に基づいたリアリティを求める必要はありません。逆に『ミルク』に関しては、政治家が題材でもあるため、より正確な事実を求められる作品です。この作品の場合は、何百人という人々から話を聞き、所属するグループごとにバージョンの異なる話ができあがりました。ジョン・キャラハンについても同じで、家族や友人といったグループの違いによって話が異なるので、そのそれぞれでリアリティも変化していくのです。映画をつくるときには、その異なったリアリティをいかにうまく脚本のなかに適応させていけるかが重要になります。

画像: ガス・ヴァン・サント監督来日『ドント・ウォーリー』記者会見模様 ❷!主演のホアキン・フェニックスや夭折したリヴァー・フェニックスのこと--そして制作秘話。

Q3. ジョナ・ヒル演じるドニーがとてもユニークな存在だと思ったのですが、なぜ彼にこの役を演じさせたのでしょうか。従来の彼のイメージとは違って、本作での彼はとても新鮮な感じがしました。

コメディの才能を持っている彼にとって、『マネー・ボール』(11)や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)などで演じた役柄はユーモアの少ない人物でしたが、その外側でも十分に通用する力を持っている俳優だと思います。また、彼は役のために様々なことを持ち込んで提案するタイプの俳優でもあります。最初、ホアキン・フェニックスや周囲の人々にドニー役に彼はどうだろうと相談したところ、「彼ならどんな役でもできる」という答えが返ってきました。それだけ俳優として認められているということの証しです。得意なコメディの世界から出ることはとても勇気のいることですが、私自身も彼の出演している作品を観ていたので、彼ならば演じることができると感じていました。

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ところが、当初ホアキンと同時期に彼にもキャスティングのオファーをしたのですが、そのときには「僕にはできない」と断られてしまいました。その後、製作上の問題もあり、それから1年後に再度声をかけてみたところ、「挑戦してみたい」という返事に変わったのです。そのときはとてもうれしかったですね。役づくりとして、彼が口癖のように「実際的に(プラグマティック)」という言葉をよく口にしていたのが印象に残っています。

(文・構成:野本幸孝)

ガス・ヴァン・サント監督×主演ホアキン・フェニックス
『ドント・ウォーリー』予告

画像: ガス・ヴァン・サント監督×主演ホアキン・フェニックス『ドント・ウォーリー』予告 youtu.be

ガス・ヴァン・サント監督×主演ホアキン・フェニックス『ドント・ウォーリー』予告

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[STORY]
オレゴン州ポートランド。アルコールに頼りながら日々を過ごしているジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)は、自動車事故に遭い一命を取り留めるが、胸から下が麻痺し、車いす生活を余儀なくされる。絶望と苛立ちの中、ますます酒に溺れ、周囲とぶつかる自暴自棄な毎日。だが幾つかのきっかけから自分を憐れむことを止め、過去から自由になる強さを得ていく彼は、持ち前の皮肉で辛辣なユーモアを発揮して不自由な手で風刺漫画を描き始める。人生を築き始めた彼のそばにはずっと、彼を好きでい続ける、かけがえのない人たちがいた・・・。2010年、59歳で他界した世界で一番皮肉屋な風刺漫画家の奇跡の実話。
 

監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン 原作:ジョン・キャラハン
原題:Don’t Worry, He Won’t Get Far on Foot/2018年/アメリカ/英語/115分/カラー
配給:東京テアトル
提供:東宝東和、東京テアトル
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5月3日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ有楽町・ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館他全国順次公開

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