黒澤明監督の『乱 4K』が4月1日からYEBISU GARDEN CINEMA ほかにて、劇場公開されます。
公開に先立ち、『乱』でプロダクションマネージャーを担当した野上照代さんと井関惺さんにお話を伺いました。
――本日(※取材日の3月23日)は黒澤明監督の誕生日ですね。記念すべき日にお時間をいただき光栄です。
▽野上さん
黒澤さんはとにかく誕生日を祝うのが好きな人でした。だいたい東京にいるときはでスタッフでよく焼肉をご馳走になりましたよ。乾杯するときは必ず『100まで生きよう!』って仰ってね。黒澤監督は88歳で亡くなったから12年も早かったんです。
――そのお話だけで仲間思いの黒澤さんのお人柄が伺えます。俳優さんも含め、黒澤組全員でお誕生会を開催されていたのですか?
▽野上さん
『まあだだよ』の時は所ジョージさんを含め、俳優部も一緒に、黒澤組全員で誕生日会をやりましたよ。
ロシアで『デルス・ウザーラ』を撮影した時は、主演のユーリー・ソローミンさんの誕生日もお祝いしました。当日、黒澤監督がいつまで経っても会場に来ないから、ホテルの部屋まで見に行ったら、ソローミンさんのために虎の画を描いていたのを覚えています。
▼井関さん
黒澤監督は、なんだかんだ誕生日にかこつけて、みんなで集まるのが好きなんです(笑)。
――ロシアでも日本でも関係なく集まっていたんですね(笑)。今回上映される『乱』ですが、主に御殿場で撮影されたそうですね。
▽野上さん
今でも天気のいい日に富士山が見えると、「よく五合目まで撮影をしに行ったなー」と思いますよ。
『乱』に限らず、黒澤監督は助監督時代から御殿場でロケをやっていました。
撮影に協力してくださった農家の皆さんが馬を持っていたこともあって、黒澤組の馬のシーンはすべて御殿場ですね。
撮影に必要なを鎧や刀を農家のみなさんに預けているから、農家のおじさんたちが朝になると待姿で馬に乗って現場までくるんです。
その風景を観ながら「来た来た!」って黒澤さんも喜んでましたよ。
御殿場はかなり黒澤組がお世話になっているし、もっと黒澤映画を打ち出して、観光の宣伝に使えばいいのにね(笑)。
――『乱』の肝となるお城が燃えるシーンも御殿場ですね。その日の撮影について教えてください。
▽野上さん
あんな撮影はもう二度と誰もできませんよ。4億円で作ったお城を燃やしちゃうんですから。
外観もすごいけど、中の美術も素晴らしくてね……中から燃えず、外から燃えていくように工夫してあるんです。
仲代達矢さんがお城から出てくるシーンの足元の煙はドライアイスでした。スモークだと、仲代さんがむせてゴホンゴホンなんて出て来ては困りますからね。
実際の炎が燃えている城の中は仲代さん一人しかいなくてね……助監督も彼に「何かあったら防火服を着て、非常口から出てください」と、城から出てしまう。当然ですよ、全焼するんだから。
撮影現場には、外国から報道陣は来ているし、絶対に失敗できない緊張感がありましたね。
黒澤さんは素人の俳優さんもつかうけど あんな緊迫感の中でお芝居ができるのは仲代さんしかいませんよ。
――CGがメインの今の時代では信じられない、命がけのシーンですね。他にも『乱』の撮影の中で、仲代さんに関して印象に残っていることはありますか?
▽野上さん
もう一つ印象に残っていることは、仲代さんが毎日4時間かけてメイクをされていたことです。
細い血管を顔に張り付けたりしてね……普通は耐えられませんよ。
俳優座で鍛えられた舞台俳優だからこそあの度胸と我慢強さがあると思いますね。
――『乱』で他に印象に残っている俳優さんはいますか?
▽野上さん
今回改めて『乱』を観なおしたら、狂阿弥役のピーターがよかったです。
『影武者』の前から黒澤さんに「『乱』に出てもらうから、ピーターに声をかけておいて」と頼まれました。黒澤さんは『影武者』よりも前に『乱』の脚本書いていますからね。
黒澤さんはテレビで見て所さんやピーターをキャスティングしたのだと思います。
先日亡くなった (根津)甚八もだけど、ピーターも現場でもっと監督が褒めてあげればよかったです。
『乱』で次男を演じた甚八は『影武者』の時の新聞広告で応募して来たのだけど、彼も本当にいい役者でしたね。
――お二人にとって黒澤監督はどのような方なのですか?
▼井関さん
現場に黒澤さんが入ってくる直前、みんながわかるんです。とにかく不思議なオーラがあるんですよね。
黒澤さんに限らず、監督は自分の目に見える範囲に居る人間は信用するんですよ。
そこに僕は早く気が付いたので、とにかく現場で黒澤さんのそばに居ました。
ただ、一緒にいると楽しいけど、すごく気疲れしますね(笑)。
野上さんは何10本も一緒なのに、僕は1本で黒澤監督のオーラにやられちゃいました。
▽野上さん
黒澤さんは厳しいイメージがありますが、優しい人ですよ(笑)。
ただ、映画を作っている時は、自分のやりたいことだけを考えるから、周りはボロボロです。
そんな彼をなだめるのも私の役目でした。普段は、黒澤組の編集助手なんですけどね。
――井関さんはどのような経緯で黒澤監督につくことになったのですか?
▼井関さん
日本ヘラルド映画に居た時に、『乱』の製作を担当することになりました。
うちの会社は配給の会社なので、製作は素人なのですが、僕は生意気にも野上さんと並んでプロダクションマネージャーの肩書をいただいたんです。
ただ、黒澤組は特殊なので、ここで習ったことが他の映画では全く通用しませんでした。
具体的に言うと……黒澤組の常識で映画を作ると、製作費がとてもかかっちゃうんですよ。
映画の常識はあまり身につかなかったのですが、黒澤組ならではのいい思いもたくさんさせていただきました。
世界に仕事に行って、どんな立派な監督に会おうと、「黒澤監督の『乱』のプロダクションマネージャーをやっていた」というだけで、相手がひれ伏すんですよ。
――水戸黄門の印籠みたいですね(笑)。
▼井関さん
まさに印籠です!(笑) 中田新一監督が海外に仕事で行った際に、黒澤監督の助監督をしていた小泉堯史監督も遊びでついていったそうなんです。
中田監督が海外の記者に囲まれて取材を受けていた時、隣に居る日本人(小泉監督)が❝黒澤の助監督❞と知られるやいなや、中田監督を差しおいて彼に質問が殺到してしまったそうです。
❝黒澤明❞の名前は日本で想像もできないくらい、影響力があるんですよ。
▽野上さん
スタッフもですけど、俳優さんもずいぶん得をしたみたいですね。黒澤組は信頼度が違いますから。
―—黒澤監督が❝世界のクロサワ❞と呼ばれる理由が改めてよくわかりました……!
Cinefilは若い映画製作者の読者も多いサイトなのですが、今の映画界について思うことをお聞かせください。
▽野上さん
まず、フィルムからデジタルに変わったことでフィルム代が浮いたのはいいことですね。
デジタルにはデジタルの良さがありますし、今は誰だって映画が撮れる時代です。スマホでも映画が撮れるんですから。
ただ、デジタルと違い、フィルムは緊張が違いますよね。
『乱』のロケで、仲代さんの重要な芝居の本番の時、バックにリュック姿の登山客が写っていたことがあったんです。誰も気付かずにOKにしました。
あとで分かって、そのフィルムを黒澤監督に内緒で修正するのに30万円もかかりました。今だったら登山客を消すことなんて、簡単でしょうけどね!
▼井関さん
今の誰でも映画を撮れる世の中で、❝面白い作品❞、❝観るに耐える映画❞ができているかというと別問題な気がします。
それに、最近は映画の本数が多すぎてマーケットに出て行かないですよね。
興業が朝一回、レイトショー一回だけという映画が増えて、誰にも知られていない作品が作られすぎています。
――その分、海外の観客を意識して映画を作る若者が増えてきていますね。
▽野上さん
黒澤さんも「『羅生門』は海外向けに作られた」と言われて激怒していました。
自分の国のことをきちんと撮るから、海外で評価されるんですけどね。映画も映画祭も外国に媚びてはいけないですよ。
▼井関さん
チャン・イーモウ監督も中国で作った作品が世界で評価されて、今の地位に居ますからね。
日本の映画監督も、外国で撮って海外に売るのではなくて、今の日本社会と向き合って、映画を通して国の繁栄を考えなきゃいけない。今一番がんばっているのは韓国とイランだと思います。
韓国映画はとても質の高い作品が多いけれど、韓国の映画人が優れていて、日本の映画人が優れてないということは絶対にないので、頑張って欲しいですね。
――貴重なお話をありがとうございました。
(聞き手 角章 +シネフィル編集部)
4Kで蘇った『乱4K』は4月1日からYEBISU GARDEN CINEMA ほかにて、劇場公開されます
野上照代さんが当時使われた台本を公開!
【ストーリー】
戦国時代。猛将・一文字秀虎は七十歳を迎え、家督を三人の息子に譲ろうとする。
乱世にも関わらず息子たちを信じて老後の安楽を求める父に異を唱える三男の三郎を、秀虎は追放してしまう。 だが一の城と二の城の城主となった太郎と次郎は、三郎の案じた通り、秀虎に反逆し、血で血を洗う争いが始まる。その陰には、実の父と兄を秀虎に殺された太郎の正室・楓の方の策謀があった...。
監督:黒澤明
キャスト:仲代達矢/寺尾聰/根津甚八/隆大介/原田美枝子/宮崎美子/ピーターほか
配給:KADOKAWA
©1985 KADOKAWA/STUDIO CANAL