川瀬さんとは具体的な言葉がなくても通じ合える
映画『ディアーディアー』(’15)で長編映画監督デビュー後、『ハローグッバイ』(’16)、『望郷』(’17)、『体操しようよ』と、数々の作品を生み出し続けている菊地健雄監督と、毎年数多くの作品に出演し、作品のスパイスになるような味のあるキャラクターを演じている俳優、川瀬陽太さん。監督・俳優として活躍されているお二人の関係性を掘り下げつつ、出会いの切っ掛けや、「映画づくり」に対する想い、そして、今作の現場での様子についてお話を聞いた。
――川瀬さんといえば、菊地組には欠かせない役者さんですよね。
菊地:長編・短編はもちろん、ミュージックビデオも含めて、僕の監督作品にはすべて出てもらっていますね。
――そもそもお二人の出会いとは?
菊地:僕は映画美学校のフィクションコース出身なのですが、授業の一環で、瀬々敬久監督が撮られる短編に、僕ら学生もスタッフとして参加する実習があって。川瀬さんはその作品のキャストだったんです。
川瀬:最初はスクリプターと俳優という関係で。
菊地:川瀬さんは「狂ったコンビニ店員」の役だったんですが、瀬々さんが「なんかいい案ないか」って無茶ぶりしても見事に応えていたので、「プロの役者ってスゲーな。アイデアいっぱい持ってるんだな」と驚きました。その後、主に瀬々監督のもとで商業映画の助監督としての僕のキャリアが始まるわけですが、その頃から川瀬さんとご一緒する機会が多くありました。
川瀬:そんな流れで菊地の作品に出演するようになったという感じかな。
菊地:瀬田なつき監督の『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(’11)のスピンオフ作品『episode.0回遊と誘拐』で僕が監督デビューした際に、「ほぼ顔の映らないお父さん役」で川瀬さんに出ていただいたんです。
川瀬:その頃、ちょうど仕事がなくて。
菊地:いやいやいや(笑)。
川瀬:助監督から上がってきて、初めて監督をやるという時に声をかけてもらえるのは、役者としても正直うれしいんですよ。「予算があまりないんです」っていう時でも、なるべく出たいという気持ちがいまだにありますね。だって、そいつがいつ偉くなるか分からないから(笑)。
――青田買い的なところもあるということですね(笑)。
川瀬:菊地を評して「たたき上げ」とよく言うんですが、最近ではいわゆる徒弟制度がほぼないから、映画の撮り方が以前とは全然違うんです。やっぱりちゃんとノウハウがある監督の組で演じる方が、俳優にとっても安心感があるんですよ。
菊地:いざ自分が監督になってみると「現場でどう振る舞ったらいいんだろう」と悩んだりもするんです。たとえば俳優の染谷将太くんとは彼が子役の頃から助監督と俳優としてずっと一緒にやってきて、プライベートでも仲良くさせてもらっているのですが、監督と俳優という立場になると、別の緊張感が生まれるんです。
川瀬:つまり、俺には「ない」と言ってるわけで、ずいぶんと失礼な話なんですよ!
菊地:僕の中で唯一その違いがなかったのが川瀬さんだったんです。その理由を自分なりに考えてみたんですが、僕は川瀬さんには「映画人としての心得」のようなものを、さんざん仕込まれているんです。
――川瀬さんは菊地組では主役ではないですが、印象に残る役柄を演じていますよね。
川瀬:いや、こっちは主役でも差し支えないんですよ!バリューがないだけで(笑)。
菊地:そんなことないですよ(笑)。僕自身、作家性が評価されて監督になったというタイプではなくて、どちらかというとお題目があって、それに応える形でこれまでやってきたんです。今回の『体操しようよ』も「ラジオ体操をモチーフに、草刈正雄さん主演で映画を作ろう」というのが前提としてありました。僕の場合、川瀬さんは大抵あて書きなんです。『ディアーディアー』では葬儀屋だし、『ハローグッバイ』は交番の警官役。『望郷』では福引屋のオヤジで……。
川瀬:コスプレか!
菊地:今回はラジオ体操会の中にいる強面のタクシー運転手役で、出演シーンが割と多いのですが、体操会のなかでは一番スポーティーな服装にしました。毎回、「何を着せて、どういう風に居てもらったら、いままで観たことのない川瀬陽太になるんだろう?」というのは常に考えています。あとは、必ずメインのキャストと絡んでもらって、ピリリとスパイスを効かせてもらえたら。
川瀬:いやでも、僕も「うわぁ、菊地が『復活の日』(’80)で主演した人(草刈さん)に芝居をつけているよ」とか思うわけですよ(笑)。草刈さんと僕を同じフレームに収めるということは、「ヘラクレスオオカブトと一緒にカナブンをいれたらどうなるか」みたいなものだから。
菊地:やっぱり異種格闘技戦の方が面白いんですよ。お芝居は基本的にアクションとリアクションで成立しているので、川瀬さんのアクションが変われば、当然草刈さんのリアクションも変化するわけで、僕が言葉で説明するよりも、結果的に良いものになるんです。
――「いい映画」をつくるためには、どんな関係性が理想的だと思われますか?
川瀬:それこそ俳優部の人間は、ある意味、監督以上にいろんな現場を見ているわけじゃないですか。居心地は良いけど、それが映画の出来とは必ずしもリンクしない場合もあるし、その逆もあったりしますから。でも、基本的には監督が俳優に期待してくれている現場の方が、いいものが生まれやすいような気はしますね。監督って、自分が何年もかけて取り組んできたことを、相手に委ねなければいけない仕事でもあるわけです。僕らなんかは、もともと予算や納期に厳しい制限がある現場で育ってきているので、枷のなかで最大限やることの面白さも知っているんです。それを知っているのと知らないのとでは、大分違うような気がします。
――本作の現場はどうでした?
川瀬:見事に合議制でしたね。
菊地:自分の想像を越えていく瞬間にこそ面白さがあると思うので、僕なんかはそこに期待してしまうんですよね。僕と川瀬さんも仲良しではありますが、現場に入ったらあまりベタベタはしていないですよ。人目につかないところで「川瀬さ~ん」みたいなことはありますけど(笑)。
川瀬:社内恋愛じゃないんだから。給湯室か!
菊地:僕らはカメラを「用意、スタート!」って回さなきゃいけないし、「カット!」で止めなきゃいけないけど、この間で撮れるもののために、その前後の時間も使っていかないといけないんです。僕の場合、割と同じチームでやらせてもらってはいるのですが、毎回緊張感はあるんですよね。彼らに見限られないように、ちゃんと面白いことをやっていきたいという思いがあるんです。そういう気持ちを共有できるスタッフ・キャストが、僕にとっては理想的な関係ですね。
――本作の現場では、それが実現できたということですね!
菊地:真偽のほどは、ぜひ映画で確認していただけると……。
川瀬:いや、そこは「できました!」って言い切らないと(笑)。
菊地健雄監督
1978年、栃木県足利市生まれ。40歳。明治大学政治経済学部卒。映画美学校第5期高等科在籍中に、瀬々敬久監督に誘われ助監督になる。12年の助監督時代、参加作品は『ヘヴンズストーリー』(10瀬々監督)、『かぞくのくに』(12ヤン・ヨンヒ監督)、『舟を編む』(13石井裕也監督)、『岸辺の旅』(15黒沢清監督)『64-ロクヨン-』(16瀬々監督)など多数。2015年、故郷を舞台にしたオリジナル脚本の『ディアーディアー』で長編映画監督デビュー。同作は第39回モントリオール世界映画祭に正式出品され、第16回ニッポン・コネクションではニッポン・ヴィジョンズ審査員賞を受賞した。長編2作目の『ハローグッバイ』は第29回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門正式出品。『望郷』では湊かなえ原作を映画化、2017年はジャンルの違った良作を連続公開し、第9回TAMA映画賞の最優秀新進監督賞を受賞した。その他の監督作品として、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(10瀬田なつき監督)のスピンオフ企画『episode.0
回遊と誘拐』、菊地凛子と川瀬陽太主演のWEB番組「マチビト〜神楽坂とお酒のハナシ〜」、Amazonプライムビデオ「東京アリス」など。作家性と商業性を兼ね備えた、いま最も注目の若手監督である。
川瀬陽太
1969年12月28日生まれ。神奈川県川崎市出身(生まれは北海道札幌市)。助監督を経て'95年に自主映画『RUBBER'S LOVER』(福居ショウジン監督)で俳優デビュー。ピンク映画を皮切りに一般作やテレビ、舞台へも進出。映画作品では瀬々敬久監督とのコンビが有名。主な近作に『菊とギロチン』(瀬々敬久監督)『億男』(大友啓史監督)『走れ!T校バスケット部』(古澤健監督)『anone』(TV/水田伸生監督)など。
インタビュー&写真:渡邊玲子
編集:矢部紗耶香
映画『体操しようよ』予告篇
映画『体操しようよ』あらすじ
老舗の文具会社に勤める佐野道太郎(草刈正雄)、60歳。38年間の会社員生活に終止符を打つ日がやって来た。几帳面で無遅刻無欠勤だけが取り柄の彼を支えたのは、30歳になる一人娘の弓子(木村文乃)だ。18年前に亡くなった妻の代わりに、父を支えてきた娘は、道太郎の定年を機に「佐野家の新しい主夫は、お父さんです!」と宣言する。その瞬間から、定年後は悠々自適でと夢見ていた道太郎に“初めての家事”“初めての地域デビュー”“初めての生き甲斐探し”の試練がのしかかった。
できる娘に甘えてきた道太郎は何をしても失敗ばかり。暇を持て余して家で飲んだくれる繰り返しに、父の自活を画策する弓子はイライラと見守るしかない。そんな時、元上司の並木(平泉成)が道太郎を気遣って、早朝のラジオ体操会に誘い出す。「俺たちの人生はこれからだ!」と先輩風をふかしていた並木だが、突然、ぽっくりと逝ってしまうのだった。
並木の貴重な忠告に従って、とりあえず1日1度は外出することにした道太郎は、海沿いの公園へ向かう。するとラジオ体操会で見かけた女性が海を見つめて泣いている姿を目撃し、つい後を追う。彼女は喫茶店“オリビエ”の店主兼ラジオ体操会のマドンナ・のぞみ(和久井映見)だった。「朝から体を動かすとスッキリしますよ」と、笑顔で五十鈴灯台ラジオ体操会のチラシを渡された道太郎は、翌朝、いそいそと公園へ出掛けていく。
会長で便利屋を営む神田(きたろう)のもとに集まるのは、ラジオ体操会の副会長であり指導士の木島(徳井優)が結成した“のぞみ親衛隊”の定年3人組、商店街の「シンジョーミート」の新庄さんら“美女”3人組や小学生の詩織など年齢も職業もバラバラ。広い海を眺めながらのラジオ体操と、その後、のぞみの喫茶店でみんなと一緒に食べるモーニングセットは、道太郎の沈んだ心を温かくしてくれた。その場の勢いで神田の便利屋でバイトすることになり、早速、年下の先輩で天体観測が趣味の薫(渡辺大知)と2人で町の困り事に走り回る。
思いがけずあっさりと地域デビューを果たせて大張り切りの道太郎は、神田が怪我で体操会を欠席中にラジオ体操会の改革に着手。ところが、次期会長の座を狙う木島の怒りを買い、体操会は分裂してしまう。会長代理を任されたのぞみは、新たなメンバー確保の名目で、弓子に「お父さんとの思い出作りに」と声をかけた。冷たく断られても「親子ってずっと一緒にいられるわけじゃないんだよ」と必死に訴えるのぞみ。父の支えを卒業して自立の道を歩み始めた弓子にとって、彼女の言葉は胸に深く浸みていった。
新しい朝が来た。道太郎が見たものは……。
©2018『体操しようよ』製作委員会