映画の配給とは
連載6回目となる今回は、映画配給の話をさせて頂きます。アメリカで日本映画を配給するELEVEN ARTS(イレブンアーツ)の辻淳子(つじ あつこ)さんにお話を聞いてきました。私自身も日本では何作品か配給を担当していた為、とても興味のあるジャンルでした。
先達て、配給とは何かという話からさせて頂きます。映画における配給とは、簡単に言うと映画を映画館に卸す事で、“①どんな映画を” “②どの時期に” “③どこの劇場/どの位の数の劇場で”上映するかの組み合わせを、劇場と交渉して作り上げる仕事です。そして“④その映画をどう宣伝するか”も加えて、その映画がより多くの観客に鑑賞してもらえるように運んでいくのが配給会社のミッションになります。
最初の①については映画の製作の発端の事なので今回は深堀りしませんが、分かりやすい所で言うとディズニーであればラインナップとしてはアニメが多く、全世界的にファミリーで楽しめる事を指針に映画を作っている会社と言えるかと思います。
②については、夏と年末、学校や職場などの休暇が多くなる時期が映画におけるハイシーズンになり、「スターウォーズ」シリーズなどの大作映画が公開されます。続いて各国のホリデーシーズンが合間の山場として大きい作品が公開されるイメージです。アメリカであればサンクスギビング、日本であればゴールデンウィーク、中国であれば旧正月、といった具合です。基本的に各作品の上映期間は週単位で、各週末に新作が封切られる形になります。アメリカなら基本は金曜日、日本は土曜日ですね。
この連載でもメジャーとインディペンデントという単語をよく使っていますが、いわゆる大手メジャーと言われる会社はその公開規模と実績から存在感は強くなり、おおよそ主要な時期の各週末は大手メジャーが先んじて各作品をプロットし、インディペンデントはメジャーの動向を見ながらあえてそこにぶつけるか、離れた時期に置くか、という事を作品毎に思案しています。アメリカのメジャーになると、どの作品かは決めてないが2~3年後のこの日にどれか公開する、みたいな決め方もあったりします。日本でも1年先のスケジュールは結構埋まっているイメージです。インディペンデントの場合は、一斉公開とはせずに地域によって日を変えて順次公開といったスタイルもよく取られます。
③に関しては作品の製作規模がダイレクトに関わってきます。総じて、メジャーの大作はシネコンを中心に広く多くの劇場で、インディペンデントは作品内容に応じてシネコン&単館の劇場にて中小規模で、といった具合です。お金を多くかけた作品はそれを回収する為に多くの劇場へ、お金が潤沢でない作品はその分配給や宣伝にかけられる予算も少ないので必然的にピンポイントで絞った劇場へ、という事になってきます。
④については、日本では皆さんご存知のように大作になると主要な出演者がテレビの情報番組やバラエティ番組に出演して告知をするのが近年一般的な手法になりました。アメリカでも影響力の強いメディアとしてテレビが活用されているのは同じです。一つ特徴的な違いとしては、アメリカは車社会ということもあってか映画の屋外広告が日本よりもだいぶ多いように思われます。
アメリカにおける日本映画の配給
続いて、今回の本題であるアメリカでの日本映画の配給に話を移りたいと思います。
お話を伺ったのは、ELEVEN ARTSでゼネラルマネージャーとして作品の調達から配給、マーケティング、プロモーションなどを手掛けられている辻淳子さん。日本で報道記者としてキャリアを積まれた後、アメリカに渡りUSC(南カリフォルニア大学)でプロデュースを学びMFAを取得、以降ロサンゼルスを拠点とするELEVEN ARTS社にて勤務されています。
アメリカでは、日本映画は残念ながら上記で言うインディペンデントの位置に該当します。アメリカにとっては母国製作で母国語の映画がこれだけ多い中、総じて文化背景が異なり英語でない映画である日本映画は、どうしても平均的な観客層には受け入れられづらいのが現状です。そんな中、ELEVEN ARTSさんは巧みにアメリカで日本映画を視聴する層を掴み、コンスタントにヒットを続けています。
前述の項目の“①どんな映画を”の部分から入ると、ELEVEN ARTSさんの配給作品の買付け指針は、アメリカでも出版やテレビシリーズにより認知の下地があるアニメ映画、日本文化テーマや国際的に作家性が支持されている監督の実写映画が中心となっています。アメリカにおける日本の漫画出版およびアニメのテレビシリーズの放送や配信は多様に浸透しており、一定数のファンがいる市場になっています。前々回の記事でご紹介したクランチロールはまさにそれの代表的な例と言えるかと思います。
そうした市場事情もあって、ELEVEN ARTSさんのラインナップはアニメに比重が置かれています。
これまで、アニメでは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズや「NARUTO」シリーズ、「劇場版 美少女戦士セーラームーンR」「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナルスケール-」「聲の形」「魔法少女リリカルなのは Reflection」など、実写では「太秦ライムライト」「たたら侍」「リップヴァンウィンクルの花嫁」などの北米での配給(なので実際にはアメリカに加えてカナダも含みます)を手掛けています。
日本アニメのアメリカでのハイシーズン
“②どの時期に”について、前述と同様、夏や年末、その他ホリデーシーズンが観客の足を運びやすいタイミングとなりますが、ことアニメにおいてはもう一つ別軸でのハイシーズンが存在するそうです。それが毎年7月にロサンゼルスで開催されるAnime Expoです。毎年数万人を動員する日本アニメファン向けのイベントで、この時期は日本アニメが盛り上がるタイミングになります。
その他、作品の特性に合わせて、例えばそのテーマが注目される何らかイベントが催されるタイミングなど、様々な角度から最適な公開日を探っているそうです。
アメリカにおける日本映画の上映スタイル
続いて“③どこの劇場/どの位の数の劇場で”についてですが、本記事の冒頭で映画館での映画上映は基本は週単位と書きましたが、アメリカでインディペンデントの立場になるとまた勝手が違ってきます。
1日のみの上映を各地で巡業していく、さながらアーティストのコンサートツアーみたいな配給が多いのが、アメリカにおける日本映画含めた外国映画の現状です。これは日本映画に限った事ではなく、いわゆるアメリカにとっての外国映画はそういう規模で公開される事が多く見受けられます。
勿論全てがそのスタイルではなく、ある程度の館数を各地で同時スタートする事もあります。ちなみに劇場数ですが、日本だと大作は300館が目安になってきますが、アメリカだと大きい作品は4,000館を超えてきます。10倍強の違いがある訳ですね。ELEVEN ARTSさんでは、作品によっておおよそ60館~300館程度、過去に一番ヒットした作品で600館程の規模で配給をされています。その数字から、アメリカにおける現時点の日本映画のプレゼンスを想像して頂けるのではないかと思います。
アメリカでの日本映画の広め方
“④その映画をどう宣伝するか”についての話です。宣伝において、テレビでの広告は勿論メジャーの戦場。インディペンデントには違った戦いが求められます。
アメリカにおいても日本と同様に、近年はレビューサイトでの評価が重要な要素になっています。中でもRotten TomatoesとIMDbはかなり指標として浸透していて、Rotten Tomatoesの数字は映画宣伝においてもよく活用されています。その他、Hollywood ReporterやVarietyといったような映画情報を扱う雑誌/WEBでのレビュー記事も内容・本数共に充実しています。
ELEVEN ARTSさんでも、映画ライター、批評家にスクリーナーを提供して業界雑誌/WEBでのレビュー記事を獲得し、一般向けの試写会により公開前からレビューサイトに感想を載せてもらい、興味喚起を促進する事を行っています。
上記のような映画情報/レビューサイトでの露出をベースに、アニメ情報サイトへの広告出稿、タイアップ、各地の日本人街でフライヤーやポスター掲示、さらには各大学のアニメクラブにアプローチして宣伝協力をしてもらったりといったプロモーションを展開しています。
いくつか具体的な事例をご紹介させて頂きます。
Anime Expo 2017にてELEVEN ARTSさんが開催した新作発表会の様子。このイベントに来場する客層はまさに映画においてもターゲットになるので、毎年重要なタッチポイントとして捉えているそうです。
ハリウッドのグローマンズ・エジプシャン・シアターで開催された「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナルスケール-」プレミア上映会の様子。この作品が同社過去最大のヒットとなり、600館規模にまで拡大上映されました。
「聲の形」は聴覚障害によるいじめがテーマの一つとして描かれている事から、障害者支援団体とのタイアップで試写会を開催。試写会での反響はとても大きかったそうです。公開日も、テーマと合わせてアメリカにおけるNational Bullying Prevention Month(いじめ防止月間)である10月にしたとの事。
ELEVEN ARTS 2018年の新作ラインナップ
今回特別に、2018年の新作ラインナップをお伺いする事ができました。それぞれ日本版の予告編と共にご紹介させて頂きます。
「Haikara-San: Here Comes Miss Modern / 劇場版 はいからさんが通る 前編」
ストーリー
時は大正。女学校に通う17歳の花村紅緒は、いつも明るくケンカっ早いところのあるじゃじゃ馬娘。
親友の環とともに楽しい学園生活を送り、恋も結婚相手も自分で選びたいと思っている。
そんなはいから娘が出会ったのは、笑い上戸なイケメン、伊集院忍少尉。
実は彼が祖父母の時代から決められていた許婚であることを知った紅緒は、それに反発。
愛のない結婚を阻止しようと奮闘して騒動を巻き起こすが、少しずつ少尉に心惹かれていく。
公開日:2018年6月8日(予定)
「Maquia: When the Promised Flower Blooms / さよならの朝に約束の花をかざろう」
ストーリー
人里離れた土地に住み、ヒビオルと呼ばれる布に日々の出来事を織り込みながら静かに暮らすイオルフの民。10代半ばで外見の成長が止まり数百年の寿命を持つ彼らは、”別れの一族”と呼ばれ、生ける伝説とされていた。両親のいないイオルフの少女マキアは、仲間に囲まれた穏やかな日々を過ごしながらも、どこかで”ひとりぼっち”を感じていた。そんな彼らの日々は、一瞬で崩れ去る。イオルフの長寿の血を求め、レナトと呼ばれる古の獣に跨りメザーテ軍が攻め込んできたのだ。絶望と混乱の中、イオルフ一番の美女レイリアはメザーテに連れ去られ、マキアが密かに想いを寄せる少年クリムは行方不明に。マキアはなんとか逃げ出したが、仲間も帰る場所も失ってしまう。。。
虚ろな心で暗い森をさまようマキア。そこでよび寄せられるように出会ったのは、親を亡くしたばかりの”ひとりぼっち”の赤ん坊だった。少年へと成長していくエリアル。時が経っても少女のママのマキア。同じ季節二、異なる時の流れ。変化する時代の中で、色合いを変えていく二人の絆。ひとりぼっちがひとりぼっちと出会い紡ぎ出される、かけがえのない時間の物語。
公開日:2018年7月20日 (予定)
ELEVEN ARTSさんでは今年新たな挑戦として、アメリカでの出版やテレビシリーズ展開などの認知ベースがない作品をどう展開するか、という取り組みをされています。これらの作品はどれもアメリカではまだ確立されていないものだそうです。
原作認知をベースとした宣伝が難しい事もあり、例えば上記「劇場版 はいからさんが通る 前編」に関しては、当時まだ過渡期であった自由恋愛での結婚が映画のテーマの一つである為、アメリカでより意識が高まっているジャンルである”自立した女性”にフォーカスした宣伝を検討しているとの事。
さらに今後は、映画の劇場配給のみならず配信やビデオグラムといった二次利用の事業にも拡大していきたいと展望を語っていました。
ELEVEN ARTSさんのような事業によりアメリカでの日本コンテンツのプレゼンスが高まっていくのは産業的にも素晴らしい事で、これからの展開も楽しみにしたいと思います。
近況と次回予告
日本で製作されている某映画の手伝いを1本遠隔でしていまして、時差を意識しながら作業する日々です。アメリカでは先日からサマータイムが始まったのでさらに日本と連絡が取りづらい時差になりました。
次回のネタはリサーチ中です。次回予告の欄を設ける縛りを自ら課しておきながら恐縮です。。
和田有啓
1983年神奈川県横浜市生まれ。
スポーツ取材の会社からキャリアをスタートさせ、芸能プロダクション、広告会社、コンテンツ製作会社を経て現在フリーでアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスに滞在中。
プロデューサーとして参加した⾃主制作映画「くらげくん」の第32回ぴあフィルムフェスティバル準グランプリ受賞をきっかけに、2010年にUNIJAPAN HUMAN RESOURSES DEVELOPMENT PROJECT、2011年に JAPAN国際コンテンツフェスティバル/コ・フェスタPAOにプロデューサーとして参加して各プロジェクトの短編映画を制作。
近年は映画「たまこちゃんとコックボー」「天才バカヴォン〜蘇るフランダースの⽝〜」「⼥⼦⾼」「サブイボマスク」「古都」「はらはらなのか。」「笑う招き猫」などの作品で製作委員会の組成やプロデュース、配給、宣伝などを行い、インディペンデント映画業界でのキャリアを築く。