1月13日から、東京・渋谷のユーロスペースでレイトショー公開される「わたしたちの家」を監督した清原惟さんに話を伺った。
本作は清原さんが学んだ東京藝術大学院映像研究科映画専攻終了作品であり、かつPFFアワード2017グランプリを受賞した作品でもある。
小柄で華奢にみえたが、受け答えは明確で、やはり只者ではないとの印象を受けた。生まれは東京。武蔵野美術大学映像学科、東京藝術大学院映像研究科に学び、本作が商業公開される第一回作品となる。これまで数多くの監督にインタビューしてきたが、これほど若い監督は初めて。いずれは腰の据わった業界人になっていくのだろうが、初心を忘れてほしくないと、とうに初心を忘れた私は思うのだった。閑話休題、インタビューを紹介する前に映画の内容を記しておこう。
地方の海辺の町。二階建ての小さな家に父親のいない14歳の少女セリが母と住んでいる。建造されてからだいぶたっているようで、それだけに落ち着いた雰囲気があるのだが、この家には透子とさなも住んでいる。といっても、同居しているわけではない。同じ家に住む二組の女性たちは同じ空間に存在しているようでもあり、していないともいえる。平行世界のように別々に行動し、二つの世界が連動することもない。母に恋人が出来て、セリはもやもやした感情にとらわれて家出するけど、結局戻ってくる。さなは目覚めるとフェリーに乗っており、それまでの記憶を失っていた。同乗していた透子に誘われるままに同居を始める。荷物の一つに誰かへのプレゼントを入れた袋があったのだが、この袋はラストでセリが見つけることになる。二つの世界の接点はこの袋と時折り聞こえる物音ぐらい。セリとさなの日常をていねいに描き、感情のゆれを巧みに表現して、うまくまとめられていた。
そもそも映画監督になろうと思ったきっかけは。子供のころから映画が好きだったんですか?
清原 「幼い頃は映画が好きではなく、あまり見たことはなかった。まあ、子供の頃はジブリとか、ハリー・ポッター、ロード・オブ・ザ・リングなどは見てましたけど、自分にとっては刺激が強すぎて……。高校生になって、シネコンにかかっていない作品を見るようになり、タルコフスキーの「惑星ソラリス」を見て、心に刺さるものがあり、こんな映画もあるのかと感じた。それからヌーヴェル・ヴァーグとか古い映画を見るようになった。一番影響を受けたのは、ジャック・リヴェットですね。高校二年生の時に、友達とハンディカムで30分程度の「白と三角」を作ってみた。それがすごく面白くて。友達に出てもらって近所で撮影。自分でも作れるんだなと実感して大学に進んだ」
ハリー・ポッターを見たのが子供の頃と言われて、思わず絶句したのだが、気を取り直して、大学における映画教育について聞いてみた。
清原 「武蔵野美術大学三年の時に撮った『暁の石』がPFFアワード2014、翌年の『ひとつのバガテル』がPFFアワード2015に入選。二本作って外の世界にも見てもらえた。武蔵野時代は他のジャンルの人もいて、幅広い授業だったが、実技や専門的な勉強はあまりやってなく、もうちょっと自分で作りたい、専門的なことを学びたいと考えて、東京藝術大学院映像研究科に進学。実習がたくさんあって、先生方も第一線で活躍されている人がほとんどなので、基礎的なことからプロの世界のつくり方を教えてもらった。
入学する際に監督、製作、脚本……とそれぞれ分かれていて、試験の内容も違っている。監督専攻は一学年で4人、全体でも生徒は30人くらい。先生は黒沢清と諏訪敦彦でした。一年生の最初のころは授業が結構あったけど、実習がメインの学校で、学生がそれぞれ組んで、映画を実際に作る。納期、撮影時期は決まっているが、自分たちで自由にスケジュールを作って製作するというシステムです」。
黒沢清は先に当欄で紹介した「散歩する侵略者」、諏訪敦彦は1月20日公開の日仏合作「ライオンは今夜死ぬ」を手掛けた現役監督である。「わたしたちの家」の製作状況を聞いてみた。
清原 「製作費は240万円、これは大学から出ます。スタッフは音楽を除いて学生なので人件費はかからない。企画・脚本は春頃から始め、脚本は脚本専攻の人と共同で執筆。最初のプリプロに入り始めたのは8月後半からだったかな。撮影時期は去年の10月後半から11月頭にかけて、12日間。編集は1カ月ほどかかった」
私は試写状に書かれている文章から漠然とSF映画と思っていたのだが……。製作意図を教えてください。
清原 「複数の構造のものが一つになったのを作りたかった。音楽が好きで、たまたまバッハのフーガを聞き——フーガというのは複数のメロディラインがあって、それが独立していて、どれが伴奏というのではなくどれも主旋律。それが集まった時にいい音楽になる——、そういう構造を持った映画を作りたいと思った。そのアイデアでやろうと思った時、本当にばらばらでは一つの映画の塊にならないので、家という場所を共通させ、一つの家の中でいくつもの話が同時に起きている。ですからパラレルワールドともいえる。でもSF的観点で考え始めたというのではない。映画というのは一つの物語世界を構築するもの、それに現実味をもたせることに命を懸けるものだと思っているんです。それが本当なのか、疑わしくもある。この世界をぺろってめくったら違う世界があるのではないか。映画の世界自体への疑いを持った映画をやってみたいなと思って」
撮影場所、演技指導について尋ねてみた。
清原 「あの家は横須賀にあり、普段も普通に住まわれてるところを借りて。一階は居住空間、二階は何もないので自由に使わせてもらった。ロケも横須賀中心。セリを演じたのは実年齢の子役でした。最初役柄のトーンをちょっと話して、あとは現場で……。感情的な指導はしてないけど、聞かれれば話しました。実際にやってもらって、ちょっと違和感があるなと思ったら、その都度話をして。バックグラウンドは説明せず、役者さんにゆだねました」。
今後の予定は。
清原 「映画を撮っていきたいが、どういう風にとはわかんないですね。商業作品を撮りたいという気持もある。今回は自分なりのコンセプトで撮った。これからも自分の撮りたいテーマを実験した映画を撮りたい。PFFアワード受賞者が参加できる脚本コンペがあり、優勝すれば一本映画を撮らせてくれるので、今はそれに傾注してます」
監督として受賞したのに、脚本を書かせて、それで審査するのは、なんだか変だなぁと言うと、「あー、そうですね」と返答し、明るい笑顔をみせたところで、時間が来た。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
鮮烈なる劇場デビュー作-清原惟監督『わたしたちの家』予告
【STORY】
父親を失った少女と、記憶を失った女性の、
まったく別々の物語が、ひとつの「家」の中で交錯する
セリはもうすぐ 14 歳。父親が失踪して以来、母親の桐子と二人暮らし。
最近、お母さんに新しい恋人ができて複雑な気持ちになっている。
さなは目覚めるとフェリーに乗っており、自分にかんする記憶がなくなっていた。
彼女は船内で出会った女性、透子の家に住まわせてもらうことになる。
二つのストーリーは独特な構造を持つ一軒の同じ「家」の中で進行する。
これはいったいどういうことなのか?
出演:河西和香 安野由記子 大沢まりを 藤原芽生 菊沢将憲 古屋利雄 吉田明花音 北村海歩 平川玲奈
大石貴也 小田篤 律子 伏見陵 タカラマハヤ
脚本:清原惟 加藤法子
プロデューサー:池本凌太郎 佐野大
撮影:千田瞭太|照明:諸橋和希| 美術:加藤瑶子|衣装:青木悠里|サウンドデザイン:伊藤泰信、三好悠介|
編集:Kambaraliev Janybek|助監督:廣田耕平 山本英 川上知来|音楽:杉本佳一
配給:HEADZ
宣伝:佐々木瑠郁
2017 年/80 分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/DCP
©東京藝術大学大学院映像研究科