『鈴木家の嘘』野尻克己監督&木竜麻生さん対談インタビュー

映画はちょっとしたことで説得力が全然変わるんです

数々の作品で助監督を経験し、実体験に基づいて作られた映画『鈴木家の嘘』で劇場映画デビューとなった野尻克己監督と、『菊とギロチン』(’18)で主演の花菊ともよ役を演じて注目を集めた木竜麻生さん。
木竜さんが演じた鈴木家の娘、鈴木富美役のオーディション時のお話や、映画づくりへのこだわり。そして、本作にこめた想いや撮影時のエピソードなどを聞いた。

画像: 左より野尻克己監督、木竜麻生さん

左より野尻克己監督、木竜麻生さん

――ヒロインの鈴木富美役はオーディションで決まったそうですが、木竜さんの第一印象は?

野尻:最初に木竜さんと出会ったとき、「『Wの悲劇』(’84)の薬師丸ひろ子さんっぽいな」と感じたんです。

――それはすごい大物感ですね!

野尻:最近の日本映画には少ないヒロイン像ですが、木竜さんからはスターの風格が感じられたのと同時に、純朴なところがあるのがよかったですね。『鈴木家の嘘』にはシビアな描写も多いのですが、木竜さんにはどこか「すっとぼけた感じ」があるんです。そういった部分がスクリーンに映れば、おそらく観客もクスッと笑えて、救いがある映画になるんじゃないかなと思ったんです。

画像: 野尻克己監督

野尻克己監督

――木竜さんはどのような思いでオーディションに臨まれたんですか?

木竜:面接の際は力が入っていましたが、いざワークショップが始まった後は、自分のダメなところも含めて監督に全てお見せしたので、へなちょこなのもバレているし、それほど緊張せずに過ごせたような気がします。いままで出会ったことのない感情と向き合いながら取り組んでいった、という感じです。

画像: 木竜麻生さん

木竜麻生さん

――ワークショップを実施されたのは、監督の意向ですか?

野尻:今作は松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画プロジェクト第6弾なんですが、その企画自体に、オリジナル脚本で、ワークショップを経てキャスティングをして映画作りをする、という決まりがあるんです。ただ、僕が今回書いた脚本には年配の方が多いので、全員をワークショップで選ぶのは厳しかった。せめて若い出演者はワークショップで選ぼうということになりました。

――具体的にはどんなことをするのでしょうか?

野尻:僕は面接の時点で、この映画の一番肝心なシーンを演じてもらいました。

――え!?あの、手紙を読む長廻しのシーンですか?

木竜:そうです。

――ということは、事前に台本を渡されていたということですね。

木竜:はい。面接会場に入って「よろしくお願いします」と挨拶してから割とすぐに、あのシーンを始める感じでしたね。

――となると、木竜さんは役が決まる前から本番に臨むような気持ちで役作りをされていたということですね。富美役を演じる上でどんなことを考えましたか?

木竜:富美は家族のなかで一番下のポジションで、彼女には子どもみたいなところがまだあるんです。感情は素直に表に出せるのですが、表現するのが下手だから、頭の中でグチャグチャしてしまう。もし私自身がこの状況に置かれたら自然と出てくるであろう感情や言葉の中から、監督に役柄との帳尻を合わせていただいたようなところがありますね。

画像1: 映画はちょっとしたことで説得力が全然変わるんです

野尻:もちろん最低限のお芝居は出来ないといけない、というところはあったのですが、どちらかというと、オーディションでは本人がもともと持っているパーソナルな部分を引き出したかったんです。というのも、僕自身、そもそもそういうものが映っていない映画はつまらないと思っているので。手紙のシーンのセリフには、いろいろな感情が混ざっているんです。だから、「この役者さんは、心の底から人を憎んだり、怒ったりすることができるのかな」というところを見ていましたね。

――「木竜さんで行こう!」となった決め手とは?

野尻:観客は、怒りの感情をむき出しにする役者の姿を目にして、「自分と同じ人がここにも居る」と感じる。富美が悲しんだり、怒ったり、喜んだりするシーンは、間違いなく観客の共感が得られるポイントだと思っていたので、ちゃんと感情が出せるかどうかがカギになりました。木竜さんは、まだきっと誰にも見せていない一面が爆発する瞬間を見せてくれました。

――木竜さんが新体操を披露するシーンが美しくてとても印象的でした。

野尻:富美の「生きづらさ」を表すシーンでもあり、彼女が兄の死に囚われているということを表現したかったんです。もともとは陸上部の設定だったのですが、木竜さんが実際にやっていた競技の方が画の力が強くなると思って、新体操に変更しました。

――なるほど。だから木竜さんはあんなに美しい動きが出来たんですね。

木竜:私が新体操をやっていたのは小・中学校時代で、7年くらいブランクがあったんです。「もしやらせていただけるなら」とお願いして、撮影に入る前、新体操の強豪校である国士舘大学に4カ月ほど練習に通わせていただきました。

――あのシーンがあるかないかで、この映画の見え方が変わってくる気がします。

野尻:映画はちょっとしたことで説得力が全然変わるんです。「この世界にちゃんとこの人が住んでいますよ」と思わせるのが、すごく大事だと思っていて。それは冒頭の10分で決まるんです。

――本作は実体験に基づく「家族の映画」でありながら、随所に「笑い」を散りばめられていますね。

野尻:僕のなかには「笑えない映画は好きじゃない」というのがまず根底にあります。実際、僕自身の兄の葬式の時も、思わず笑っちゃうようなことが起きたんですよね。お墓を建てるときも、「寂しいだろうから、飼っていた犬の銅像を墓石の横に建ててあげる?」とか、母親がまじめな顔で言うんです。そうしたら父親が「いやいや、あいつは猫の方が好きだったから、猫にした方がいいんじゃないか」とか言い出して(笑)。この映画の中でも「コウモリのエピソード」として描いているのですが、同じ時間を過ごしたはずなのに、家族全員、一人ひとり覚えていることが違うんです。「願望が思い出を作り出している」とも言えるのかもしれないし、結局は母親が思い込んでいることも、息子に対する愛情でしかないんです。それに気付いた時、僕自身初めて「それを映画にしてみようかな」と思えたんです。

――木竜さんは本作における「笑いの要素」とどのように向き合いましたか?

木竜:どこか滑稽で、格好悪い部分も見せ合えるのが「家族」だと思うんです。それがあるからこそ、本当にその家族がそこで生きているように見えるんじゃないかなと感じていたので、この映画にはコミカルなシーンが欠かせなかったような気がしますね。

画像2: 映画はちょっとしたことで説得力が全然変わるんです

――野尻監督の次回作の構想は?

野尻:つらい体験やセクシャリティをカミングアウトする人が少しずつ増えてきてはいますが、まだ胸の内に秘めている人も沢山いるので、そうした人たちが観られるような映画を丁寧に撮っていきたいと思っています。過酷な現実を抱えていても、表面的には明るく生きている人が僕は好きなので。家族の話も、またいつかやれたらいいですね。

画像: 左より野尻克己監督&木竜麻生さん

左より野尻克己監督&木竜麻生さん

野尻克己監督
1974年12月30日生まれ、埼玉県出身。東京工芸大学芸術学部映像学科を卒業後、映画業界に入り、熊切和嘉監督、豊田利晃監督、大森立嗣監督に師事。以降、橋口亮輔、横浜聡子、石井裕也ら日本映画界を牽引する監督たちの現場で助監督を務める。チーフ助監督として参加した作品に、熊切和嘉監督『青春金属バット』(06)、『フリージア』(07)、『海炭市叙景』(10)、大森立嗣監督『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(10)、『まほろ駅前多田便利軒』(11)、『まほろ駅前狂騒曲』(14)『セトウツミ』(15)、横浜聡子監督『ウルトラミラクルラブストーリー』(09)、武内英樹監督『テルマエ・ロマエ』(12)、『テルマエ・ロマエⅡ』(14)、石井裕也監督『舟を編む』(13)、橋口亮輔監督『恋人たち』(15)など多数。自ら手がけたオリジナル脚本によって本作で長編劇映画監督デビューを飾る。

木竜麻生
1994年7月1日生まれ、新潟県出身。スカウトをきっかけに芸能界デビュー。映画出演作に、『まほろ駅前狂騒曲』(14/大森立嗣監督)、『アゲイン』(15/大森寿美男監督)、『グッドモーニングショー』(16/君塚良一監督)などがある。瀬々敬久監督『菊とギロチン』(18)でオーディションを勝ち抜きヒロイン花菊役を射止めて注目を集め、本作『鈴木家の嘘』ではワークショップを経て2,000名(うちヒロイン希望者は400名)の中から富美役に選出された。また7月には自身初の写真集である「Mai」がリトルモアより発売された。第31回東京国際映画祭出品作から、宝石の原石のような輝きを放つ若手俳優に贈られる「東京ジェムストーン」賞を『鈴木家の嘘』と『菊とギロチン』の演技により受賞するなど、今年最も注目すべき新星の一人。

お二人の対談は、12月に発売するシネフィルブックvol.2で、より深い内容をご紹介いたします!

インタビュー・文&写真:渡邊玲子
編集:矢部紗耶香

『鈴木家の嘘』予告

画像: 野尻克己監督の劇場映画初デビュー作『鈴木家の嘘』90秒予告 youtu.be

野尻克己監督の劇場映画初デビュー作『鈴木家の嘘』90秒予告

youtu.be

映画『鈴木家の嘘』あらすじ

鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)がある日突然この世を去った。母・悠子(原日出子)はショックのあまり意識を失ってしまう。

浩一の四十九日。父・幸男(岸部一徳)と娘の富美(木竜麻生)は、名古屋で冠婚葬祭会社を経営する幸男の妹・君子(岸本加世子)、アルゼンチンで事業を始めたばかりの悠子の弟・博(大森南朋)とともに、意識を失ったままの悠子の今後について話し合っていた。そんな中、悠子が病室で意識を取り戻す。慌てて幸男、富美、君子、博が病院に駆けつけると、彼らの姿をみて驚きながら、悠子が尋ねる。

「浩一は?」

思わず目を見合わせる4人。そこで富美はとっさに「お兄ちゃんは引きこもりをやめてアルゼンチンに行ったの。おじさんの仕事を手伝うために」と嘘をつく。「お父さん、本当?」と感極まった様子の悠子に、幸男は「ああ」と返すしかなかった。

母の笑顔を守るべく、父と娘の奮闘が始まった。父は原宿でチェ・ゲバラのTシャツを探し、娘は兄になりかわって手紙をしたためるなど、親戚たちも巻き込んでのアリバイ作りにいそしむ。

そんななか、博がアルゼンチンの事業から撤退することが決まった。母への嘘の終わりが近づいていたーー。

©松竹ブロードキャスティング

11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

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