今年、節目の第70回目を迎えるカンヌ映画祭。

この連載では、毎年5月に催される世界最高峰の映画祭の昨年の模様をまとめてレポート!

この映画祭の魅力をお伝えします。

第69回カンヌ国際映画祭便り【CANNES2016】17

映画祭11日目の21日(土)。 “コンペティション”部門の正式上映も今日が最終日となり、オランダのポール・ヴァーホーヴェン監督の『エル』とイランのアスガル・ファルハディ監督の『ザ・セールスマン』が正式上映。
招待作品にはメル・ギブソンを主演に迎えたフランスのジャン=フランソワ・リシェ監督の『ブラッド・ファーザー』が登場。短編コンペティション部門の出品作10本も11時半&16時の2回に渡って正式上映されている。
そして、最終日を明日に控えた本日、一足早くエキュメニック賞と国際批評家連盟賞が発表された。

1992年の『氷の微笑』以来のコンペ出品作となったポール・ヴァーホーヴェン監督の『エル』

オランダ出身の異彩監督ポール・ヴァーホーヴェン御大が、24年ぶりにコンペに参戦した。『エル』は『ベティー・ブルー/愛と激情の日々』で知られるフィリップ・ディジャンの小説の映画化だが、暴力的な内容のためアメリカで撮影することはできず、イザベル・ユペールを主役に迎えてフランスで撮影した過激作だ。

欧州屈指のゲーム会社社長であるミッシェルは、ある日、自宅に侵入した正体不明の男に襲われ、レイプされてしまう。彼女は警察には届けずに対策を講じようとするが、家を覗いている男の目撃証言や、パソコンのハッキングなど不可解な出来事が続き……。

本作は、ヒロインの過去、レイプ犯の謎、元夫(シャルル・ベルリング)との関係、息子(ジョナ・ブロケ)&その嫁(ヴィルジニー・エフィラ)との関係、母との関係、隣人(ローラン・ラフィット)との関係、職場の関係などのエピソードを畳み掛けるようにして描写した怒濤のサスペンス・スリラーで、御大の豪腕と健在ぶりを明らかにした快作にして、出ずっぱりで圧倒的な演技を披露した大女優イザベル・ユペールのキャリアの集大成的作品となっている。

朝の8時30分からの上映に続き、11時半から行われた『エル』の公式記者会見には、監督のポール・ヴァーホーヴェン、原作者と脚本家、出演俳優のイザベル・ユペール、ヴィルジニー・エフィラ、アンヌ・コンシニ、シャルル・ベルリング、ジョナ・ブロケ、ローラン・ラフィット(今年の映画祭セレモニーの司会者!)、そしてプロデューサー2名がずらりと並んだ。

画像: 『エル』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

『エル』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

画像: ポール・ヴァーホーヴェン監督 Photo by Yoko KIKKA

ポール・ヴァーホーヴェン監督 Photo by Yoko KIKKA

画像: イザベル・ユペール Photo by Yoko KIKKA

イザベル・ユペール Photo by Yoko KIKKA

会見でポール・ヴァーホーヴェン監督は、「初のフランス映画となった本作はミステリアスなサスペンス・スリラーだ。原作の映像化を持ちかけられ、即座にOKしたよ。そして原作をリスペクトしながら作ったんだ」とコメント。

一方、物事に冷静かつシビアに対処するヒロインを体を張って演じ切ったイザベル・ユペールは、「女性が主導的な役割を担うサスペンス映画は少ないので、とてもトライしがいのある役だったわ」と述べ、監督については「ディテールを作り込んでいく巨匠よ」と評した。

アスガル・ファルハディ監督のコンペ作『ザ・セールスマン』は、イランの現状と問題を炙り出した秀作!

2009年の『彼女が消えた浜辺』でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を獲得し、2011年の『別離』では同映画祭の最高賞である金熊賞や米アカデミー賞外国語映画賞など、世界中の映画賞を席巻したイランのアスガル・ファルハディ監督。
2013年のカンヌ初参戦作『ある過去の行方』でベレニス・ベジョに女優賞をもたらした名匠の2度目のコンペ作となる『ザ・セールスマン』は、アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」にインスパイアされたアスガル・ファルハディ監督が、ある夫婦の身に起きた出来事を通して現代イランの社会的、政治的、道徳的な問題を描き出した秀作だ。

画像: アスガル・ファルハディ監督 Photo by Yoko KIKKA

アスガル・ファルハディ監督 Photo by Yoko KIKKA

テヘランで暮らす進歩的な若い夫婦。夫は教師で、夫婦ともに劇団に入っており、「セールスマンの死」の稽古に励んでいる。だが、ある日、ケガをした妻が新居の浴室で倒れている姿を夫が発見する。これを境にして夫婦関係は軋み出し、穏やかだった夫は妥協を許さない残酷な人間へと変貌し……。

画像: 『ザ・セールスマン』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

『ザ・セールスマン』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

夜の正式上映に先立ち、13時から行われた『ザ・セールスマン』の公式記者会見にはアスガル・ファルハディ監督とプロデューサー、夫婦役で主演したシャハブ・ホセイニとタラネ・アリシュスティ、そして共演俳優2名が出席した。

画像: シャハブ・ホセイニ Photo by Yoko KIKKA

シャハブ・ホセイニ Photo by Yoko KIKKA

画像: タラネ・アリシュスティ Photo by Yoko KIKKA

タラネ・アリシュスティ Photo by Yoko KIKKA

 自ら脚本を執筆したアスガル・ファルハディ監督は会見で、「私自身が劇団出身なので、演劇は馴染みのある世界なんだ」とコメント。
さらには「妻の身に一体何が起きたのか、結局は“藪の中”なんだが、夫の反応はネガティブで、夫婦は互いに攻撃的になる。欧米人にはショックかも知れないが、イラン文化における“モラル”はかなり異質だし、プライバシーの感覚も大きく異なっている。しいて言うなら、今のイランと似ているのは50年代のイタリアだろうね」と語った。

上映作品も減り、マルシェ(見本市)関係者がごっそりと去って、街中は実にのんびりムード!

コンペティション部門の授賞式を明日に控え、プレスの間でも賞レースの行方が盛んに取りざたされている。映画祭期間中は毎年、日刊で映画祭の模様を伝える情報誌が幾つか発行される(英語の“スクリーン”誌とフランス語の“ル・フィルム・フランセ”誌が双璧)のだが、どれも最終ページに長編コンペティション部門作品の星取り評価表(前述の両誌の評価は案外異なる)を掲載している。

画像: 左からスクリーン誌とル・フィルム・フランセ誌 Photo by Yoko KIKKA

左からスクリーン誌とル・フィルム・フランセ誌 Photo by Yoko KIKKA

ジャーナリストたちも参考にしているが、賞の行方は審査員のメンツ次第。この星取り評価表が受賞に反映されないことが多いのが実情だ。それに、どの情報誌も会期途中で発行を終えるので、映画祭終盤が正式上映日となる出品作についての星取りはされないのだが、現時点でダントツの高評価を得ているのは、14日に正式上映されたドイツ映画『トニ・エルトマン』である。
(記事構成:Y. KIKKA)

吉家 容子(きっか・ようこ)
映画ジャーナリスト。雑誌編集を経てフリーに。
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